*ビリー→マルーが嫌な方は読まない方がいいかもしれません(^^;


「ねぇ、若。ボクがいなくなったらどうする?」
会話の切れ目にふとマルーが尋ねた。
「はぁ〜、なに言ってんだよ、マルー。」
いきなりの質問にバルトは素っ頓狂な声をあげた。
「いいから答えてよ。そうなったら若はどうする?」
「どうするって言われてもなぁ・・・」
バルトは妙に真剣なマルーを見て真面目に考えてみる事にした。
マルーがいなくなったら?
そんなの答えは一つに決まっている。
「俺が必ず探し出すよ。」
ポロリと本音がこぼれた。
「ホントに?」
「あぁ、絶対にマルーを見つける。って、んなこと言わせんなよ。」
はっきりわかるほどバルトは赤くなっていた。
マルーはそれを聞いてうれしそうに笑い小指を差し出した。
「絶対だよ。約束だからね。」
幼い子供のように約束をねだるマルーが可愛くて、バルトも自然に優しい微笑みを浮かべていた。
「約束だ。」


遠い日、指と指を絡ませ交わされた約束。
この時は二人とも、この約束が現実のものになるとは少しも思っていなかった。


記憶の彼方に


その日、マルーは暇を持て余していた。
「う〜ん、退屈だなぁ。」
マルーは両手を天井に向かって思いっきり伸ばした。
このままこうしていると昼寝でもしてしまいそうなくらい穏やかな午後だった。
「ガンルームに行って、爺のお茶でも飲んでこようかな。プリムちゃんも一緒に行く?」
部屋の中で本を読んでいたプリムにマルーは声をかけた。
プリムは顔を上げてコクリと頷いた。
この無口な少女は随分とマルーになついていた。
マルーの方も妹ができたとかわいがっており、短期間で本当の姉妹のように仲良くなっていた。
今も自然と手をつなぎガンルームに向かっていた。
部屋を出たところでふと思いついて、マルーはいきなり立ち止まった。
「そうだ。ギアハンガーに若が居るはずだから誘いに行こうっと。
 確かビリーさんもいるはずだよ。」
大好きな兄の名を聞いてプリムもにっこりと頷き、二人は向きを変えギアハンガーに
寄って行くことにした。 楽しく話をしながら(といってもマルーが話しかけプリムが頷くといった形だったが)、
ギアショップの横にある階段に差し掛かった。
「若〜!ビリーさ〜ん!」
遠くに見える姿に向かってマルーが手を振った。
マルーの呼びかけに気付き、それぞれのギアの所にいたバルトとビリーが階段の方を振り返って
手を上げた。
「あっ、ボク達に気が付いたみたいだね。」
マルーとプリムがちょっと急いで階段を降りている時に、衝撃がユグドラシルを襲った。
航行中に気流にぶつかった際に起こるよくある軽い衝撃だった。
が、その衝撃に耐えきれず、プリムがバランスを崩し階段から落ちかけた。
「プリム!!」
様子を見ていたビリーが駆け寄ってくる。が、間に合うはずもない。
その時、プリムをオレンジ色の影が包むのがビリーの目に入った。
マルーがプリムを支えようとしていたのだ。
しかし、無理な態勢になりマルーもバランスを崩した。
「うわぁ!」
マルーの声が響き、二人は階段から転げ落ちた。
「マルー!!」
「プリム!!マルーさん!!」
血相を変えてバルトとビリーが走ってきた。
階段の下の人影はしばらく動かなかったが、やがてプリムが体を起こした。
「プリム、怪我はない?マルーさんは?」
急いで走って来たビリーが問いかけた。
プリムは怪我のない事を頷くことで知らせ、自分をかばってくれたマルーを心配そうに見つめた。
マルーは階段から落ちた状態のまま少しも動いていなかった。
「おい、マルー!しっかりしろ!!」
バルトは慌ててマルーを抱き起こし揺すった。
必死なバルトの声にもマルーは目を覚ます気配がなかった。
「バルト、あまり動かさない方がいい。」
すっかり動揺しているバルトに、まだ少しは冷静さの残っているビリーが声をかけた。
「マルーさんを部屋に運んで。僕はシタン先生を呼んでくる。」
「分かった。」
バルトはそっとマルーを抱き上げて部屋に向かい、ビリーはシタンを探しに走っていった。
穏やかな午後が一瞬にして重苦しいものに変わった瞬間だった。


シタンの診察によるとマルーはたいした怪我もなく、すぐにでも目を覚ますという事だった。
しかし、翌日になってもマルーの意識は戻らなかった。
「先生、すぐ気付くって言ってたよな。なのに、なんでマルーは気が付かないんだよ!」
「若、落ち着いてください。」
今にもシタンにつかみかかりそうなバルトをシグルドが諌めた。
「落ち着けるかよ!マルーが・・・」
「若が怒鳴っていても、マルー様は気が付かれないと言っているんです!」
シグルドの一喝にようやくバルトが黙った。
「で、ヒュウガ。マルー様の具合はどうなんだ?」
一言も語らずにいたシタンにシグルドは目を向けた。
マルーの部屋にいる全員の注目を浴び、やがてシタンはゆっくりと口を開いた。
「どうやら階段から落ちた際に頭を打ったみたいですね。気が付かないのはそれが原因かと。」
「んな事はいいからよ。いつになったら気が付くんだよ!」
「残念ながらわかりません。」
「わからねぇって・・・」
シタンの答えにバルトは絶句した。
「ヒュウガ、それは本当か?」
シグルドが青ざめて尋ねると、無言でシタンは頷いた。
部屋の中に重い沈黙が訪れた。
ふらふらとバルトはマルーが眠っているベッドに近付き、傍らに座ってマルーの手を握り締めた。
(マルー、目を覚ませよ!!お前がこのまま目を覚まさなかったら、俺は一体どうしたら・・・)
祈りを込めるようにさらに強く手を握る。
その時、バルトの必死の祈りが通じたのか、マルーの手が反応を返した。
「あっ!」
「どうしたんですか?」
「マルーの手が動いたんだ。」
急いでバルトがマルーの顔を覗きこむと、まぶたがピクリと動き今にも目を覚まそうとしていた。
「なんだ、気が付いたじゃねぇか。先生が脅かすからあせったぜ。」
バルトが心の底から安心した声を出した。
その言葉にほっとした空気が部屋の中を流れた。
バルトが見守る中、何度か瞬きをしてマルーは約一日ぶりに目を覚ました。
「ここ・・・?」
「お前の部屋だよ。気分はどうだ?」
起き上がろうとするマルーを手伝いながら、心配そうにバルトが尋ねた。
マルーは不思議そうな顔をしてバルトの方を向いた。
今まで見たことがないマルーの瞳の色に、なぜかバルトの胸が騒いだ。
その理由が分からないままバルトが再び話しかけようとした時、マルーが疑問を口にした。
「あなたは誰?」
その時、世界が動きを止めてしまったようにバルトは感じていた。


「フェイ!ちょっとこっちに来て。」
ガンルームに入るなり待ち構えていたエリィに引っ張っていかれて、フェイは目を白黒させた。
「おい、エリィ。そんなに引っ張らないでくれよ。」
フェイの抗議も無視して、エリィは彼を部屋の片隅にあるテーブルまで連れていき席についた。
フェイが向かいの席に座ると、エリィはぐっと顔を寄せてきた。
いきなりエリィの顔がドアップになりフェイは顔を赤くしたが、そんなことにはかまわず
エリィはひそひそ声で話し始めた。
「一体どうなってるのよ?」
「へ?何が?」
可憐な少女の顔に気を取られていたフェイの反応が遅れた。
「あれよ、あれ。」
エリィが指差した方には、マルーとビリーが仲良く座って話をしていた。
「あの二人がどうかしたのか?」
「どうかしたのか、じゃないでしょ!!」
思わず立ちあがって絶叫したエリィは、ガンルームにいた人全員の注目を浴び、
ごまかし笑いを浮かべてまた席に座った。
少しあきれた顔をしているフェイに向かって、エリィはコホンと咳払いをして再び話を始めた。
「バルトは何をやってるのよ?あの日以来、マルーにビリーが付きっきりじゃないの。
 前は二人がちょっとでも話していると、すぐ邪魔しに行ってたのに。」
エリィが言っているあの日とは、マルーが目を覚ました日のことだった。
あの後、マルーの様子がおかしいことに気付いたシタンがいろいろと質問をし、
マルーが自分に関することを全て忘れてしまっていることが判明したのだ。
その時から、ビリーがずっとマルーの側について色々と世話を焼いていた。
ここ数日は、二人でユグドラシルを抜け出して、どこかに出かけているようだった。
ビリーの行動の理由が、自分の妹をかばって記憶喪失になってしまったことに対する責任感か、
あるいは他の感情から側にいるのかはわからなかったけれど。
一方、バルトはというと、マルーが全て忘れてしまったと知った時には、かなり血の気をなくした顔を
していたが、次の日からはいつものように振舞っていた。
そして、マルーのことには一切触れなかった。まるで、無関心であるかのように。
また、マルーとビリーが一緒にいても水を差しに行くこともなくなった。
当然バルトが必死になってマルーの記憶を取り戻させようとすると思っていたエリィは不思議に思い、
この事態を心配してフェイを待ち伏せ尋ねてみたのだが・・・。
「俺に聞かれても困るよ。バルト本人に聞いてくれよ。」
想像通りの答えが返ってきたが、エリィはがっかりせずにはいられなかった。
「聞いたわよ。でも、うやむやにされちゃって。だから、フェイが何か知らないかと思ったんだけど・・・。
 そっか、フェイも聞いてないのか。」
そう呟くと、エリィはマルーとビリーの方を見つめた。
「バルトはどうするつもりかしら。このままだと、ビリーにマルーを取られちゃうわよ。」


部屋の片隅でフェイとエリィが自分達の話をしているとは知らず、マルーとビリーは
メイソンが淹れてくれたお茶を楽しんでいた。
「メイソンさんが淹れるお茶って、本当においしいですね。」
にっこり笑ってマルーがメイソンに話しかけた。
以前のようにマルーが「爺」と呼ばないことに、彼女が全て忘れてしまったということを実感し
心が痛んだが、そんなことは顔には出さずメイソンも笑顔を返した。
「喜んで頂けると爺も嬉しゅうございます。おかわりはいかがですか?」
「もちろん頂きます。」
二人とも二杯目のお茶を淹れてもらい、それが飲めるくらいまで冷めるのを待っている時に、
マルーがビリーに向かって頼み事をした。
「ビリーさん、宜しければ、明日も外に連れて行ってもらっていいですか?」
「えぇ、いいですよ。それでは、昼食の後に行くことにしますか。」
「はい、お願いします。」
外の様子を全く覚えていないマルーに変わって、ビリーがどんどんと計画を立てていく。
マルーに分かりやすいようにと、地図を広げて説明していたビリーは、
彼女が心あらずという状態なのに気付いた。
「マルーさん?どうかしたんですか?」
「あっ、ごめんなさい。ちょっと考え事をしてしまって。」
「何か心配事でも?」
「いえ、たいした事じゃないですから。」
頑なに言おうとしないマルーに、ビリーが彼女の心を和らげるように優しい笑みを浮かべる。
「話した方が楽になる事もありますよ。何が気になってるんですか?」
ビリーの瞳の奥に心配げな色が浮かんでいるのに気づいて、マルーはようやく重い口を開いた。
「バルトさんのことなんですけど・・・」
そう言うとマルーは下を向いて沈黙してしまった。
実は、自分の過去を少しでも知ろうとして、マルーは艦内中のあらゆる人に聞いてみたのだ。
しかし、みんな「若に聞いて下さい。」と言うばかりで、何も教えてはくれなかった。
それでも粘って聞いていたら、こう言われたのだ。
「実は、若に折をみて自分から話すから何も話さないでくれと言われてるんです。
 あっ、もちろん私も若からお聞きになった方がいいと思うから黙ってるんですが。」
そう聞いて、今度はバルトをブリッジまで訪ねていったのだが、彼は忙しいと言って話もしてくれなかった。 その時のバルトはなぜか辛そうな顔をしていて、それ以上食い下がることができず戻ってきたのだが。
唯一の血縁だというバルトに無視されていると言っていい今の状態が、マルーにはかなりこたえていた。
自分と同じ色の瞳を持つ、従兄だというバルト。
彼のことがなぜかずっと気になっていた。たぶん、目覚めて心配そうな彼の顔を見た時から。
あの時はあんなに心配してくれてたくらいだから、彼が話をしてくれないのだって、
きっと嫌われてしまったからではない、と思う。
(・・・うん、そうだよね。きっと何か理由があるはず。)
自分に無理にそう言い聞かせて、マルーは顔を上げた。
「やっぱりいいです。たぶん大丈夫だと思いますから。」
笑顔まで浮かべて言うマルーにそれ以上は無理に訊ねられず、ビリーは彼女に分からないように
そっと溜め息を漏らした。


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