楽しそうに笑って話しながら歩く青子とアイツ。
オレと出かける時にも見た事がねーくらい大人っぽい格好で、綺麗になっている青子がいた。
道路の反対側で立ち止まって2人を凝視しているオレに気づいたアイツは、その長身を屈めて青子の耳に
何か囁きかけた。
恥ずかしそうに目を伏せた青子は顔を仰向かせて。
それにゆっくりと覆いかぶさっていくアイツの影。


     それ以上見ていられなくて、オレは2人に背を向けて駆け出していた。


Over


「ただいま!」
「・・・おかえりなさい。」
白い怪盗の姿のまま部屋に入ってきた快斗に、青子は一瞬だけ頬を緩めるとぷいっとそっぽを
向いてしまった。
いつもだったら快斗の傍へと寄ってきて、怪我はないかと確認するのが青子の習慣なのに。
訝しく思いながら快斗は青子へと近づいて行った。
「青子?ナニ怒ってんだよ?」
「怒ってないもんっ!」
いかにも怒ってますという口調の青子に、快斗はそっと苦笑を浮かべた。
「それのどこが怒ってねーんだよ?」
「知らないっ!」
いつまでたっても快斗の方を見ようとしない青子にう〜んと悩んだ後、快斗は青子の頬に手を当てて
ぐいっと自分の方を向かせた。
「何するのよ!」
青子の抗議の声を無視して、ようやく快斗を真っ直ぐに見つめた視線を捕らえた。
「で、なんで怒ってんだ?」
にっこりと極上の笑みと共に聞かれて、青子の頬が微かに赤く染まる。
それを隠すように青子は頬を包む快斗の手を外して、下を向きながら拗ねたように呟いた。
「テレビの中継、観たんだから。」
「中継・・・?」
青子の言葉に快斗は今やってきたばかりの仕事を思い返した。
今日の獲物の持ち主はある財閥の当主で。
そういえば、財閥の関連会社の1つにテレビ局があるとかで、キッドの犯行現場にもカメラが入っていた。
(ん?確か逃げる時・・・。)
ある事を思い出した快斗は顔をさぁっと青くした。
アレまで中継されてしまったのだろうか?というか、青子の不機嫌の原因はソレしかないだろう。
「あの、青子ちゃん・・・?」
頭を抱えたい気持ちのまま、快斗は恐る恐る青子に呼びかけた。
「快斗のえっち!!」
青子は顔を上げてきっと快斗を睨んだ。
「えっちってオメーなぁ・・・。」
「何よ、そうじゃない!あのお嬢様にキスしてたじゃないっ!!」
青子にはっきり言い切られて快斗はうっと詰まった。
確かに逃走経路を塞いでくれた当主の娘に、どいて下さいますか?と営業スマイルと共に軽く頬に
触れた。
ぽぉっと頬を染めたお嬢様は簡単に道を開けてくれた。
快斗にとってはあくまで楽に逃げる手段の1つに過ぎないのだけれど、テレビ越しにソレを見ていた
青子としては心中穏やかではいられないだろう。
余計な事をしてくれたとテレビ局を恨みつつ、とりあえず快斗は言い訳を口にしてみる。
「・・・キスしてたってちょ〜っと頬に触れただけで、あんなのは」
キスのうちに入らねーよ、と続けたかった言葉は、青子の絶対零度の視線に負けて快斗の口から
出てこなかった。
(どーしたもんかね・・・?)
頭の片隅で悩みながらも、快斗は自然と口元が緩んでくるのを感じていた。
どう考えたって青子が怒っているのはヤキモチで。
「バ快斗!何笑ってんのよ〜っ!!」
快斗の表情に目敏く気づいた青子がむぅっと声を荒らげる。
「なぁ、ヤキモチ妬いてんの?」
自分の悪い癖だと分かっていながら、快斗は楽しそうに青子を覗き込んだ。
「ち、違うもん!!」
「へ〜?」
意地悪な笑みを浮かべる快斗を見て青子は悔しそうに唇を噛んだ後、負けずに言い返した。
「だから、ヤキモチなんかじゃなくて青子は怒ってるの!なんで所構わず女の人を口説くのよ!?」
「あのなぁ・・・。口説いてなんかねーよ。」
青子の物言いに快斗は身体から力が抜けるのを感じた。
(コイツ、全然分かってねーよなぁ・・・。)
いつだって本気の言葉は青子にしか向けていないのに。
「何よ〜、青子知ってるんだから!
 キッドになってる時、女の人達に気障な言葉を言いまくってるって!!」
思わず苦笑していた快斗に怒って、青子は再びそっぽを向いてしまった。
華奢な背中を眺めながらどうやって彼女の機嫌を直そうかと快斗が考えていた時、ようやく聞き取れる
くらいの小さな声が耳に届いた。
「・・・青子にはそんな事1度も言ってくれないクセに。」
ポツリと呟かれた言葉は何だかとても哀しげで。
しばし考えた後はぁっと息を吐き出すと、キッドの格好のままでいた快斗はシルクハットを被り直した。
「青子嬢。」
突然、声のトーンを変えてかけられた言葉に青子が振り向いた。
自分を見て目を丸くした青子に、快斗は心の中でくすりと笑いを漏らした。
醸し出す雰囲気すら違う自分に彼女が驚くのは無理もない。
今、彼女の視線の先にいるのは幼なじみの恋人の黒羽快斗ではなく、世界中の女性を魅了すると
言われる怪盗キッドなのだから。
「貴方の星の輝きを散りばめた瞳に魅了されたしがない怪盗に、しばしの休息を与えて
 頂けないでしょうか?」
青子の細い手を取り上げて恭しく唇を落とした。
「あ、あの・・・。」
仰々しい口上に真っ赤になってしまった青子が、掴まれた手を取り戻そうとしたがそれを許さず。
青子に視線を合わせて甘い声で囁く。
ポーカーフェイスの裏では照れくさくてしょうがなかったけれど。
「そんな顔をしないで。太陽ですら霞んでしまう貴方の輝く笑顔を、どうか私に見せて下さいませんか?」
「え・・・。」
困ったように視線をさ迷わせる青子に、ふっと柔らかな笑みが浮かぶ。
それに気づいた青子がムッとした表情になる。
「もうっ!青子のこと、からかってるんでしょ〜?」
「いや、そういう訳じゃねーけどよ。」
キッドの口調から普段の自分に戻した快斗は、まだ頬の赤さが消えない青子に優しい眼差しを
向けながら続けた。
「やっぱり変だろ?所詮、キッドの言葉なんて飾り物なんだからさ。
 オレ達には似合わねーよ。」
「・・・・・うん。」
快斗の言葉をよく吟味するように考えた後、青子はゆっくりと頷いた。
「でもなぁ。」
「でも、何だよ?」
「なんか上手く誤魔化された気がする・・・。」
どこか悔しそうに呟いた青子に、バーローと笑いながら快斗は桜色の唇にキスを送った。





あの後、ちょっと拗ねてみせてから青子も笑ってくれたから、伝わったと思っていたのに。
なぁ、青子。
やっぱりオレは言葉が足りなかったのか?





気づいたら快斗は自室へと戻ってきていた。
どこをどう歩いてきたのかなんて、全く覚えていなかった。
頭の中を巡っているのは、さっき街中で見かけた白馬と青子の姿だけ。
思い出したくないと思えば思うほど、鮮やかに蘇る残像。
スーツで身を固めた白馬と柔らかな色合いのワンピースに上着を羽織った青子は似合いの一対で。
笑顔を交わしながら歩く姿は、まるで仲の良い恋人同士のようだった。
青子の隣はオレの指定席だと快斗が2人の間に割り込んでやろうかと思った時、白馬が道を挟んで
反対側にいる快斗に気がついた。
自信たっぷりに快斗へと笑ってみせた白馬。
それから、青子の耳元に何事かを告げた白馬に、青子は唇を差し出すように顔を上げた。
見せつけるように快斗へと視線を向けた後、白馬はその長身を青子の方へと屈めた。
決定的な瞬間を見たくなくて身を翻したけれど、あの後2人はキス、していたんだろう。
見てもいないシーンがはっきりと脳裏に浮かんできて、快斗は知らず拳を強く握り締めた。
どうして白馬と一緒にいたんだ?
心変わり?
いつも困らせてばかりいる自分に愛想が尽きた?
(そうかもしんねーな・・・。)
苦い溜め息と共に蘇るのは、いつかの夜の出来事。
自分には気障な言葉の1つも言ってくれないと寂しそうにしていた彼女。
確かに幼なじみから恋人へと関係が変化した後も、妙に気恥ずかしくて青子には気障な言葉も
優しい褒め言葉も言えなかった。
他の女の子達にならいくらでもリップサービスは出来るのに、どうして本命の彼女にだけは
言えないのかと持って生まれた性格を恨んでもみたけれど。
(でも、それが快斗オレなんだよ。)
キッドの時にすらすらと気障な言葉が出てくるのは、ソレが演技だと割り切っているから。
ソレを青子の前で出来ないのは、青子の前ではありのままの自分でいたいと思っているから。
青子には照れくさくて告げた事がない真実。
でも、それがいけなかった?
何でも言葉にしないと伝わらない?
後悔ばかりが浮かぶ。
そして、思い出されるのは青子と一緒にいた白馬。
(アイツ、そーいうのは得意そうだよな〜。)
レディーファーストがお国柄のイギリスに留学していたせいか、優雅な物腰で女性をエスコートするのも
様になっている彼。
照れもなく女の子を喜ばせる言葉を言うのはお手の物だろう。
青子も意地悪ばかり言う快斗よりも、白馬の方が良くなったのだろうか?
その上、白馬は探偵で自分は怪盗ときている。
青子はいつだって笑って快斗を迎えてくれるけれど、嘘の苦手な彼女に父親に嘘を吐かせて、
秘密を共有する事で負担をかけてしまっているのはまぎれもない事実で。
重い、重い溜め息が快斗の口から落ちた。
このまま潔く身を引いた方が、青子の為だろうか?
素直になれない自分よりも、優しいアイツといた方が彼女は幸せになれる・・・?
ふと思い浮かんだ考えに快斗は首を振った。
もうずっと前から、それこそ出会った時に決めていた。
青子を誰よりも幸せにするのは自分だと。
心変わりしたと言われてはい、そうですかと諦められる程、彼女への想いと想ってきた年月は
伊達じゃない。
彼女の為に身を引くのが男らしいというのなら、そんな男らしさなんていらないと、そう思った。





「盗まれたっていうなら、取り返してやろーじゃん?」
青子の心を他の誰かに盗まれたというのなら盗み返すだけの事。
全ての物思いを捨てて開き直った快斗の顔に浮かんだ笑みは、大胆不敵な犯行を繰り返す
怪盗のそれに似ていた     .


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