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微睡みの中、巡る夢に浮かぶのは幸せだった時間。 パパとママと、そして、まだ幼かったボクがいる 「あら、マルーはこのお話が嫌いなの?」 ママの膝の上で絵本を読んでもらっていたボクに、優しい声が降ってきた。 「うん。だって、お姫様が泣いてばっかなんだもん。」 絵本の話は、悪いドラゴンに攫われたお姫様を王子様が助けに行くという、ありふれた話だった。 この話に出てくるお姫様は、自分の身の上を嘆いて泣いてばかりで、それがボクにはとても情けなく 思えて嫌いだった。 「どうして泣いてばかりなの?マルーだったら、自分で逃げるよ。」 唇を尖らして不満気に言ったボクに、向かい側のソファーに座っていたパパがおかしそうな笑みを向けた。 「自分で逃げるだなんて、マルーは勇ましいな。」 「イサマシイ?」 まだまだ言葉のレパートリーが少ないボクに、パパはちょっと考えた後、 簡単な言葉に直して説明してくれた。 「そうだな・・・。勇ましいというのは、勇気があるってことだ。」 パパの言葉に、ボクは首を思いきり縦に振った。 「うん!!マルーは勇気あるよ!だって、若の子分なんだもん!」 「若・・・?一体、誰のこと?」 振り返って見上げたママの顔に、不思議そうな表情が浮かんでいた。 それは、向かいにいるパパも同じ。 パパとママに教えてあげられる事があるのが嬉しくて、ボクは嬉々として説明を始めた。 「あのね、デンカの事だよ。」 あの頃、ボクは若の事を『殿下』って呼んでいた。 みんながそう呼ぶから呼んでいるだけで、意味は全く分かっていなかったけれど。 「デンカはね、大きくなったら海賊になるんだって。 それでね、その時はマルーも子分にしてもらうの。」 ちょっと前にニサンに遊びに来た従兄は、ボクに出来ない事を簡単にやって見せてくれて、 ボクの憧れの的だった。 その従兄が『僕は大きくなったら海賊になるけど、マルーも一緒になるか?』と誘ってくれたので、 ボクはもちろん子分になる事を決めていた。 「デンカはマルーの親分になるんだから、それで『若』なの。」 「そうか。マルーは大きくなったら、バルト君と海賊になるのか。」 パパは今にも笑い出しそうな雰囲気だった。 「そうだよ。だからマルーは、えっと・・・、そうそう、イサマシイんだよ。」 ボクが真剣な顔を向けると、パパはどうにか笑いを噛み殺して、ボクに話を合わせてくれた。 「海賊になるんだったら、大人しく捕まってなんていられないな。」 「うん!マルーは自分で逃げるよ。そして、悪いドラゴンを倒すの!」 そう宣言したボクの頭に優しい手が触れた。 ゆっくりとボクの頭を撫でながら、言い聞かせるような穏やかな声が響く。 「でも・・・ね、・ルー。これ・・・だ・・・けは・・・・・」 急にママの軽やかな声が妙に間延びして、なんて言っているのか分からなくなった。 もう少しで全部聞き取れそうなのに、もどかしさの中でもがいても声はますます遠くなっていく。 待って、まだ起きたくない!全部、聞いてないよ!! 必死に願うけれど、意識は急速に覚醒に向かう。 そして、目の前に光が広がった。 「待って!」 眠りから目覚めて一番初めに耳に入ったのは、自分の声だった。 ぼんやりと天井を見つめながら、マルーは何度か瞬きをして光に目を慣らした。 微睡んだ後特有の気だるさが身体を包んでいた。 しばらく寝転んだままでいて、マルーはようやく身体を起こした。 その拍子にいつの間にか目尻に溜まっていた涙が零れそうになり、マルーは慌てて手の甲で 目を押さえた。 それから、部屋を見渡した。感傷に浸っている場合ではないと、確認する為に。 マルーが現在いるのはファティマ城の天守閣。 置かれている家具は豪奢な物だが、必要な物以外は全て省かれた部屋。 優雅な客室、というのはあくまで上辺だけで、ここは牢獄なのだとマルーは気を引き締めた。 (それにしても、捕虜の身なのに昼寝するなんて、ボクって意外に大胆かも。) そう思うとちょっと気分が良い。 自分のペースを保てているようで、まだまだ大丈夫な気がして。 こんな状況の中うとうとしてしまうのは、夜、あまり眠れていない所為だと囁く声を、 マルーは思いっきり無視した。 その声に耳を貸してしまったら、途端にくじけてしまうだろうとどこかで分かっていたから。 その時、ふと視線を感じたように思えて、マルーは俯いていた顔を上げた。 マルーが目を向けたその先にあるのは、ソファーに置いてあるピンクのぬいぐるみ。 マルーはベッドを降りてソファーに近付き、ぬいぐるみを抱き上げ、ソファーにストンと座った。 「懐かしい夢を見ちゃった。パパとママも出てきたんだよ。」 膝の上に抱えたぬいぐるみに、マルーはそう話しかけた。 子供っぽいなと自分でも思うが、捕われの身になってからついたこの習慣を マルーは止めるつもりはなかった。 シャーカーンに尋問される以外は特にやる事がない中で、ぬいぐるみに話しかける事が 唯一の楽しみと呼べるものだった。 このぬいぐるみ 頼み込んでどうにか持ち込む事を許された。 マルーがチュチュをギュッと抱き締めると、温かなぬくもりが確かに伝わってきた。 ぬくもりも重さもちゃんと感じるこの不思議なぬいぐるみは、ブレイダブリクで手に入れた。 今にして思えば、偶然だったような必然だったような、そんな出会いだった 「ダイコンいらんか〜。カミナリダイコン、か〜らいぞ〜。ラハンのダイコン、おおきいぞ〜。」 「おにいさん、おにいさん!イチゴ買っていって、イチゴ。 甘くておいしい砂漠イチゴ、安くしとくわ。」 「バナナ〜バナナ〜なが〜いバナナ〜。心も体もバナナで元気〜。エルフバナナ買っとくれ〜。」 賑やかな声が飛び交うブレイダブリクの街の中を、一人の少年らしく見える人物が歩いていた。 帽子を目深にかぶっているので、表情がよく見えない。 その歳ではまだまだ好奇心旺盛に店を冷やかしながら歩くのが当然なのに、何か目的でもあるのか わき目も振らずに先を急いでいた。 その時、ふと何かを感じたかのようにその人物は立ち止まった。 振り返った先にあるのは、小さな射的屋。 惹きつけられるように、足がその店へと向かって行った。 並べられている射的の景品を見回して、一番上の段の左隅にポツンと置かれている ピンクのぬいぐるみが視界に入った。 見た瞬間、なぜか知らないけれど、これだ、と思った。 そのままぬいぐるみを凝視していると、店の主人が声をかけて来た。 「坊主、あのぬいぐるみが欲しいのかい?男のクセに、妙なもん欲しがるね。」 瞬間、答えようか、立ち去ろうか迷った。 こんな事をしている場合ではないという理性とぬいぐるみが欲しいという感情が、心の中で葛藤する。 一度だけ瞬きして、心を決めた。 「おばさん、一回いくら?」 高く澄んだ声に、店の主人は驚いた。どう考えても、少年の声ではない。 帽子の下の顔を覗き込んでよくよく見てみると、そこには確かに少女の顔があった。 「お嬢ちゃんだったのかい。間違ってすまなかったね。」 「ううん。こんな格好してるから、しょうがないよ。」 帽子をちょっと上げて、少年のような格好をした少女、マルーは笑ってみせた。 実はアヴェに捕われた修道女達が生きていると聞いてニサンを飛び出してきた時、 ちょっとした変装を試みたのだ。 まず、アヴェでは目立つであろうニサンの紋章入りのマントを脱いだ。 それから、トレードマークになっている大きな帽子とお気に入りのリボンを取って、 途中で買った少年用の帽子をかぶり、髪の毛を全部その中に押し込んだ。 これでパッと見ると少年のように見える。 本当は服も全部変えられると良かったのだが、内緒で出て来たので持ち合わせが余りなかった。 無理をすれば買えない事もないが、何があるか分からないからお金には余裕があった方がいい。 普段の格好とほとんど変わらない変装になってしまったけれど、ちゃんと男の子に見えたようで、 マルーはホッと胸を撫で下ろした。 「どうしてそんな格好してるんだい?」 「ニサンから一人で旅をしてきたんだ。女の子が一人だなんて、危険でしょ?」 「一人旅か。・・・って、もしかして家出じゃないだろうね?」 「違う、違う。」 人の良さそうな顔に疑惑を浮かべた店の主人に、マルーは大げさに手を振った。 ここで通報されてしまったら、元も子もなくなってしまう。 嘘をつくのは心苦しいが、道中考えてきた設定を話す。 「ブレイダブリクに親戚の家があるんだ。みんなで遊びに来ないかって言われたんだけど、 両親は忙しいから一人で来たんだ。」 「そうなのかい、残念だったねぇ。」 「ね、おばさん。それより、一回いくらなの?」 納得したように頷く話好きな主人に、マルーは話を逸らせようと問いかけた。 突っ込まれて聞かれると、ボロが出てしまう。 幸いな事に、店の主人は商売を思い出してくれたようだった。 「あぁ、一回10Gだよ。」 マルーがお金を払うと、店の主人は弾が5つ入った小さな皿をマルーの前に置いた。 店の主人の手ほどきを受けながらどうにか弾を予め置かれていた銃に込めると、 マルーはぎこちなく構えて撃ってみた。 パーン! 渇いた小さな音を立てて弾が発射された。 弾の行く先は狙ったぬいぐるみの遥かに左、テントの布が軽くたわんだ。 「う〜ん、残念。もっとしっかり構えないと。」 店の主人が銃を構える仕草をしてみせた。 それを横目で見て真似をしながら、マルーはもう一度撃ってみた。 またしても弾は大きく外れた。 それから、続けて三発撃って全部の弾を使い切ったが、ぬいぐるみに掠る事もなかった。 マルーの顔に悔しそうな表情が浮かんだ。 「おばさん、もう一回!」 「はいよ。次は当てておくんなさいよ。」 店の主人が弾入りの小皿をもう一つ出した。 マルーは気合いを入れ直して、再び銃を構えた。 ところが、まるでぬいぐるみの周りにバリアでもあるかのように、何度撃っても当たらない。 もう一度、もう一度とやってるうちに、マルーの前に空になった小皿の山が出来た。 最早、何皿あるのか、数えるのも恐ろしい。 「お嬢ちゃん、そろそろ止めといた方が良いよ。 大きな荷物を持ってるとこ見ると、まだ着いたばっかりなんだろ? 折角の小遣いをここで全部使っちまうのは勿体無いよ。」 さすがに店の主人が止めに入った。 人の良さそうな主人の顔を見ながら、マルーもウ〜ンと唸った。 ぬいぐるみも欲しいが、所持金に余裕が無くなっていた。 滞在費を除くと、ほとんど残らないだろう。 それでも、立ち去る事ができなくてグズグズしていると、見かねた店の主人がとある提案をしてくれた。 「もうぬいぐるみ代ぐらいは貰ってるし、そんなに欲しいなら持って行って構わないよ。」 実はあのぬいぐるみ、ブレイダブリクに来て荷を解いたら、いつの間にか紛れ込んでいたのだ。 どこから現れたのか見当もつかなかったが、とりあえず景品として並べておいた。 元手はゼロだから、そんなに欲しいなら持って行って構わないと主人は思っていた。 「ううん。景品なのに当てもしないで貰っちゃうなんて出来ないよ。」 マルーが慌てて頭を振った。 「でも、欲しいんだろ?遠慮しないで持ってきな。」 「けど・・・。じゃ、最後に一回だけ。これでダメだったら諦める。」 「本当にそれでいいのかい?」 「うん!」 大きくマルーが頷くと、店の主人は気が進まない様子で小皿をもう一枚出した。 今までの射撃の腕を見ると、ぬいぐるみを諦める事になるのは簡単に予想がつくからだ。 この少女ががっかりする顔をするのは、なぜか見たくなかった。 今度こそ当てておくれよと願う主人の前で、弾は次々とぬいぐるみを逸れていった。 残るは一発。 マルーは大きく深呼吸をしてから、銃を構えて最後の弾を撃った。 マルーと、それから店の主人も祈るように見つめる中、弾はぬいぐるみを掠って脇をすり抜けた。 息を止めて見守っていた二人の口から、大きな溜め息が漏れた。 「ざんね・・・、おや?」 店の主人が慰めの言葉を口にしようとした瞬間、グラリとぬいぐるみが揺れて後ろに倒れた。 「やったぁ!倒れたよ!」 「いい具合に掠ったんだね。良かったねぇ。」 興奮してはしゃぐマルーに、店の主人も愛想笑いでない本当の笑顔を見せる。 倒れたぬいぐるみを取りに行った主人が、よいしょとマルーの前に置いた。 「はい、おめでとう。ちょっと重いけど、持っていけるかい?」 「平気だよ。腕力には自信あるんだ。」 マルーが肘を曲げて力瘤を作る仕草を見せると、店の主人は声を立てて笑った。 「頼もしいねぇ。それじゃ、大事にしてやっておくれね。」 「うん、ありがとう!」 マルーはぬいぐるみを受け取ると、振り返って店の主人に手を振りながら、 ブレイダブリクの街の中へ戻って行った。 |
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