Over


その日、快斗の機嫌は下降線を辿る一方だった。
朝の態度に始まり、どこか不自然な青子の様子。
問い詰めようにも快斗が話しかけたら、すぐに関係のない話を始めるか、席を立ってしまう。
その間、1度も視線を合わせる事もなかった。
いくら考えても青子にそんな態度を取られる理由を思いつかなくて、快斗は途方にくれた。
悪い想像ばかりがぐるぐると回る。
ぎこちない青子を見ていられなくて、昼寝するフリをして授業をやり過ごした放課後の事だった。
怪盗キッドの天敵と言える高校生探偵、白馬探が青子に話しかけてきたのは。
「青子君、ちょっと話があるんですが。」
「なぁに、白馬君?」
不思議そうな青子の声が返る。
未だに机に伏せったまま、知らず耳を澄ましてしまった自分に快斗は苦笑を浮かべた。
「今度のにちよ・・・。」
「あっ、ちょっと待って!!」
白馬が言いかけた言葉を青子が急いで遮った。
その慌てぶりを快斗は訝しく思う。
「ここではちょっと・・・。ね、屋上に行かない?」
「良いですよ。」
「じゃあ、今から行こう。」
気配に敏い快斗には見なくても青子が自分を気にしている事が分かった。
(何なんだよ?)
不機嫌に眉を寄せながら起き上がった快斗は、仲良く話しながら教室を出て行こうとする青子と白馬の
後ろ姿を見つめた。
何か言った白馬に青子がパッと頬を赤らめて、軽く手を上げて白馬を叩く。
もちろんそれは本気ではなくて、まるで恋人同士のじゃれ合いに見えて。
(あのヤロー!)
居ても立っても居られなくなって思わず立ち上がった快斗に、横から静かな声がかけられた。
「あら、どこへ行くの?」
「お前には関係ねーだろ!」
話しかけてきた紅子に切り捨てるように言葉を投げると、快斗はドアへと向かおうとした。
「おかしいわね。天下の怪盗キッドが嫉妬に身を焦がすなんて。」
背中に向かって再度かけられた言葉に、快斗は立ち止まって紅子の方を振り向いた。
「紅子。オレはキッドじゃねーって何度も言ってんだろ?」
「フフ。」
じとりと睨む快斗を気にしないように、紅子は悠然と笑った。
「貴方がキッドであるにしろ違うにしろ、もう少し余裕を持ったらいかが?
 貴方の大事なサファイアはちゃんと手の中にあるのだから。」
「・・・大きなお世話だ。」
紅子に聞こえるか聞こえないかの声で呟くと、快斗はきびすを返して教室を出て行った。
「馬鹿ね。」
残された紅子は快斗をそう評した。
青子が一途に誰を見つめているかなんて、端から見ていてもはっきりと分かるというのに。
(まぁ、今日はちょっと様子がおかしかったみたいだけれど・・・。)
それでも、青子が快斗以外に振り向くなんて、想像も出来ないというのに。
その青子の視線の先にいる快斗だけが、信じられないで不安になったりしている。
(本当に馬鹿ね。)
我ながら悪趣味だとは思うけれど、唯一自分に振り返らなかった男が無邪気な彼女の言動に
振り回されて、バタバタとしているのはおかしくて。
高みの見物を決め込んだ紅子は、くすりと笑いを漏らした。





快斗は廊下を屋上へと向かって足音も荒く歩いていた。
『もう少し余裕を持ったらいかが?』
先程の紅子の言葉がぐるぐると頭の中を回っている。
(バーロー、余裕なんて持てるかよ!)
長年の想いが通じて、青子とようやく恋人同士になれて。
怪盗キッドであるという負い目がある上に、日に日に綺麗になっていく青子に気が気じゃなかった。
青子の気持ちを信じていない訳では決してないけれど。
でも、想いが募れば募るほど、焦りと不安は大きくなっていって。
(・・・情けねーよな。世界中の女性を魅了すると言われる怪盗キッドが、彼女の言動に振り回されて
 一喜一憂してるなんて。)
自嘲しつつ、それでも例え振り回されようが何しようが、ようやく手に入れた青子を手放すつもりなんて
カケラもないから。
快斗はスピードを上げて屋上へと走っていった。





「青子!!」
屋上のドアを勢いよく開けた快斗に、話をしていた青子と白馬が驚きながら振り返った。
「か、快斗。どうしたの?」
慌てたように聞く青子はやっぱり快斗の目を見なくて、快斗は内心重い溜め息をついた。
けれど、得意のポーカーフェイスを貼り付けて、何食わぬ顔で青子の小さな手を取った。
「帰るぞ。」
「で、でも・・・。」
そのまま歩き出しそうな快斗に、青子が困ったように白馬を見上げた。
白馬はにらみつけるような快斗の視線にふっと笑うと、困惑気味の青子にこう提案した。
「今夜、電話します。」
「うん、分かった。」
ホッと安心したように笑顔を見せた青子に、快斗の中のイライラが募る。
「行くぞ!」
強引に手を引っ張っていく快斗に引きずられるように、青子も歩き出した。
屋上のドアをくぐって中に入った時、無言で引っ張る快斗を責めるように青子が口を開いた。
「快斗、いきなりどうしたのよ?白馬君に悪いじゃない。」
「・・・・・てたんだ?」
低い声での問いかけに、青子はきょとんと首を傾げた。
「なに?」
「だから、白馬と何を話してたんだよっ?!」
イラついて大きくなった声に、青子の肩がびくりと震えた。
「な、何でもないよ。」
「嘘つけ!」
「ホ、ホントにたいした話じゃないよ。」
潤む瞳に、震えた声。
今にも泣き出しそうな青子を見て、冷水を浴びせられたような気分になる。
少しは頭が冷えた快斗は自分の言動を振り返って後悔した。
青子を泣かせたくも怯えさせたい訳でもなかったのに、イラつく気持ちを思いっきりぶつけてしまった。
はぁっと大きく吐き出した息と共にイラつきも追い出して、快斗はどうにか気持ちを落ち着けるように
努めた。
「・・・わりぃ。」
ポツリと呟いた快斗に、青子はううんと首を振った。
この日2度目の気まずい沈黙が落ちる。
快斗は重苦しい雰囲気を払うように、わざと明るい声で話題を変えた。
「・・・あのさ、今度の日曜、一緒に出かけねーか?」
「え?」
突然の提案について行けず、青子が目を大きくする。
「だから、日曜日。青子が見たいって言ってた映画を見に行こうぜ?」
「あの、日曜日はちょっとダメなの。」
快斗の顔色を窺うように、青子がおずおずと切り出した。
「用事でもあるのか?」
「う、うん。恵子とね、買い物に行こうって約束しちゃって。」
「・・・じゃあ、しょうがねーな。」
あっさりと引き下がった快斗に、青子は安堵の息を漏らした。
そんな青子を、快斗は暗い瞳で見つめていた。
恵子と約束があると言った時に、少しだけ大きくなった青子の声。
それが嘘を吐く時の青子の癖だと快斗は知っていた。
(何年、傍にいると思ってんだよ?)
ただでさえ正直に何でも顔に出してしまう青子の事。
青子の嘘を見抜くなんて快斗には朝飯前だった。
(なんでウソなんてつくんだよ?・・・アイツと約束してるのか?)
快斗の脳裏に過ぎるのは、先程青子と一緒に居た白馬の姿。
快斗に聞かれたくないというように場所を変えて話していたのは、2人きりで会う約束の為?
青子の様子がおかしいのもそのせい?
ズキリと痛む胸を押し隠して、快斗は青子を促して教室へと向かった。
聞けなかった。
そうだと肯定されてしまうのが怖くてたまらなかった。
隣を歩く青子と他愛のない話をしながら、今度は快斗の方が青子と視線を合わせられなくなっていた。





そして、青子とギクシャクしたまま迎えた日曜日。
重い気持ちを抱えながら街に出かけた快斗は、嫌な予感が当たっていた事を知る。
凍りついた快斗の視線の先に居たのは、仲良く並んで歩く青子と白馬の姿     .


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