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マルーを抱きながらユグドラシルに戻って来たシグルドは、すぐにマルーを部屋に 連れて行った。 バルトも一緒について来たがったが、マルーと二人で話があるからと連れて来なかった。 ベッドに腰掛けたマルーの膝の治療をしながら、シグルドはどうしてバルトに鞭を 練習させることにしたのかを丁寧に説明した。 「どうして若が鞭を習わなきゃいけないのか分かったけど、やっぱりボクはイヤだよ。」 シグルドが話し終わってすぐにマルーはそう言った。 「他に方法はないの?無理に鞭を習わなくたって・・・。」 「いろいろ考えてこの方法が最良だと判断致しました。」 静かに答えるシグルドに、でも、とマルーは必死に言い募った。 「若はあんなにいっぱい怪我してるじゃない。」 「最初のうちはしょうがないことなんです。それに、先程戦っていた様子を見る限り、 若はきっとすぐ上達されると思いますから大丈夫ですよ。」 「でも、今、若が怪我することがイヤなの!!」 膝の上で手を握り締めながら、マルーは強く言った。 自分でも我が侭だと分かっている。 シグルドの言う通り、バルトが悪夢から解放される為には鞭の練習をするのが一番だろう。 それに、バルトも鞭の練習を自分から頑張っている。 だから、自分が口を挟むことではないと頭では理解していても感情が納得しない。 シャーカーンに囚われていた時にバルトに加えられた拷問はとても激しいものだった。 そのことはバルトの背中に残った傷跡でシグルド達も理解しているだろうが、 それを目の当たりにしていた自分の気持ちはその場にいた者にしか分からないだろう。 練習をする度に傷だらけになっていくバルトの姿に、あの時の情景がいつの間にか 重なっていた。 あの時とは違うと分かっていても、いつか鞭による傷のせいで従兄は死んでしまうのでは ないかという甦ってきた恐怖は消す事は出来なかった。 シグルドは俯いたまま黙ってしまったマルーに掛ける言葉を探した。 が、結局良い言葉は浮かばず、とりあえずマルーを寝かしつけることにした。 「お疲れでしょうから、今日はお休み下さい。」 「・・・うん。そうする。」 マルーもそれ以上そのことに関して話をすることはなく、大人しく眠りについたのだった。 その日の夜、マルーは熱を出した。 ここのところ夜あまり寝られなかったせいと、いろいろあった疲れが出た為だった。 翌日の朝にはほとんど熱は下がったが、大事を取って一日中寝かされていた。 暇を持て余してマルーが盛大なため息をついた時、辺りを窺う様にしてバルトが部屋に こっそりと入ってきた。 「若!どうしたの?」 「どうしたって、お見舞いに決まってるだろ。」 そう言うとバルトは後ろに隠し持ってきた物をマルーの顔の真ん前に差し出した。 「わぁ、シフォン・ニサーナだ!」 大好物のケーキが現れて、マルーは歓声を上げた。 「消化にいいからとか言ってお粥しか食べさせてもらえなかったんだ。嬉しいな♪」 「だろ?そう思って爺のところからかっぱらって来たんだ。」 得意げに言うバルトに、早速食べようとフォークを持ったマルーの手が止まる。 「それじゃ、後で爺に叱られるんじゃない?」 心配げなマルーに向かって、バルトは悪戯っぽく笑った。 「マルーが全部食べれば問題ないだろ。証拠がなくなるからな。」 全然悪びれたところがない従兄がおかしくて、マルーも笑いを浮かべた。 「じゃ、いただきます。」 嬉しそうににマルーはケーキを食べ始めたが、あることに気付いて動きが止まった。 「ごめん!ボクだけ食べてて。若も食べて。」 マルーは慌ててケーキのお皿をバルトの方に差し出したが、バルトはすぐにお皿を 押し返した。 「これはお見舞いなんだから、マルーが全部食べろよ。」 「そんな訳にはいかないよ。」 頑として譲ろうとしないマルーに、バルトはう〜んと唸った。 折角、お見舞いにもって来たのに自分が食べてしまっては意味がない。 でも、このままだとマルーは絶対食べないだろう。 「なら、一口だけ貰うな。」 バルトがフォークを持ったマルーの手を掴んで引き寄せ、ケーキをパクッと食べてみせると、 マルーは安心したようだった。 「また食べたくなったら言ってね。」 マルーが美味しそうに再びケーキを食べる姿に、バルトは満足そうに微笑んだ。 それから、バルトはやって来た目的を果たす為に、姿勢を正し表情を改めた。 「あのさ、マルー。俺は鞭の練習は止めないからな。」 突然切り出したバルトに、マルーは目を大きく見開いた。 そして、フォークを持った手を下ろし、真剣な眼差しをバルトに向けた。 「どうして?」 「強くなりたいんだ!」 単純な、だからこそ力強い理由。 ごちゃごちゃと説明するより、自分の本心を簡潔に表すことを選んだ。 バルトは真摯な瞳で静かな顔付きをしていた。 マルーはこんな顔をした従兄は決して意志を曲げないことを知っていた。 それでも、諦めきれずにバルトに問う。 「こんなにいっぱい怪我をしても練習するの?」 一面に新しい傷ができ痛々しいバルトの腕を視界の端に捕らえて、マルーの表情が 沈んだ。 「こんな傷くらい、へっちゃらだ。」 バルトはマルーを安心させるように力強い表情を見せた。 もう決意を固めている従兄に、何を言っても無駄だとマルーは悟った。 ・・・本当は、どんなに傷を作っても諦めずに、鞭を振るい続けていたバルトを見た時から 分かっていたけど。 でも、認めたくなくて我が侭を言い続けてきたけど、それももう終わりだった。 俯きそうになったマルーの肩に手を置いて、バルトはマルーの注意を引いた。 「でも、やっぱり傷は痛いんだよな。だから、マルーがエーテル術を勉強して 治してくれないか?」 思いがけないバルトの言葉に、マルーの思考が一瞬止まる。 (ボクが、若の傷を?) 正直言って、エーテル術を学ぶことで、バルトの役に立てるとは思ってもみなかった。 いつも自分には何も出来ないと嘆くだけだったけど、バルトの力になれるなら。 もう、あの時みたいな思いをしなくて済むのなら。 自分でも単純だと思うけれど、すぐにでもエーテル術を学びたくなった。 「うん!!ボクが若の傷を全部治してあげるよ!!」 先程までとは違って明るい表情のマルーにホッとしながら、バルトはマルーに小指を 差し出した。 「約束だぞ!」 マルーがバルトの指に自分の小指を絡ませ、固い約束が結ばれる。 「ねぇ、若。どうせだったら、どっちが早く上達するか競争しようよ!」 バルトは元気になった途端にそんなことを言い出すマルーに笑いながら、 挑戦を受けて立つ。 「いいぜ。どうせ俺の勝ちは決まってるけどな。」 「そんなことないもん。ボクが絶対勝つからね!」 しばらく、二人はにらみ合うように視線を交わした。 それから、意地の張り合いにおかしくなって、同時に吹き出した。 明るい笑い声が部屋中に広がっていく。 笑いが途切れてから、新たに決心するようにバルトがマルーに真剣な瞳を向けた。 「お互いに頑張ろうな!」 「うん!頑張ろうね!」 「・・・という訳なんだ。これがボクと若の約束。」 長い話を終えたマルーは、のどの渇きを癒すように紅茶を飲んだ。 「そんなお約束があったんでごさいますね。」 感激したようにメイソンは目頭を押さえた。それを横目にエリィが口を開いた。 「それがきっかけで、練習するようになったのね。」 「うん。若に負けたくなかったし、やっぱり初めて若の力になれることだったからね。 でも、この約束がなかったら、練習を投げ出したくなる時があったかもしれないな。」 はにかんだように笑うマルーにエリィは優しい眼差しを向けた。 「そうそう、それで若が鞭の練習をしている合間に傷を治すことが多かったんだけど、 呪文を唱えながら『若、頑張ってね!』『練習頑張って!』とか言ってたら、 いつの間にか『若、がんばって☆』が一番力が出るようになっちゃったんだ。 だから、これは昔からの癖なんだ。」 ニッコリと微笑んで聞いていたエリィを見て、マルーは照れくさそうに尋ねた。 「やっぱりおかしいよね?」 「そんなことないわよ!ただ、マルーらしいなって思って。」 「そうかな?」 マルーがかわいらしく小首を傾げたところに、大きな足音と賑やかな話し声が聞こえてきた。 「あっ、買い出しから帰って来たみたいね。」 マルーの予想通り、大きな紙袋を持ったバルト達がガンルームに入ってきた。 出迎えようと近付いて行ったマルーは、紙袋をテーブルの上に置いているバルトの腕に 傷があることを目敏く見つけた。 「若、その腕どうしたの?」 「あぁ、街でゴロツキ共にからまれてる子供を助けた時にちょっとな。」 「治療しなきゃ。腕を出して。」 「こんな傷、たいしたことねぇよ。なめときゃ治るって。」 マルーは全く気にする様子のないバルトの腕を強引に掴んだ。 「ダメだよ。どんなに小さな傷でもバイ菌が入ったら大変なんだから。」 バルトに有無を言わせず、マルーは治療を開始した。 「若、がんばって☆」 エーテル術の暖かい光が辺りに満ちた。 そのまま、マルーは手を傷にかざしながら、先程までエリィ達に話していたことをバルトにも 話した。 「なんか懐かしくなっちゃった。若は覚えてる?」 「そういえば、そんなこともあったよな。」 「そういえば?ひどいな〜。ボクは忘れたことがなかったのに。」 頬を膨らませているマルーを見ながら、忘れるわけがないだろとバルトは心の中で呟いた。 あの時、砂漠で見つけたマルーは自分を見て急いで涙を拭った。 そして、必死になんでもない振りをしようとした。 そんなマルーを見て思ったのだ。 マルーの泣き顔を見るのは辛い。でも、泣くのを我慢している姿を見るのはもっと辛い。 だから、マルーがいつも笑顔でいられるように、それがダメな時は自分の前でくらい 遠慮しないで思いっきり泣けるように、強くなろうと。 その決意とあの約束があったから、何度も諦めそうになった辛い鞭の練習を 乗り越えられたと思う。 過去に思いを馳せ、いつの間にか黙ってマルーを見つめているという状態になっていた。 怪訝そうな顔を従妹に向けられていることに気付いてバルトは慌てた。 「そうだ。お前、俺に習ってすぐのエーテル術をかけたよな。 それって、エーテル術の効きを俺で試したってことじゃねぇのか?」 「えっ、そんなことは・・・。」 ごまかすために言った事を真に受けて困った表情を浮かべているマルーに、 ふっとバルトの口元が綻んだ。 こういう素直な所は昔からちっとも変わっていない。 頭を悩ませていたマルーは従兄の口元に視線を止めて、憤慨したようにバルトに向かった。 「若、ボクをからかって遊んでるでしょ!」 「遊んでなんかねぇよ。」 「じゃあ、なんで笑ってるのさ!」 「別に笑ってなんかねぇって。」 じゃれあうように言葉を交わしているバルトとマルーを見ているとなぜだか心が和む。 そう思いながら二人から目を離して、エリィは傍らに立っている老紳士を見上げた。 「あの二人の関係って素敵ですね。お互いの為に強くなろうと更に高みを目指して 頑張ってる。」 多少羨ましげな響きも含まれている言葉に、メイソンが嬉しそうな表情を浮かべた。 「えぇ、爺の自慢のお二人でございます。」 メイソンは誇らしげにエリィに頷きを返してから、小さい頃から見守り続けてきた 碧玉の持ち主達に慈しみを込めた視線を向けたのだった。 <了> |
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バルトが鞭を習い始めた頃の話ってありそうで(私は)見たことがなかったので、 それなら自分で書いてみようと思って書き始めた話です。 バルトは鞭を習うことでつらい過去を乗り越えることが出来たかもしれないけど、 それを近くで見ていたマルーはすごく辛かったんじゃないかな。 またバルトが鞭で怪我をしているんですから。 だから、それをどうにかしたかったんです。 鞭の練習法がなんちゃって練習法になってしまったとか(相談にのってくれた方、 どうもありがとう!)、一人よがりな話になったかなとか心配はつきませんが、 書きたかったことが書けて私は満足です♪ あと、パーフェクト・ワークスが大活躍してくれたことが個人的に嬉しい(笑) やっと、活用できました。でも、パーフェクト・ワークスを持っていらっしゃらない方にも 分かるように書いたつもりですが、良く分からないところがなかったかどうかちょっと心配。 そういえば、大きいバルトは出てくる予定がなかったんですが、いつの間にか登場してたり。 やっぱり、私はバルトとマルーが一緒にいるのが好きなんだな〜と実感しました(笑) |
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