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「ほら、さっさと寝ろよ。」 マルーの部屋にやって来てすぐ、バルトはマルーをベッドに押し込めて布団を被せた。 今、この部屋を使っているのはマルーだけだった。 何も憶えていない状態で他の人と一緒に部屋を共有するのは、気を使ってしまって 却って良くないだろうという事で、チュチュとプリムは他の部屋に移動していた。 「寝て起きたら、具合も良くなるだろ。早く眠れよ。」 そう言われても、布団から顔だけ出したマルーは目を瞑ろうとしなかった。 「・・・イヤです。」 マルーは寝かしつけようとするバルトの手から逃れて起き上がった。 俯いているマルーの表情は強張っているように見えた。 「どうした?」 バルトは頑なな従妹の様子が心配になって、マルーの顔を覗き込むようにして訊ねた。 どんな表情も見逃さないようにと。 ちらりとバルトの方を見たマルーは、言うか言わないか迷っている素振りを見せた。 それ以上無理に聞き出そうとせず、バルトは黙ってマルーが話し出すのを待っていた。 やがて、今にも消え入りそうな声でマルーがポツリと言った。 「眠るのが怖いんです。」 「怖い?」 「はい。・・・夢をみてしまうから。」 たかが夢くらいで何を怖がってるんだとバルトは思わず口にしかけたが、マルーの真剣な顔が 気になって別の言葉に変えた。 「どんな夢なんだ?」 「・・・真っ暗な闇の中で、ポツンと一人ぼっちでいるんです。 どんなに叫んでも誰もいなくて、なんの音もしなくて。 それで、やっぱり何も憶えてなくて、ものすごく孤独で。」 マルーはふっと顔を歪めた。 「まるで今の状態みたい。」 そう言うと、マルーは膝を立て、そこに顔を伏せた。 小さくなっているマルーが、バルトの目にはいつになく弱々しく見えた。 記憶をなくした後も、マルーはいつもと変わらず笑っていた。 だから、記憶なんてなくても大丈夫だと思えてしまって、その事で一層迷いに拍車がかかっていた。 けれど、忘れていた。 マルーは人一倍、他人に迷惑をかけないようにと無理して頑張ってしまう事を。 先程も、そういう所は変わってないと実感していたはずだったのに。 今までマルーの笑顔の裏にあった苦しみを思って、バルトの胸は痛んだ。 「・・・なぁ、やっぱり記憶を取り戻したいか?」 「もちろんです!」 バルトの問いに、マルーは間髪を入れずに答えた。 「例え、辛い思い出でも?」 低く訊ねられた言葉に、マルーは一瞬目を大きく見開いた。 それから、きっぱりとした表情で頷いた。 「皆さんが進んで話をしてくれない事から、薄々気が付いてました。」 もし、幸せな人生を今まで送ってきたのなら、バルトに口止めされていたとしても、 自分から喜んで話をしてくれる者もいるだろう。けれど、みんな一様に渋っていた。 だったら、きっと余り幸せではない人生だったんだろうという事は容易に想像できた。 「それでも、やっぱり記憶を取り戻したい。 自分が自分であると、自信を持って言えるようになりたいんです。」 真っ直ぐバルトを見つめて視線を逸らさないマルーに、バルトはようやく決心した。 マルーに過去を話そう。そして、記憶を取り戻す手伝いをしようと。 「ちょっと長い話になるぞ。」 「じゃあ・・・?」 「あぁ、俺の知ってる限りのお前の事を話すよ。今まで、ずっと黙ってて悪かったな。」 それから、バルトはゆっくりと話し始めた。 今までマルーと共に歩んできた自分の歴史も、一緒に確認するように。 バルトが話し終わった後、部屋には少しの沈黙が訪れた。 いきなり自分の過去を全部聞いて混乱しているのだろう。 それに、過去についてどう思ったんだろうと、バルトは不安を感じて口をきけずにいた。 「・・・あの、わたしはバルトさんの事、なんて呼んでました?」 「はぁ?」 いきなりの事にバルトが訝しげな声を上げている間に、マルーは一人で話を進めた。 「今と同じように、『バルトさん』?それとも、『バルトお兄ちゃん』とか?」 「ちげぇよ!!お前は俺の事、『若』って呼んでたよ。」 『お兄ちゃん』なんて言われて、バルトは反射的に否定していた。 マルーに『お兄ちゃん』なんて、絶対言われたくない!自分だって、今ではマルーの事を『妹』だなんて 思っていないのだから。 「そうですか。それじゃ、若!話してくれてありがとうございました。」 いきなり今まで通り マルーはクスクスと笑った。 「自分の過去を聞いて、少しは記憶を取り戻せそうな気がしてきました。」 「・・・辛くないか?」 晴れ晴れとした顔をしているマルーとは反対に、バルトは曇った表情をしていた。 「辛くないといったら、嘘になりますけど・・・。もう自分の両親とかに会えない訳ですし。 でも、大丈夫です。貴方しか肉親がいないと聞いた時点で、ある程度は覚悟してましたから。」 バルトを安心させるように微笑もうとしたマルーの瞳から、一筋の涙が零れた。 「・・・あれ?どうしたのかな?」 無理矢理に涙を拭って、必死で笑顔でいようとするマルーの姿にバルトは堪らなくなった。 記憶を失ってまでも、素直に泣こうとしないマルーが痛々しかった。 衝動的にバルトは自分の目の前にいる少女を抱き締めていた。 マルーは一瞬身を固くしたが、やがてバルトにおずおずと体重を預けた。 しばらくそのままでいて、マルーの方からゆっくりと身体を放した。 「いきなり泣いちゃうなんて、ちょっと恥ずかしいですね。」 「そんな事ねぇよ。」 自分の行動に照れているのか、ぶっきらぼうになったバルトに、今度は自然な笑みが マルーの顔に浮かんだ。 「バル・・・じゃなかった、若。色々とありがとうございました。」 「あっ、それ、止めてくれないか。」 突然、大きな声を上げたバルトにマルーが不思議そうな表情をした。 「何をですか?」 「だから、その敬語だよ。お前がそんな言葉使ってると、気持ち悪い。」 気持ち悪いなんて言われて、マルーは一瞬ムッとしかけたが、バルトらしい言葉に結局は表情を崩した。 「うん、分かったよ、若。・・・これでいいですか?」 「最後のが余計だ。」 バルトが顔を顰めてみせて、その後で二人で顔を見合わせて吹き出した。 笑いが収まった後、バルトがいきなり心配そうな顔をした。 「そろそろ、寝た方がいい。お前、やっぱり顔色が悪いぜ。長々と話しちまって、悪かったな。」 「でも・・・」 マルーは眠る事を渋った。記憶をなくして以来、さっきバルトに話した夢を毎晩見ていた。 いつも夢の途中で飛び起きて、嫌な汗を拭っていた。 夢を見た後は、もう一度夢を見てしまうのが怖くて、そのまま朝まで起きている事もあった。 体調が悪いのは、眠れない事が原因とは分かっていた。けれど・・・。 マルーは縋るような瞳で、バルトの方を向いた。 「若、眠るまで一緒にいてもらってもいい?」 「・・・あぁ、いいぜ。」 本当は、なにガキみたいなことを言ってるんだ、と口から出かかったが、 バルトは頼りなさげなマルーの様子に傍についている事に決めた。 「ありがとう。」 ふわっと微笑んだマルーの顔に目を奪われたバルトの前に、華奢な手が差し出された。 「手、握っててくれる?・・・・・ダメかな?」 恐る恐るといった様子でバルトの答えを待つマルーに、バルトは苦笑を浮かべた。 「はいはい、分かったよ。」 バルトの大きな手が、マルーの手を力強く包み込んだ。 手から伝わってくるぬくもりに心から安心して、マルーはすぐに眠ってしまった。 穏やかなマルーの寝顔を見守っていたバルトの口から、大きなあくびが漏れた。 バルト自身も、このところ色々と考え事をしていてあまり寝てなかったのだ。 起きていないとヤバイと思いつつも睡魔に耐えきれず、バルトも眠りに落ちていった。 漆黒の闇だった。 どこから始まり、どこで終わっているのかも分からないくらいの暗闇 そこには少しの音もなかった。命を感じさせる気配すら何もなかった。 そんな中、一人の少女がうずくまって膝を抱えていた。 少女は何も憶えてはいなかった。気が付いたらここにいたのだ。 その少女は必死に顔を押し付けて周りを見ないようにしていた。 そうやって外界と自分を隔てていないと、孤独に押しつぶされそうだった。 少女は涙はもう流していなかった。もうとっくに枯れ果てていたのだ。 その代わり、ただ一人で小さくなって震えていた。 いつまでここにいなければいけないのか、これからどうすればいいのかも分からずに。 けれど、少女は自分の限界が近い事を感じていた。 このままここにいて、心が壊れるのを待つしかないのかと、少女が絶望に染まりそうになった、その時。 今までなんの気配も感じなかった空間に、一つの気配が現れた。 思わず顔を上げかけて、少女は慌ててこれまで以上に必死で膝に顔を押し付けた。 今まで、何度もこういう事があった。 その度に淡い希望を抱き、何も存在しない空間に期待を打ち砕かれてきた。 あんな思いをする位なら、もう確かめない方がいい。 そんな風に臆病になっている少女の肩を、誰かが優しく叩いた。 自分以外の存在がここにいる事に、そして肩を叩く手が余りにも暖かい事に驚いて、 勢いよく顔を上げた少女は、自分の前に一人の少年を見つけた。 光は射さない場所のはずなのに、なぜか少年は輝いて見えた。 少女と目が合った少年は、優しく微笑んだ。その笑顔に、少女の心はざわめいた。 あと少し、もう少しで全てを思い出せる。 そんな予感に震える少女に、少年が手を差し出した。 大きく力強いその手を、少女は迷わずに掴んだ。 その瞬間、光が溢れた バルトはハッと目を覚ました。 思わず部屋を見回して、自分がどこにいるのかを確認した。 それから、眠る前と変わらずに繋がれたままの、自分とマルーの手に視線を落とした。 今起こった事は夢なのか、現実なのか それは分からなかったけれど、バルトは一つの事を確信していた。 その時、マルーが軽く身震いした。 バルトは嬉しい予感を胸に、じっとマルーが目を覚ますのを待った。 やがて、マルーの瞼がゆっくりと開き、その下に隠れていた澄んだ碧玉を露わにした。 マルーの視線がバルトを捉えた瞬間、バルトは確信が現実に変わった事が分かった。 マルーが記憶を失ったと分かった時から止まっていたバルトの時間が動き始める。 「おかえり、マルー。」 笑っているのにどこか泣きそうな従兄の顔に手を伸ばし、マルーは優しく囁いた。 「若、ただいま。」 マルーに記憶が戻った数日後、バルトとマルーは二人で甲板の上に来ていた。 空はどこまでも蒼く澄み渡り、吹きぬける風はとても心地よいものだった。 そんな爽やかな空気を胸一杯に吸い込み、マルーは記憶を取り戻した時の事を思い出していた。 あの後は大変だったのだ。 バルトがマルーが元に戻った事をすぐに知らせに行き、みんながマルーの部屋に集まった。 駆けつけてきたエリィに息が苦しくなるくらい抱き締められたり、感激して涙を流すメイソンを 必死になだめたりした。 そんな風にバタバタしていたから、大事な事を忘れていた。 その事を実行する為に、今日はバルトをここに呼び出したのだ。 マルーは自分の後ろに立つバルトを振り返った。 「ねぇ、若。ありがとね。ボクを見つけてくれて。」 記憶を取り戻してからずっと言いたかったお礼を、マルーはようやくバルトに伝えた。 「へ?」 「暗闇の中に一人ぼっちでいたボクを、若が見つけてくれたじゃない。」 訳が分からないといったバルトに、マルーは言葉を足した。 それで、バルトも分かったようだった。やはりあの夢は、バルトだけの物ではなかったのだ。 「あの時の約束を守ってくれたね。」 幼かった日の約束をマルーはちゃんと憶えていて、嬉しそうに笑った。 対するバルトの表情は複雑だった。 「・・・なぁ、記憶を取り戻して良かったか?やっぱり忘れたままの方が幸せだったんじゃないか?」 この数日、ずっと聞きたくて聞けなかった問いを、バルトは思いきって口にした。 マルーはきょとんとした顔をした後、優しい視線をバルトに向けた。 「そんな事ないよ。・・・ボクはボクでいたいから。 今まで色々な経験をして、色々な思い出があって、それで初めてボクがいるんだ。 記憶がなかったら、ボクはボクじゃないもん。」 静かな口調で、でもきっぱりと言うマルーに、胸にわだかまっていた物が消えていくのをバルトは感じた。 そんなバルトに、マルーがふふっと笑ってみせた。 「それに、辛いだけの思い出なんてないよ。どんな時も若が一緒にいてくれたから・・・。 若がいれば、それだけで大切な思い出だもん。」 平然とした様子でもの凄い事を言ってくれる従妹に、思わずバルトは赤面した。 「ん?若、顔が赤いよ。」 「・・・んな事ねぇよ!」 「ウソ。真っ赤だよ。」 「うるせぇ!!」 それから、バルトはマルーの追及をかわすのに、四苦八苦したのだった。 <了> |
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この話は一年ぐらい前に前編だけ書いて、ずっと放っておいた(爆)話です。 始めは短い予定だったのに、ずるずると長くなってしまって自分でもビックリです(苦笑) どうにか終わらせる事が出来て、一安心です。ちょっと支離滅裂な気もするんですが・・・。 実は記憶喪失モノって好きなんですよね〜。あと、若×マルー←ビリーというのも(笑) 今回は若マルだけじゃなくて、色んな人との絡み(というとなんかやな感じだな・笑)を 書けて良かったです。 |
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