彼と彼女のファーストキス問題
〜快青編〜


「ねー、かいと。あおこ、つまんない。」
「ん〜、もうちょっとまってて。」
背中を向けて何やらゴソゴソとやっている快斗に青子が不満気な声をかけたが、返ってきたのは心ここにあらず
といった感じの気のない言葉だった。
せっかく黒羽家に遊びに来たというのに、快斗は青子と話している途中で『あっ!』と声を上げると、
盗一の仕事部屋から何かを持ってきて、青子そっちのけで熱中し始めたのだ。
青子が覗こうとしても快斗はすぐに隠してしまい、さっきから快斗の背中しか見ていない青子としては
大いに不満だった。
(かいとのバカ〜!かいとがあそびにこいよっていったのに。)
誘っておきながら青子をほったらかしにしている快斗に、青子はむぅっと唇をとがらせた。
「もうちょっとって、あとどのくらい?」
「もうちょっとっていったら、もうちょっとだよ。」
「さっきからずっともうちょっとって、いってるじゃない。」
「ホントにあとちょっとだから。あおこ、ちょっとだまってて。」
青子の方をちらりとも見ようとしないで、素っ気無い返事を繰り返す快斗に青子のヘソが大きく曲がった。
ぽすんとソファーに座ってクッションを抱え込みながら、青子としてはかなりの重大決心をする。
(もうかいととはくちきかないんだからっ!)
ぷんっと頬を大きく膨らましてクッションを更にぎゅっと抱き締める。
青子が口を開かなくなった黒羽家のリビングには、時おり快斗があげる『あれっ?』とか『なんでうまく
いかないんだ?』という声しかしなくなった。
南に面しているリビングには柔らかな日差しが降り注いでいる。
ポカポカとした陽気に誘われるように、青子はいつの間にかソファーに横たわって眠ってしまっていた。


「よしっ、できた!」
手の中にあるウサギの形をした風船を見ながら、快斗が満足そうに笑った。
昨日の夜、偉大なマジシャンである父親に教えてもらったマジックがどうしても上手く出来なくて、
快斗はずっとどうしたら良いんだろうと悩んでいたのだけれど。
さっき青子と話していた時に、急にぴんっときたのだ。
忘れないうちにと盗一の部屋からマジックに使う道具を持ってきて、快斗はすぐに練習を始めた。
簡単に出来るはずだったのになかなかコツがつかめなくて、ムキになった快斗は青子が文句を言っているのを
聞き流しながら練習に熱中した。
そして、とうとうマジックをマスターしたのだ。
「あおこ、あたらしいマジックみせてやるよっ!」
マジックを終えた後に青子が見せてくれる満面の笑みを思い描きながら、ようやく青子を振り返った快斗は、
ソファーで微睡んでいる青子を見つけた。
「あおこ?」
そっと声をかけてみたけれど、青子が起きる気配は微塵もなかった。
快斗は青子が寝ているソファーに近づいていって、青子の顔を覗き込んだ。
すやすやと寝息をたてている青子を見て、幼稚園で先生が読んでいた眠り姫みたいだ、なんて
快斗の頭の中に浮かぶ。
その時、‘眠り姫’という言葉に触発されて、この前盗一に教えてもらった事を思い出した。
『眠り姫はこうやって起こすんだよ。』と何だかとても楽しそうに母を起こしていた父。
父の教えを実行すべくあの時の盗一と同じように、快斗は青子が寝ているソファーの傍らに跪いた。
そして、目を閉じながらゆっくりと顔を伏せる。
快斗は微かに顔にかかる青子の吐息をくすぐったく感じながら、ちょんっと青子の唇に触れた。
次の瞬間、快斗はばっと顔を上げて自分の唇を手で覆った。
青子のぷるんとした唇は、思いがけないほど甘い感覚を快斗の中に引き起こした。
何故か心臓がドキドキとして、頬に熱が集まってくる。
父に教えてもらったばかりのポーカーフェイスなんて、どっかに飛んで行ってしまった。
快斗は自分の中に芽生えた気持ちを持て余しながらも、もう1度あの甘い唇に触れたくてちらりと青子に
視線を送る。
青子は未だにぐっすりと眠っているように見えた。
よしっと決心した快斗が再び顔をそぉっと青子に近づけた時、     ぱちりと目を覚ました青子と至近距離で
目が合った。
「あっ・・その・・・。」
突然の事に快斗がしどろもどろになっているうちに、青子は何度か瞬きしてふわぁっと小さく欠伸をした。
それから、目の前の快斗の顔色に気がついてビックリして目を見張った。
「かいとっ、どうしたの?!おかおがまっかだよ?」
眠ってしまう前に快斗とはもう口を利かないと決心していたのをすっかり忘れて、青子が心配そうに快斗の顔を
覗き込んだ。
「な、なんでもないよ。」
快斗は青子の顔のアップに耐え切れずにそっぽを向こうとしたけれど。
「なんでもなくないっ!おねつかなぁ?」
その前に小さな手を快斗の頬に添えて、青子がいつものようにおでこをくっつけて熱を測ろうとした。
更に近づいてきた青子の顔に軽くパニックに陥った快斗は、細い肩をぐいっと押しやって青子を自分から
離した。
「ねつなんてないよ。・・・それより、かみのけぐしゃぐしゃになってるぞ。とりのすみたいだ。」
離すついでに、青子の手触りの良い髪の毛をわしゃわしゃとかき回して軽く引っ張ってみたりなんかして、
どうにかして誤魔化そうとした快斗だったが、それは完全な作戦ミスのようだった。
快斗の目の前で、青子の顔があっという間に曇っていく。
様子のおかしい快斗を心配していただけなのに、なんでイジワルされなきゃいけないのか分からなくて、
青子の大きな瞳に涙が滲んだ。
「ふぇっ・・・」
「わ〜、なくなよっ!」
慌てた快斗が優しく青子の髪を撫で付けてみたけれど、時すでに遅し。
青子のふっくらとした頬をポロポロと涙が伝っていく。
どうしようと快斗があたふたとしていると、特大のゲンコツが快斗の頭の上に落ちてきた。
「いたっ!」
「こら、アンタって子はまた青子ちゃんを泣かして!」
涙目になりながら快斗が後ろを振り返ったら、おやつを持って来てくれたらしい母親が仁王立ちになっていた。
怒った母が1番怖いとすでに学習していた快斗は、痛む頭を擦りながらボソボソと呟いた。
「・・・ごめんなさい。」
「謝る相手が違うでしょ?」
母親に促されて、快斗はまた振り返ってまだ泣いている青子と向き合った。
「ごめん。ほら、なくなよ。あたらしいマジック、みせてやるから。」
快斗が手を伸ばして青子の涙を拭うと、されるがままになっていた青子がまだ涙の残る瞳を快斗に向けた。
「ホント?」
「・・・あ、あぁ。さっきおぼえたばっかのマジックなんだ。あおこにとくべつにみせてやる。」
やけに可愛いらしく見える泣き顔の青子に、再び赤面しそうになったのを快斗はどうにか堪えた。
一生懸命にマジックを披露する時用のヨソ行きの顔を被る。
雰囲気を変えたちびマジシャンに、青子がわくわくと瞳を輝かせた。
「どんなマジックなの?」
「まぁ、みてろって。」
「うん!たのしみ〜。」
「じゃあ、いくぞ。ワン・ツー・スリーっ!」
「うわぁ〜v」
2人だけのマジック・ショーに熱中している子供達を見守りながら、快斗の母は優しい微笑みを浮かべた。





+12年後+

「ふ〜ん、そーいうコトだったんだ。」
心持ち冷たく聞こえる青子の声に、快斗は座っているソファーの上で居心地が悪そうに身じろぎした。
「怒るなよ。」
「別に怒ってないもん。」
そう言いながらも、快斗からぷいっと視線を逸らしてしまった青子に、快斗の口から自然と溜め息が漏れた。
「怒ってるじゃねーか。・・・だから、嫌だったんだよ。
 ったく、怒らねーから詳しく話せって言ったのはオメーだろ?」
ブツブツと言う快斗に青子がぱっと振り返る。
「なによ〜!元はと言えば、快斗がえっちなのが悪いんでしょ?!」
「人聞きが悪ぃ事言うなよ!」
「そんな小さな頃から青子の寝込みを襲ってたクセにっ!」
「だから、それは親父に言われたからだって言っただろ?!」
「おじ様に言われたからって‘寝ている女の子’だったら誰でも良かったんでしょ?!」
「・・・へ?」
珍しく快斗が間の抜けた顔を披露したが、今度こそ本格的にそっぽを向いてしまった青子の目に入る事は
なかった。
そんな青子の後ろ頭を見ながら、気を取り直した快斗はさっきの青子の言葉を吟味してふっと笑った。
青子の怒りの矛先は、快斗が寝込みを襲った事よりも、寝ている女の子だったら誰でもキスして起こしていた
(と青子が勘違いしているだけなのだが)事に向いているらしい。
半ば拗ねるように怒っている青子が可愛いヤキモチを焼いている事は明白で、思わぬトコロで彼女の自分に
対する気持ちの大きさを確認してしまった快斗は、明らかに上機嫌と分かる声で青子に呼びかけた。
「お〜い、青子ちゃん?」
青子は応えようともせず無言で立ち上がって、その場を去ろうとする。
「ちょい待った。」
けれど、快斗はすかさずその手を引っ張って自分の腕の中に閉じ込めて、青子の耳に何事かを囁いた。
「うそぉ・・・。」
「本当。」
半信半疑の声を上げた青子に対する快斗の返答は短かったけれど、その言葉に嘘がないと分かった
青子の頬がみるみるうちに赤く染まっていく。
そんな青子が可愛くて快斗の青子を抱き締める腕の力が強まった。
そのまま唇を寄せてきた快斗に、ちょっとだけ視線をさ迷わせてから青子がゆっくりと瞼を閉じる。
それから、最近になってようやくキスしても緊張に身体を強張らせなくなった青子の甘い唇を、
快斗は思う存分味わったのだった。


ちなみに、お姫様の機嫌をたちまち直したとっておきの言葉は     .
「親父にちゃんと言われてたんだよ。『目覚めのキスはお前の好きな子にしか効かない魔法だよ。』ってな。」


<了>




ひょっとしてちび快青は当サイトでは初登場だったりするのかな?
ちび快青のファーストキスのエピソードをもうちょっとしっかり書きたくなって書いてみました。
あともう1つ、フォローを入れなきゃと気づいた事(おっきな青子ちゃんが拗ねてたコトです)があったので、
突っ込まれる前にと思って(笑)
いや〜、それにしても楽しかったです♪特にちっちゃな快斗が素直でおかしかった(笑)
言葉遣いも微妙に丁寧だし(笑)
そういえば、いつの間にやらおっきな2人の仲は進展しているようですが、ここに辿り着くまでの紆余曲折は
ご自由にご想像下さい〜(笑)



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