パーティーをもう1度


「ハッピー・バースデー、青子!」
『うん!快斗、ありがとね!!すっごく嬉しいv』
先程まで涙が滲んでいた声に今は幸せそうな色しかない事に、快斗はホッと胸を撫で下ろした。
電話の向こうにいる青子の泣き顔だけは、昔からどうにもこうにも苦手なのだ。
その幼なじみを瞬く間に笑顔にした目の前に広がる夜景は、ゆっくりと静かな闇に再び戻りつつあった。
快斗は安穏とした眠りを妨げてしまった大勢の人達に内心謝りながら、名残惜しげに口を開いた。
「じゃあ、そろそろ切るな。今日は・・・ってもう昨日か。その、マジで悪かったな。」
『ううん。素敵なプレゼントくれたじゃない。青子、それだけで嬉しかったよ。』
「そっか、なら良かった。じゃあ、また明日・・・」
『あっ、そうだ!』
‘学校で’と続ける前に、青子の出した大声に遮られて快斗は眉をひそめた。
「ナニ大きな声出してんだよ?」
『あのね、快斗、これからうちに来ない?』
「はぁ?」
突然の青子の提案に快斗が素っ頓狂な声を上げる。
『だから、青子の家に来てって言ってるの!快斗、今は花火が上がったビルにいるんでしょ?
 そこからならうちまで30分かからないし。』
「・・・・・・・・・。」
携帯電話から聞こえる無邪気な声に、なんだか快斗は頭が痛くなってきたような気がした。
『快斗?聞いてる?』
「青子、オメーなぁ・・・。」
『何よ?』
「今、何時だと思ってるんだ?」
『何時って12時だけど?』
「で、オメーは今1人で家にいるんだろ?」
『当たり前じゃない。お父さんはキッドを追いかけてて今夜はいないもん。』
「・・・ふつーそんなトコに男を呼ぶか?」
『男って・・・快斗だよ?呼んじゃ悪いの?』
きょとんとした青子の顔が見えるようで、快斗は頭をグシャグシャにかきむしりたい衝動にかられた。
どうして青子はこうなのだろう?
普通はもっと身の危険を感じたりするもんじゃないのだろうか?
幼なじみとしてとてつもなく信頼されているのか、はたまた男として全く意識されてないのか、
後者の方に軍配が上がりそうで快斗は大きく溜め息をついた。
それが電話越しに青子にも伝わってしまったらしく。
『何、溜め息なんてついてるのよ?!』
「いや、だからさ・・・」
『もうっ、はっきり言いなさいよ!それで、来るの?来ないの?』
焦れた様に声を上げる青子に、どうにか気持ちを浮上させて快斗は言葉を続けた。
「っていうか、今から青子んちに行って何するってんだよ?」
『忘れたの?・・・快斗が言ったんじゃない。マジック・ショーを見せてくれるって。』
「わ、忘れてねぇよ。」
いきなり声のトーンが落ちた青子に、脳裏にさっき聞いた涙声が甦ってきて快斗はあたふたと慌てた。
「分かった!今から行く!行くから泣くな!!」
『バ快斗、誰も泣いてなんかいないわよ。』
快斗の耳に届いた声は普段と全く変わらないもので、内心安堵の溜め息をつく。
『じゃあ、待ってるから。急いで来てね。約束だよ?』
「わぁ〜った。すぐ行くから待ってろよ。」
『それじゃあ、また後でね。』
そう言って青子が電話を切り、快斗の手の中の携帯電話からは発信音しかしなくなる。
その途端、妙に重くなったように感じる携帯電話をポケットにしまいながら、快斗はビルの屋上に
座り込んだまま動こうとしなかった。
青子の家の近くまでハングライダーで飛んでいくつもりだったから、まだ少し時間に余裕があった。
眼下に広がる街は青子と電話で話している間に、すっかり元の暗闇に戻っていた。
吹き抜ける冷たいビル風に首をすくめながら、快斗は後ろに手をつき空を見上げた。
(静かだな・・・。さっきまでの事がウソみてーだ。)
まだ高い位置にある欠けた月を見ながら、今夜起こった事を思い返す。
中森警部を出し抜いてまんまとブルー・バースデーを盗み出し、逃亡ルートの途中で父を殺した組織の者達に
命を狙われた。
その後、組織のアジトに忍び込んでパンドラの秘密を知った。
(まるで映画みてーだよな。)
自分に起こった出来事を数え上げながら、どこか他人事のように快斗は思った。
鮮明に残っている記憶が先程までの緊張感を思い出させた。
     けれど、それだけに過ぎなくて。
(オレ、なんで何も感じてねーんだろ?)
冬の凍てついた湖のように何の動きもない心が、快斗には不思議でしかたなかった。
ポーカーフェイスの怪盗を演じているうちに、どこかに感情まで捨ててきてしまったらしい。
周りの者達に嘘をついて欺きながら盗みを繰り返す怪盗には相応しい事だと自嘲しながら、快斗は時計に
目を落とした。
「いけねっ!」
思わず声に出しながら勢いよく立ち上がる。
そろそろ青子の家に向かわなければいけない時間になっていた。
色々と考えているうちに、思ったより時間がたっていたらしい。
軽く頭を振り全ての物思いを捨て去ると、白き怪盗はハングライダーを広げ夜の街に飛び立っていった。


快斗は温かな光が灯る青子の家の前で、ゆっくりと歩いてきた足を止めた。
さすがに青子の家まで飛んでくる訳には行かず、近くの空き地に降りてここまで歩いてやってきたのだ。
呼び鈴を押そうとして、何故か快斗の指はピタリと止まってしまった。
怪盗キッドとして盗みを働いてきた自分が、その所為で寂しい想いをさせた青子の家にのこのこと上がりこんで
いいのだろうか?
けれど、そんな快斗の躊躇を突き破るように、勢いよく目の前のドアが開けられた。
「いらっしゃい!遅いから心配したよ〜。さっ、入って入って。」
ドアの隙間から零れる光にも負けない位の明るい笑顔を浮かべて、青子が玄関から現れた。
明かりから感じるだけでない眩しさに快斗が目を細めていると、動かない快斗に焦れた様に青子が
快斗の後ろに回り背中を押した。
やんわりと後ろから押される力に、快斗の足は自然と光と闇の境界線を越え玄関の中に入る。
そのまま青子に引っ張られるようにリビングに連れて行かれた快斗は、テーブルの上を見て目を見張った。
「これって・・・・・。」
目の前のテーブルの上にあるのは、綺麗に盛り付けられた料理の数々。
たった今出来上がったかのように湯気を上げているモノもある。
「快斗の分、ちゃんと取っておいてあげたの。感謝してよね!
 ホントは遅刻魔の快斗になんか食べさせてあげないと思ったけど、素敵なプレゼントをくれたから・・・。
 そのお礼よ、お礼!」
青子は照れくさそうに言うと、隣に立つ快斗を見上げた。
「快斗?あっ、ひょっとしてお腹空いてなかった?」
ピクリとも動かない快斗をいぶかしんで、青子が背伸びをしながら快斗の顔を覗き込んだ。
どこか茫然としたような快斗と視線が交わる。
幼なじみがやって来てから自分の計画が妙に気恥ずかしくてちゃんと快斗の顔を見ていなかった青子は、
隣にいる彼の見た事もない表情に驚いた。
「快斗、何かあったの?」
温かな細い手が伸び、快斗の頬にそっと触れた。
その時、氷のようだった心にひびが入ったように快斗は感じた。
色々な事が一度に起こって、麻痺していた感情が動き出す。
あぁ、そうだ。何も感じてない訳ではなかったのだ。
逆に色んな感情を感じすぎて、却って分からなくなっていたんだ。
快斗は頭の片隅でそう思いながら、凍っていた心が青子の手によって溶かされ、感情があふれ出してくるのを
自覚した。
誇りに思っていた父親を亡くした悲しみと。
その父親を自分や母親から奪った奴らに対する怒りと憎しみと。
不老不死なんて夢物語を信じて、パンドラというちっぽけな宝石を求めている組織の連中に感じる虚しさと。
正体を隠している自分に対して心を砕いてくれる青子に対する罪悪感と。
けれど、そんな彼女のさりげない優しさに感じる泣きたくなるような愛しさと。
次から次に沸き起こる様々な感情が荒れ狂うのに、快斗はどうしていいか分からなかった。
ただ、感情の嵐に吹き飛ばされないよう、目の前の華奢な身体を抱き締めた。
「か、快斗っ!?」
いきなり快斗に抱き締められた青子が、慌てた声を上げた。
「わりぃ・・・、ちょっとだけ。」
何かを押し殺したような声が、青子の頭の上から響いた。
いつも陽気な快斗がそんな声を出すのが悲しくて、青子は迷った末にゆっくりと腕を上げた。
突き飛ばされるかと思ったのか固く緊張した快斗に構わずに、青子は彼の背中を優しく抱き返した。
次の瞬間、青子を抱く腕に更に力がこもった。
快斗の胸に顔を押しつけられるような感じになり息苦しくてたまらなかったが、それでも青子は快斗の背に
回した腕を緩める事はなかった。
長い付き合いの自分でもこんな快斗は見た事がないと思い、ふと何かが青子の心の琴線に触れた。
思い返してみると、こんな顔をした快斗を一度だけ見た事があった。
それは快斗が大好きで尊敬していた父親を亡くした時。
あの時と同じような辛く悲しい出来事が、快斗の身に起こったのだろうか?
青子には何も分からなかったけれど、大きな何かを必死にこらえているような快斗に、大丈夫だよと少しでも
伝わるように願いながら、彼の背中を抱き締め続けた。


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