力の源


少年組がギアで買い出しに出かけてしまった午後、エリィとマルーの二人はガンルームで
午後のお茶と洒落こんでいた。
エリィがユグドラシルに乗艦して以来、年が近いこともあって二人は姉妹のように
親しくなっていた。
そんなこともあって、メイソンが淹れた紅茶を飲みながら様々な話題に花が咲いていた。
その途中でふと思い出したようにエリィが目の前の少女に尋ねた。
「マルー、ちょっと聞いてもいい?」
「なぁに?エリィさん。」
まだ湯気を上げている紅茶のカップを持ったマルーが小首をかしげた。
今、ガンルームにいるのはエリィとマルーと紅茶を淹れたメイソンだけだった。
エリィはチャンスだと思い、前々から疑問に思っていたことを口にした。
「ずっと聞きたかったんだけどね、どうしてバルトを回復する時だけ
 『若、がんばって☆』なの?
 他の人を回復する時には、ちゃんと呪文を詠唱しているのに。」
何か特別な理由があるのかと興味津々の目をしているエリィを横目にマルーは考え込んだ。
「う〜ん、どうしてって言われてもなぁ・・・。小さい頃からの癖だから。」
「それだけなの?」
エリィががっかりしたような声を出した。
「・・・うん。」
まだ少し考えながらマルーが答えた時、お茶請けにケーキを持ってきたメイソンが
口を挟んだ。
「そういえば、マルー様は最初なかなかエーテル術を学ぼうとなさいませんでしたね。
 爺は随分と苦労致しました。」
いかにも大変だったというようにメイソンがわざと大きなため息をつくと、マルーは少し頬を
膨らませ拗ねた表情を浮かべた。
「それは言わないでよ。それに、始め以外は頑張って練習したでしょ?」
「あぁ、そうでございましたね。ある日を境に急に真面目に練習されるようになって、
 爺は嬉しいながらも不思議に思ったものです。」
昔を懐かしむようなメイソンの言葉に、エリィはおやっと眉を上げた。
「どうしていきなり練習するようになったの?」
「あ、それは爺もずっと理由を伺いたいと思っていました。」
エリィとメイソンが期待を込めた眼差しを紅茶を飲んでいる少女に向けた。
「若との約束だったからね。」
マルーはカップを口元から放して、はにかむような笑みを浮かべて答えた。
立ち入ったことを聞くことになってしまうかなと頭の隅で心配しながらも、
エリィは好奇心を押さえられなかった。
「どういう約束だったのか聞いてもいい?」
「秘密って言っても無駄そうだね。」
目を輝かせているエリィと、自分では聞かなかったものの、実は密かにマルーが
話し出すのを楽しみに待っているメイソンも見て、マルーは茶目っ気たっぷりの口調で
言った。
「ちょっと長くなっちゃうけどいい?」
確認をとってから、マルーは二人から視線を逸らしてドアの方を見つめた。
その蒼い瞳に映るのはもうドアではなく、ずっと大事にしまっていた思い出。
従兄の背中を追いかけることしか知らなかった幼かった自分を懐かしく思いながら、
マルーはゆっくりと語り始めた。



                              .



灼熱の太陽が照りつける砂漠を、ユグドラシルは悠然と航行していた。
二年前、シャーカーンに捕らえられていたバルトとマルーを救い出す際に、
シグルド達の手によって盗み出されたユグドラシルは、王家の隠し砦で整備・改造され、
ようやく砂の海に航海に出たところだった。
後に、バルトの発案により海賊行為を始めることになるが、今はまだ砂漠に埋もれている
古代遺跡を発掘していた。
そのユグドラシルには、もちろんバルトとマルーも乗艦していた。
隠し砦で心身に受けた傷をゆっくりと癒した二人は、助け出された時には失っていた
子供らしい笑顔を取り戻していた。
最近では元気が余り過ぎているのか、二人して様々な悪戯をしていたが、そのどれもが
微笑ましい物で、乗組員達は優しい目で二人を見守っていた。
そして、それは二人の教育係となっていたシグルドとメイソンも同じことだった。
二年前には考えられなかった二人の明るい表情を喜びながら、あの出来事が残した
問題の解決策に頭を悩ませていた。
その問題とは、鞭で拷問を受けていた頃を夢に見てうなされるバルトのことだった。
救出した当初に比べれば回数は減ったものの、いつまでも悪夢にうなされるのは
精神的にも、成長途中の体にとっても良くないことだった。
シグルドとメイソンは何度も頭を寄せ合い、ようやく答えを出したのはつい昨夜のこと。
早速、今日の午後からその解決策を実行することになったのだった。


「あれ〜、シグどうしたの?」
勉強部屋となっているガンルームに仲良く入ってきたバルトとマルーは、いつもと違って
動きやすい服装をしているシグルドを見て不思議そうな声を上げた。
昼食も終わったこの午後の時間は、いつもシグルドとメイソンが教師役となって、
文字書き計算から王家の歴史、礼儀作法に至るまで、様々なことを学ぶ勉強の時間と
なっていた。
また勉強かとうんざりしながらやって来た幼い二人は、シグルドの格好に今日は
勉強がなくなるかもと期待の眼差しを向けた。
その様子に軽く苦笑いを浮かべながら、シグルドは二人の希望を砕く言葉を口にした。
「今日もしっかり勉強をして頂きますよ。」
「え〜っ」
目に見えてがっかりする二人に、でも、とシグルドは続けた。
「今日からは、今までとは違った勉強をして頂くことにします。」
その言葉に、バルトとマルーは目を輝かせた。
やっと退屈な時間から解放されるのかと、嬉しそうな笑みを浮かべるバルトの姿に、
シグルドは内心重いため息をついたが、そんなことはおくびにも出さずにバルトを促した。
「とりあえず、ギア・ハンガーに行きましょう。何をするかはそこでお話します。」
バルトを伴って歩き出したシグルドの後を、当然のようにマルーもついて行こうとしたが
メイソンに呼び止められた。
「お待ち下さい。マルー様はこちらでございます。」
「えっ、でも・・・」
マルーはメイソンとどうしたんだと振り返ったバルトを困ったように見比べた。
そして、シグルドに何事かを囁かれたバルトが納得したようにドアから出て行ってしまうと、
マルーは慌てて消えてしまった背中を追いかけようとした。
が、再度メイソンに止められてしまう。
「爺、なんなの?早くしないと若が行っちゃうよ。」
今にも走り出して行きそうにうずうずしながら、マルーはせわしなくメイソンに尋ねた。
「それでいいのでございます。今日から若とマルー様には別々に勉強して頂くことに
 なりました。」
「どうして?そんなのヤダよ!」
「もう決まったことでございます。」
心を鬼にしてメイソンは宣言した。
何もマルーを悲しませくてこんなことを言っているわけではない。
実は、こうすることも解決策の一環だった。
あの事件以降、マルーはバルトの子分になるんだと言って、バルトの後を付いて歩き、
彼のすること為すこと全てを真似するようになっていた。
最初はしょうがないと大目にみていたが、ずっとその状態が続くというのは問題だった。
これから成長するにつれて体格差も出てきたら、バルトの真似をしようとして
いつか大怪我をするかもしれない。
第一、マルーは将来ニサンの大教母にならなくてはいけないのだ。
ずっとバルトと一緒にいるわけにはいかない。
だから、これを契機にバルトと離れることに慣れさせようとしたのだ。
「マルー様、席に着いて下さい。マルー様には大教母のエーテル術について勉強して
 頂きます。」
マルーを教える担当になったメイソンがいつもと違い厳しい表情を見せると、マルーは渋々と
席に着いた。が、しばらくすると話し出したメイソンを遮るようにパッと立ち上がった。
「やっぱりヤダよ。ボクも若と同じことをする。」
マルーはそう言うと、メイソンが止める間もなく、バルト達の元へ駆け出して
しまったのだった。


マルーがメイソンの元から逃げ出した頃、バルトはシグルドから差し出された鞭を
受け取ったところだった。
シグルドとメイソンは、バルトに恐怖の対象である鞭を使わせることによって、
鞭への恐怖を克服させようと思ったのだ。
それで、故国の伝統的な武具である鞭の扱いに長けているシグルドが、バルトに鞭を
教えることになった。
シグルドは恐る恐る鞭を触って感触を確かめているバルトに声をかけた。
「それでは、とりあえずそこの壁にある的を打ってみて下さい。」
言われた通り、バルトはおずおずと鞭を振り上げ的に向かって打ってみた。
鞭が的に当たって響いた音に、鞭で打たれた時のことが蘇ってきて、
反射的にバルトは目をつぶっていた。
腕に熱い痛みが走ったのは、次の瞬間だった。
驚いて開けたバルトの目に、赤く鞭の跡がついた腕が映った。
バルトは改めて実感した痛みに顔をしかめた。
しかし、シグルドはそれには構わず、バルトから鞭を受けとって続けた。
「若、目を閉じてはいけません。それでは、跳ね返ってきた鞭に当たって
 怪我をするだけです。」
シグルドは説明しながら、鞭を振るってバルトに見本を見せた。
「このように、的をしっかり見据えて鞭を振るい、跳ね返ってきた鞭は左手で受け止めます。
 さぁ、もう一度やってみて下さい。」
シグルドから返された鞭をジッと見つめてから、覚悟を決めたようにバルトは再び鞭を
振るった。
が、やっぱり目をつぶってしまい、腕に赤い跡がもう一つ増えた。
思わずシグルドの顔を見たが何も言わない教育係に、バルトはしょうがなく鞭を
振るい続けた。
しばらくして腕に更に傷が増えたところでバルトは音を上げた。
「シグ、鞭を使うなんて出来ないよ。」
痛みに微かに涙を浮かべながら訴えてくるバルトに心を痛めながらも、
シグルドはあえてバカにするような口調で話した。
「おや、たったそれだけで諦めてしまうんですか?若は随分情けないんですね。」
「なんだと!そんなことないからな!」
バルトはキッと顔を上げた。そして、シグルドの思惑通り、鞭を再び握り締め練習を
再開する。
それでも、やっぱり急には上達しないもので。
「いたっ!」
バルトがまた傷を増やした時に、マルーがギア・ハンガーにある練習場に走り込んできた。
マルーはすぐにバルトに声をかけようとしたが、バルトの持つ鞭と腕の傷に黙り込んで
しまった。
そんなマルーに気が付いたシグルドが厳しく問いかけた。
「マルー様、どうなされたんですか?エーテル術の練習は?」
気を取り直して、マルーはシグルドに向かい合った。
「エーテル術の練習なんてしないもん。ボクは若と同じことをするんだ!」
シグルドがマルーを諭そうと口を開きかけた時、マルーを追ってメイソンもようやく
ギア・ハンガーに現れた。
「はぁ、ふぅ、シグルド殿、申し訳、ありません。マルー様に、逃げら、れてしまい、まして。」
辛うじてそれだけ言うと、メイソンはゆっくりと息を整えた。
それから、断固たる表情をしている少女の方を向きその手を掴んだ。
「さぁ、マルー様、ガンルームに戻ってお勉強しましょう。」
「やだ!戻らない!」
「マルー様、我が侭をおっしゃらないで下さい。」
駄々をこねるマルーとそれをなんとかなだめようとするメイソンのやり取りを見て、
シグルドは傍らの少年に助けを求めるように視線を向けた。
マルーにとって絶対的な存在であるバルトが言うのが一番効果がある。
それをバルト自身も分かっているから、しょうがないと口を開いた。
「マルー、爺を困らせちゃダメだぞ。ガンルームに戻るんだ。」
「え〜、ヤダよ。ボクは・・・」
「子分は親分の言う事をきかないとダメだ。それがイヤだったら子分を辞めてもらうぞ。」
反論しかけたマルーを、バルトはすかさずとっておきの一言で遮った。
マルーはしばらく考えた後、イヤそうに渋々頷いた。
「・・・分かった。戻ることにする。」
「よしっ。それでこそ俺の子分だ。」
バルトがニカッと笑ってみせると、つられた様にマルーも笑顔を浮かべた。
そんな様子を眺めて、教育係の二人組は一件落着と胸を撫で下ろしたのだった。


ところが、次の日からはそう上手くはいかなかった。
昼食が終わった後、バルトは一足先に練習場に足を向けていた。
結局、昨日はまともに鞭を受け取ることが出来ないまま終わっていた。
それどころか、跳ね返ってくる鞭を恐れて、鞭を放った瞬間に目を閉じてしまうように
なっていた。
当然、それでは的に当たるわけはなく、変に跳ね返る鞭に傷を増やすという事態に
陥っていた。
自分がひどく臆病に思えるのが悔しくて、バルトは少しでも練習しようと思っていた。
練習にマルーもついてきたが、今は勉強時間ではなかったため、バルトも止めは
しなかった。
もちろん、鞭を使わせるようなことはしなかったが。
マルーがその辺に転がっている木箱に座って見守る中、バルトは練習を開始した。
鞭の音だけが辺りに響く。そんな中、バルトの腕には着々とみみず腫れが増えていった。
しかし、バルトはそれには頓着せず黙って鞭を振り続けた。
しばらくして、勉強時間になったのか、昨日と似たような服装でシグルドが現れた。
褐色の青年は練習をしているバルトに満足そうな表情をしてから、マルーに声をかけた。
「マルー様、メイソン卿が待っていらっしゃいますよ。早くガンルームに行って下さい。」
「いや。」
素直にマルーが返事すると思っていたシグルドは、低く呟かれた言葉が
一瞬理解できなかった。
それから、シグルドが先の言葉の意味が分かって言葉を発する前に、マルーは
一際大きい声で続けた。
「ボク、エーテル術の練習なんてしないから!!」
「あっ、マルー様!」
シグルドが止める前に、マルーは駆け出してこの場を離れていた。
そのため、バルトもシグルドも気が付かなかった。
この幼い少女がとても追い詰められた表情をしていたことに。


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