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工藤家のキッチンから美味しそうな匂いが漂い始めていた。 時おり聞こえるパタパタと動き回る音に、彼女達が腕を揮ってくれている様子が容易に浮かんで、 今日の夕飯に期待が膨らむ。 快斗と新一はもうすぐ出来上がるはずの夕飯を楽しみにしながら、優作秘蔵のワインをちゃっかり失敬して リビングで一足先に乾杯していた。 口当たりもまろやかなワインはあっという間にボトルの中から消えていく。 空きっ腹にワインなんて飲んでは酔いが回るのは早く、酔い潰れるような無様な真似はしないけれど、 2人ともほろ酔いの良い気分になっていた。 そして、軽くなった口から出て来た話題は、いつもの大人顔負けの怪盗や探偵の顔なんてどこへやら、 年頃の高校生らしい彼女の話。 「蘭ちゃんは良いよなぁ。大人っぽいし。」 快斗がソファーに身を預けながら愚痴る。 彼が最近ずっと頭を悩ましているのは、なかなか見つからないパンドラ探しの事でもなく、ようやく彼氏彼女に なったというのに、ちっとも先に進まない彼女との仲だった。 2人でいても少しも甘い雰囲気にならず、幼なじみだった時とあまり変わりがないのだ。 「蘭もあれで案外鈍くて大変だぞ。」 小さく苦笑しながら言う新一に、快斗は大げさに手を振った。 「青子よりはマシだって。この前だって良い雰囲気になったのに、いきなりテレビつけるしよ〜。」 数日前の放課後、青子の家で2人っきりになった時の事を快斗は思い出していた。 何かの拍子に転びそうになった青子を支えて、腕の中に飛び込んできた華奢な身体を抱き締める体勢に なって。 快斗はチャンスと思って唇を奪おうとしたのに、快斗の肩越しに時計を見た青子はドラマの時間とか何とか 言って、快斗の腕の中から抜け出してしまったのだ。 自分とキスをするのが嫌だから逃げたのではないと思いたいが、ちょっと自信が持てない快斗だった。 「ったく、青子の奴、いつまでもお子様なんだからよ。」 快斗が盛大に溜め息をつきながらブツブツと零す。 そんな悪友を眺めながら、新一は口元にイタズラっぽい笑みを浮かべた。 「でも、青子ちゃんのそーいう純真なトコロも好きなんだろーが。」 その気になれば自分のペースに巻き込んでしまうのも可能だろうに、敢えて青子に合わせているのは 青子に変わって欲しくないと、無理矢理変えてしまうような事はしたくないと思っているから。 快斗は素直に認めないだろうけど、端から見ている新一には快斗がどれほど大事に青子を守っているかが 丸分かりだ。 「ばっ!んな事ねーよ!!」 疑問形ではなくはっきりきっぱり言い切った新一に快斗は抗議しようとするが、ポーカーフェイスがどこかに 飛んで行ってしまった顔では意味がなかった。 「はいはい、そーいう事にしといてやるよ。」 余裕の表情を浮かべてワイングラスを傾ける新一に、快斗は何か言ってやろうと考えたが 結局は沈黙を守った。 新一の言う通り、眩しくて手を触れるのも躊躇われるような青子の純粋なトコロを愛しいと思っているのは 本当だし、何か言っても墓穴を掘りそうだったからだ。 (あんまり純粋なのも考えモンだけどな。おかげでなかなか手が出せねーし。) やるせない気持ちを溜め息に変えて吐き出した快斗は、目の前で呑気にワインを飲んでいる新一に 視線を向けた。 「まぁ、焦らずにゆっくりやれよ。」 ・・・確かに恋愛面では新一に1歩も2歩も遅れをとっているけれど。 先輩面してにやっと笑って言う新一に快斗の中でブチリと何かが切れた。 どうにかして新一にあっと言わせてやりたいっ!! そして、酔った頭は突拍子もない答えを弾き出した。 「そうだな。キスはとっくに済ましてるし、焦る必要もねーよな。」 「・・・オレ相手に見栄はってどーすんだよ。」 誰がいつも愚痴を聞いてやってると思ってるんだと言わんばかりの新一に、快斗はふふんっと鼻で笑う。 「いーや、見栄じゃねーよ。ファーストキスは新一より早かった自信あるぜ。」 「んな訳ねーだろ!」 快斗の笑いに幾らかムッとしながら、新一が言い返す。 付き合い始めたのは新一達の方がちょっとだけ早く、告白した時ついでに蘭の唇も奪ってしまったから、 快斗達より絶対早かったという確信が新一にはあった。 もっともそんな確信を持つ以前に、ここ最近の快斗の愚痴の大半はどうしたら青子とキスが出来るのか? だったりするのだけれど。 ジト目で快斗を見る新一の前で、快斗がソファーにゆったりともたれながら足を組む。 「それがあるんだな。」 マジシャンらしい長い指をチッチと横に振る快斗は妙にきまっていて、新一の中のムカつきを煽る。 「じゃあ、いつだっていうんだよ?」 「5歳の時だ!」 新一の問いに、快斗は胸を張りながら答えた。 快斗の父の盗一は海外での公演も多かったせいか、快斗の前でも母とのスキンシップを控えるなんて事は なくて。 転寝をしていた母にキスを落として起こしているのを快斗が見てしまった時も、 『眠り姫はこうやって起こすんだよ。』 と、イタズラっぽく片目をつぶりながら教えてくれた。 だから、黒羽家に遊びに来た青子が、マジックの練習に快斗が熱中しているうちに眠ってしまった時、 快斗は迷わず青子にキスして起こそうとしたのだ。 そぉっと触れた青子のぷるんとした唇は、柔らかくてあったかくて。 キスの意味もいまいち分かっていなかった快斗だけど、ドキドキとして自然に頬へと熱が集まってきた。 その後、すぐに目を覚ました青子に不思議そうに顔が赤いのを指摘されて、慌てた快斗はごまかそうと 青子の髪を引っ張って泣かせてしまい、母にこっぴどく叱られた、なんてオチがあったりするのだけれど。 今思い出しても甘酸っぱい気持ちになる大切な思い出だ。 「・・・という訳だ。って事で、オレの勝ちだな。」 今まで誰にも言った事のなかった思い出を話して勝利の笑みを浮かべている快斗に、新一が肩をすくめて みせた。 「んなのカウントに入らねーだろ!寝込みを襲ったのなんて青子ちゃんは憶えてねーんだし。」 「寝込みを襲おうが何だろーが、キスはキス。負け惜しみはみっともないよ、新一君♪」 新一の肩を慰めるようにわざとらしくポンポンと叩く快斗に、新一は不機嫌そうにその手を払った。 「負け惜しみじゃねーよ。大体、それだったら・・」 あっというような顔をして言葉を途切れさせた新一に気づかず、勝利に浮かれる快斗は新一をからかい続けた。 「それだったら何なのかな〜?潔く負けを認めろよ。」 「・・・後ろ。」 「後ろが何だって?・・・げっ!」 新一が指差した方向を振り返った快斗は、そこに真っ赤な顔で肩を小さく震わせている青子を見つけて 固まってしまった。 青子の後ろにはちょっと頬を染めながら立つ蘭もいる。 「あ、あの青子ちゃん?」 恐る恐る快斗が幼なじみ兼恋人に話しかけた時、青子の怒りが爆発した。 「バカバカバ快斗っ!!もう信じらんないっ!!」 「ってぇ、叩くな!」 ポカポカと叩いてくる青子から快斗が逃げ出す。 「待ちなさいよ〜!!」 快斗を追いかけて青子も出て行ってしまい、ドタバタとした足音が遠ざかったリビングに静けさが戻った。 あっという間に駆け抜けていった嵐のような騒動に、新一と蘭は顔を見合わせてしょうがないといったような 苦笑を浮かべた。 「寝ている青子ちゃんにキス、ね。快斗君らしいって言えばそうだけど。」 その場をまとめるように口を開いた蘭は、何とも言えない表情をしている新一に気づいた。 「新一、どうかした?」 「・・・いや、何でもねーよ。」 きょとんとした顔をしている蘭を見つめた後、新一はゆっくりと首を振った。 (オレも小せぇ時おんなじ事やった・・・なんて言えねーよな。) 正直に告白したら、回し蹴りが飛んでくるのは間違いないだろう。 真実を暴く探偵らしくなく、新一は自分だけの思い出として黙っておく事にした。 「ウソ、なんか隠してる。」 けれど、こういう時は妙に鋭い彼女が疑いの眼差しを向けてきて、新一はコナンになっていた時に培った 演技力でとぼけた。 「何も隠してねーよ。それより、腹減った。夕飯できたんだろ?」 タイミング良く蘭達が現れたのは、夕飯が出来上がって呼びに来たのだろうという推理にもならない推理は 当たったらしい。 あからさまな話題転換にも、蘭は素直に頷いてくれた。 「うん。でも、青子ちゃん達はどうしよっか?」 「先に食ってよーぜ。飽きたら戻ってくるさ。」 「うーん・・・。」 あまり気乗りしないような蘭の肩を軽く押して、新一がダイニングへと促した。 「ねぇ、新一。」 「何だ?」 食卓に向かう途中、傍らの新一を見上げて蘭がにっこりと微笑む。 「何を隠しているか、後でちゃんと教えてね?」 「・・・。」 簡単には誤魔化されてくれない彼女に、どうしようかと探偵をしている時よりも頭を悩ます新一だった。 快斗達は追いかけっこをしているうちに工藤家の裏庭までやって来ていた。 「こら〜っ!待ちなさい!!」 「・・・わぁった。」 「きゃぁ!」 いきなり立ち止まってくるっと振り返った快斗の腕の中へ、勢い良く走っていた青子が飛び込んだ。 抱きついたような体勢に気づいて青子が慌てて離れようとするが、その前にぎゅっと快斗に抱き締められて しまう。 「は、放してっ!」 「やだね。」 青子がもがいても快斗の腕の力はちっとも緩まない。 快斗の腕から抜け出す事は諦めた青子は、それでもまだ怒っているという意思表示でそっぽを向く。 「んなに怒るなよ。」 「怒るに決まってるでしょ!」 「減るもんじゃねーし、いいだろ?」 「開き直らないでよ!」 自分の所業を棚に上げての快斗の暴言に、青子が眦を上げて快斗に向き直る。 青子の視線の先で未だに酔いが回っているのか、快斗がいつもだったら口にしない事を言い放った。 「キスしたってしょーがねーだろ!可愛かったんだし。 それに、そんなガキの頃から青子が好きだったって事だろ?」 「!?」 青子はパッと頬を赤らめて俯いた。 「青子?」 反応がない青子を覗き込んだ快斗は、拗ねているような恥ずかしそうな表情の青子を見つけて心臓が 大きく跳ねた。 「・・・そういう言い方はズルイ。」 「だって、本当の事だし?」 イタズラっぽい表情を浮かべているくせに甘い声で囁く快斗に、青子はなんて言えば良いか分からなかった。 困ったように見つめてくる青子に快斗はふっと笑うと、自然な動作で青子を更に引き寄せて顔を傾けた。 「・・・おいっ!」 そのまま念願のキスが出来ると思っていた快斗は、青子の手に唇を押さえられて抗議の声を上げた。 「んなにオレとキスするのが嫌なのかよ!」 「だ、だって・・・快斗、お酒臭いし!」 青子としてはいきなりの展開についていけなくて止めてしまっただけなのだが、何とかキスを拒む理由を 見つけて口にした。 「じゃあ、酒臭くなかったら良いのか?!」 けれど、畳み掛けるような快斗の言葉に、それ以上何も言えなくなってしまう。 そんな青子が何だか泣きそうに見えて、快斗は大きく溜め息をついた。 キスさせてくれない青子にではなく、青子が追いつくまで待とうと思っているのについ追い詰めるような事を してしまう自分自身に対して。 頭をがしがしとかき混ぜて、謝罪の言葉を快斗が口にしようとした時。 「青子っ?」 驚きの声を上げる快斗を見ないまま、青子が力が抜けていた快斗の腕の中から抜け出した。 「中に戻ろう?夕飯冷めちゃうし。」 ポツリとそれだけ言って青子が走って行ってしまう。 遠くなる背中を見てようやく我に返った快斗は、やがて迎えるだろうその瞬間を思い浮かべて嬉しそうに 口元を緩めた。 2人の記憶にちゃんと残るファーストキスまで、あと少し・・・? <了> |
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新一の登場をご希望という事でしたので、男の子達のバカ話になりました(笑) そして、何気に最強な蘭ちゃんも登場(笑) 最初は新一が悩んでいるトコロで終わりにしようと思っていたのですが、それじゃあんまりだろうと 快斗が騒いだので快青なシーンも追加(笑)ちょっとはラブラブになったでしょうか? 途中の小さな頃のエピソードは、前々から幼稚園ぐらいの時にキスしてそうだな〜と思っていて、 せっかくなので(?)ちょこっと書いてみました。←詳しく書いてみました(笑)こちらからどうぞ。 盗一さんも、焦って青子ちゃんを泣かせてるトコロもお気に入りだったり(笑) にしても、快斗がちょっとおバカすぎですか?(笑)まぁ、酔ってるのでご容赦下さい〜。 それでは、リクエストをどうもありがとうございましたv |
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