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定時で仕事を終わらせた帰り道、警視庁の門の前で待っていた彼を見た時、どこか懐かしい気持ちを覚えた。 とうとうこの時がやって来たのだな |
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「海外公演、大成功だったんだってな。おめでとう。」 門の前で待ち構えていた快斗にちょっと驚いた顔をしつつもにこやかに迎えてくれた銀三は、 良い店があるんだと先を歩きながら快斗を案内してくれた。 その道すがら、思い出したように話し出した銀三に、快斗は照れくさそうに頭に手をやる。 「ありがとうございます。」 「青子が凄かったと楽しそうに話してくれてね。見れなかったのを悔しく思ったよ。」 仕事を休んでまでも快斗の公演の最終日を見に行ってきた青子は、帰国してから快斗のマジックの 話題一色で。 自分の事のように目を輝かせて話している娘を微笑ましく思うと同時に、凄いものを見逃してしまったようで とても惜しい気持ちになった。 「今度、日本でも公演やるので、お2人で観に来て下さいよ。 特等席を用意しますから。」 片目を瞑ってイタズラっぽく笑う快斗に、銀三もそれは楽しみだと相好を崩す。 大学に在学中からショーに顔を出していた快斗はたちまちのうちにトップクラスのマジシャンと肩を並べるように なり、卒業後にプロのマジシャンとしての活動を始めるにあたり、いきなり海外での公演を開いた。 当然いくつか心配の声が上がったが、蓋を開けてみたらどの公演も満席で立ち見が出るほどの大盛況だった。 日本でもマジックの腕が良いのに加え顔も良いという事で人気がうなぎ登りだ。 今度の凱旋公演のチケットはプレミアものだろう。 「せっかく席を用意してもらえるなら、犯人をほったらかしても行かねばいかんな。」 「はは、約束ですよ?」 軽口を叩いているうちに、狭い路地の先にある一見店には思えない木造りの建物の前に着いた。 「ここはとっておきの店なんだよ。」 看板が出ていないのにも構わずに、銀三が快斗を振り返りながら入り口を開ける。 古めかしい木で作られた扉をくぐると、落ち着いた男性の声音が「いらっしゃい。」と歓迎の言葉を告げた。 それに気安く返している銀三の様子からして、この店の常連なのは間違いないだろう。 「素敵な店ですね。」 「だろう?」 檜造りの店内をぐるりと見回した快斗が思わず呟くと、銀三がまるで自分の店を褒められたかのように 嬉しそうに笑う。 それがいかにも銀三らしく思えて、快斗にも自然と笑みが浮かんだ。 「奥、いいかい?」 「どうぞ。空いてますよ。」 カウンターの中の主人に銀三が聞くと、人の良さそうな笑顔が返って来る。 「じゃあ、いつものを頼む。」 「分かりました。」 「快斗君、こっちだ。」 未だに渋い和風の造りの店内を観察していた快斗に向かって声をかけ、銀三が先に立って歩き出す。 「あ、はい。」 カウンターと無造作に並べられている木のテーブルの間を通って奥に向かう。 そんなに広くない店内の事だから、すぐに目的地に辿り着く。 木で出来た衝立に区切られた空間は落ち着いた内装と相俟って、さっきまで居た都会の煩さなんて微塵も 感じさせなかった。 席について落ち着くと同時に、先ほどの主人が銚子と2つの盃を持って表れた。 主人が手にしている盆の上には軽いつまみも載っている。 「他にご注文は?」 テーブルの前に持ってきた物を置いて去り際に訊ねる主人に銀三が軽く考え込む。 「そうだな。今日は夕飯がないから・・・って、快斗君。今日は青子と約束があるんじゃないかね?」 大きな事件が重なっててんてこ舞いだったのだがようやく全て解決し、働き詰めだった銀三は今日は定時で 帰るように言われていた。 せっかくだから外で食事でもと娘を誘い、日本に帰ってきてから忙しくて1度も会っていない幼なじみ兼恋人との 約束があるからと、とてもすまなそうな顔で断られてしまったのは数日前の朝の出来事だ。 「そうなんですけど、ちょっと警部にお話があって。」 「そうか。・・・あ、今はこれだけで。」 銀三がテーブルの脇で静かに佇んでいた主人に声をかけると、ごゆっくりと言って主人がカウンターへと 帰っていく。 「とりあえず、まずは一杯どうだい?」 「あ、頂きます。」 銚子を取って差し出してきた銀三に、快斗が慌てて伏せられていた盃を持つ。 お互いに酌をして酒に口をつけてから、銀三が快斗へと視線を向けた。 「それで、話とは一体何かね?」 「あの、それはですね。ええっと・・・。」 居住まいを正しながらもなんて切り出そうかと口篭る快斗に、再び口をつけた盃をテーブルの上に戻しながら 銀三がさらりと告げる。 「青子が決めたのなら、ワシは反対せんよ。」 「えっ!?」 目を真ん丸くして絶句している幼い時から見守ってきた青年を、銀三は軽く目を細めて眺めた。 「快斗君から1本取ったのは久し振りだな。」 いつも驚かされているのはこっちだからなと楽しそうにしている銀三に、ようやく快斗の頭の回転が戻ってくる。 「どうして・・・?」 途中で切れた質問の意味をちゃんと理解して、銀三が茶目っ気いっぱいに笑う。 「ワシも経験者だからな。君の顔を見ていて、あの時の緊張感を思い出してしまったよ。」 「はぁ。そう、ですか。」 「で、プロポーズは今日するつもりかい?」 「一応、そのつもりですが・・・。」 大勢の観客を相手にする舞台に上がる時以上に緊張していたというのに、あっさりと結婚の許可が 出てしまった快斗は拍子抜けしてしまった。 そのまま緊張の糸が切れてしまいそうだったが、どうしても銀三に聞いておきたい事を思い出して 再び背筋を伸ばす。 「警部、本当に良いんですか?」 「何がだい?」 「ですから、青子の結婚相手が 快斗が言う裏の意味もしっかりと分かっていながらも銀三はとぼけた。 「君は将来有望の人気マジシャンだ。何を反対する必要があるんだ?」 「そういう意味ではなくて!」 真剣な色を眼差しに乗せている快斗に、銀三も真面目な表情に改める。 「ワシの事なら気にしなくていい。構わないよ。」 穏やかに告げる銀三に嘘は感じられなくて、快斗は不思議で仕方がなかった。 快斗が2代目の怪盗キッドとして盗みを働いていた時、目の前のこの人に何度も煮え湯を飲ませて、 何度も嘘をついてきたのに。 「どうして警部は、青子もですけど、そんなにあっさり許せるんですか? オレは嘘をついて2人をだましてたのに・・・。」 銀三がいつも怪盗キッドを取り逃がしてばかりで、世間から叩かれていた事を知ってる。 青子が怪盗キッドの予告日に1人で寂しい思いをしていた事だって知っている。 それでも、譲れない願いがあったから正体を隠し続けていたけれど、本当は苦しくて苦しくてたまらなかった。 当時の事を思い出して表情を歪めた快斗を前に、銀三は口髭に手を伸ばしながら軽く唸った。 「うーん。許す、というのはちょっと違うな。」 いつの間にかテーブルを見つめていた顔をばっと上げた快斗に、安心させるように微笑みながら 銀三は続ける。 「言い方がまずかったね。ワシに許す権利はないというのが正しいかな。」 「権利が、ない・・・?」 「奴には自分なりの信念と正義があって盗みを働いていただろう? ワシが奴を追いかけたのもそれと同じだ。 どっちが正しいとは決められないだろう?結局は奴のおかげで犯罪組織を潰せたんだしな。」 「でも、警部を騙してたのは確かですし・・・。すみません。」 「奴の正体を見抜けなかったのはワシの落ち度だ。謝られてしまうのも複雑な気がするな。」 苦笑を浮かべている銀三に、快斗が慌てて頭を振る。 確かに聞きようによっては皮肉になってしまう。 銀三の刑事としての能力が劣っていたなんていう事は決してないのに。 現に銀三は怪盗キッドの引退後に何度も手柄を挙げていて、もうすぐ呼び慣れた呼称が警視に変わりそうだと 青子に聞いていた。 「すみません!そういうつもりじゃなかったんです。」 「分かっておるよ。」 恐縮しきっている快斗に銀三が何でもないように朗らかに笑う。 そして、ふと気づいたように告げる。 「そうそう、君が奴の筈がないと言ったはずだ。だから、やっぱり君から謝ってもらう必要はないんだよ。」 その言葉に快斗は銀三に怪盗キッドの正体を明かした時の事を思い出した。 『ワシが20代の頃から追いかけているキッドが、まだ高校生の快斗君の筈がない。』 そう言って銀三は快斗を見逃してくれた。 ひょっとしたら、それが銀三なりの刑事としてのケジメなのかもしれない。 けれど、謝る事すらできなくなってしまって、快斗の顔に心情のままに複雑な色が浮かぶ。 それに気づいて銀三が視線を和らげた。 「快斗君。なんで警察があると思う?」 「は?」 突然の質問に眉を寄せる快斗に、答えを期待していた訳ではなかった銀三が続ける。 「別に難しい話をするつもりはないんだがね。 ワシは罪を犯した者がその罪の重さを理解して、相応の罰を自分で与える事が出来ないから、 我々警察が捕らえて司法の手に引き渡すんだと思っている。 もし、その犯人が自分で償いをしていけるのなら、本当は警察も裁判所もいらないんじゃないのかね?」 「警部・・・。」 「ワシは奴が自分の罪の重さも分からないほど馬鹿ではないと確信してるよ。 だったら、ムショに何年も入るよりもその腕を生かして大勢の人に夢を与える方が、 よっぽど有意義な事だと思うがね。」 そこまで言って銀三がイタズラっぽく笑う。 「その程度には奴の事も奴の腕も信頼しとる。 なんせ奴のマジックを目の前で何度も見ていたワシが、奴のファン1号だからな。」 思わぬ銀三の告白に快斗は目を大きく見開いた。 今日は銀三に驚かせられっぱなしだ。 「奴のマジックはその名の通りにどこか子供心が隠れていて、ワクワクさせられたよ。 ・・・あの時も今もね。」 慣れぬ仕草で片目を瞑ってみせた銀三に、快斗もようやく笑みを覗かせた。 自分にしか出来ない方法で罪を償っていけばいいのだと、言ってくれたような気がした。 それはある意味、単に刑務所に入るよりも厳しい事かもしれない。 けれど、それだけ快斗の事を認めて信頼してくれている証拠だから、銀三の気持ちが嬉しかった。 顔を綻ばせていた快斗に向かって、銀三が声のトーンを変えて切り出した。 「それに、やっぱり奴を捕まえて青子の悲しむ顔を見たくないというのもあるんだよ。」 刑事失格かもしれないがと苦笑する銀三の顔は、犯行現場で見かける警部ではなく、 ただの1人の父親としての物だった。 「仕事、仕事で青子には随分と寂しい思いをさせてしまったと思うがね。 それでも、青子がいつも笑顔でいてくれたのは、君のおかげだと感謝してる。」 「そんな事はないですよ。」 銀三が忙しい時間の合間を縫ってなるべく青子と過ごす時間を作ろうとしていたのは知っているし、 快斗の知るどんな親子よりも中森親子は仲が良いと思う。 「いや、君のおかげだよ。だから・・・。」 背筋をピンと伸ばした銀三が、テーブルに両手をついて勢いよく頭を下げた。 「青子の事、これからもよろしく頼みます。」 「け、警部。顔上げて下さい!」 慌てて中腰になった快斗が銀三の肩に手をかけるが、銀三は動かなかった。 「頼むっ!!」 起き上がろうとしない銀三の頭を見つめながら、快斗は青子を思う銀三の愛情をしっかりと受け止めた。 椅子に座りなおして1度大きく深呼吸してから、神の御許で誓うのよりも厳かな気持ちで決意を述べる。 「分かりました。青子はオレが必ず幸せにします! だから、安心していて下さい、・・・お義父さん。」 躊躇いがちに付け加えられた最後の一言に驚いて、銀三ががばっと顔を上げると照れが滲んでいる視線と 出合った。 「ちょっと気が早かったですか?」 「ちょっとだけ、な。」 無性に照れくさいけれどどこか嬉しいような気持ちもあって、快斗と銀三は妙におかしくなって抑えた笑い声を 響かせた。 その声が収まる頃、ふと銀三は壁にかかっていた時計に目をやった。 「時間は大丈夫かい?」 「あ、そろそろ行きます。」 銀三の視線を追いかけて時計を見た快斗が慌しく席を立つ。 「まぁ、大丈夫だと思うが頑張りなさい。」 「ありがとうございます。」 普通、娘を攫っていく男なんて嫌われて当然なのに、こうやって励まされている自分はとても幸せなんだろう。 そんな事をしみじみと感じながら、快斗は銀三に向かって深く一礼した。 そのまま入り口に向かおうとして、この場所を他と区切っている衝立の所で立ち止まり銀三を振り返った。 「そうだ、警部。」 「どうした?」 「今度、怪盗キッドの話を聞かせて下さい。」 何を言っているんだと口にしかけて銀三は気づいた。 快斗が言っているのは初代キッドの事だ。 快斗へと視線を向けると、真摯な表情で銀三の答えを待っていた。 「そうだな・・・。じゃあ、今日上手くいったなら、青子と2人で家に来なさい。」 「必ず伺いますよ。」 自信たっぷりで不敵な表情をちらりと覗かせた快斗に、銀三は既視感を覚えた。 記憶よりも感覚が覚えているこれは、今はもう姿を消したかの怪盗の影。 けれど、銀三が彼と対峙した時にいつも感じていたピンと糸が張るような緊張感に浸る前に、 その場の雰囲気は電子音によって壊された。 「やべっ、青子からだ。」 携帯電話のディスプレイを覗き込んで焦る快斗に先ほど感じた影は感じられず、銀三は知らずつめていた息を 静かに吐き出した。 「それじゃ、警部また後で。」 プロポーズが上手くいくのを前提にしている快斗の言葉だったが、それを当然だと思っている自分にも気づいて 銀三はふっと笑みを浮かべた。 「あぁ、また後でな。」 離れていく背中に声をかけると、携帯電話の通話ボタンを押しながら快斗が軽く手を上げて応えて 店を出て行く。 「わりぃ、今すぐ行くから!・・・・・あ〜、だからそんなに怒るなって。・・・・・」 電話に向かって謝っている声がすぐに店の外に消える。 銀三が急に静かになった空間を寂しく感じながら盃を手にしていると、この店の主人が顔を覗かせた。 「お連れさんはお帰りですか?」 「あぁ。」 「そうですか。それにしても警部さんがあんなお若い方を連れてくるのは初めてじゃないですか?」 不思議そうな表情を浮かべる主人に銀三は頷く。 確かにこの店にはいつも1人か、よほど気の合う友人しか連れてきていなかった。 彼は娘の恋人なんだと主人に説明しようとしてふと気が変わる。 「ワシの息子なんだよ。」 その言葉に嘘はない。 きっと近い将来、必ずそうなるのだから。 「おや、そうだったんですか。ちっとも似ていらっしゃらないから、てっきり部下の方かと。」 驚いている主人の言葉に、銀三はくすりと忍び笑いを漏らした。 「そういえば、ご主人。この店で1番良い酒をくれるかい?持ち帰りたいんだが・・・。」 「かしこまりました。」 さきほど快斗と交わした約束を思い出した銀三が主人に頼んだ。 若い2人の門出を祝いながら、遠い昔に去ってしまった友人の今まで誰にも話した事のない思い出を語るのも 良いかもしれない。 そうだ、快斗の母にも声をかけて家に呼ぼうか。 また彼の驚いた顔が見れるかもしれないな。 その時の事を想像しながら、知らず楽しそうな笑みを浮かべた銀三に主人が声をかける。 「何かお祝い事でも?」 「あぁ、とても嬉しい事があるんだよ。」 「それはおめでとうございます。」 銀三の幸せな気持ちが伝わったのか、主人の顔にも満面の笑みが浮かぶ。 「では、当店自慢のとっておきの酒を用意させてもらいますよ。」 「ありがとう。」 酒を用意しに離れて行く主人の背中を見ながら、すぐに訪れるだろう楽しい時間に思いを馳せて 銀三は今は1人盃を傾けた。 <了> |
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+++++++++++++++++++++++++++++++++ 時間が経ったから言える事ってあると思います。 快斗にとってキッドをやってた事がそうじゃないのかな。 キッドをやってた事に後悔はなくても、青子ちゃんと警部に嘘を吐いてた事は 悔やんでるし苦しかったと思いますしね。 快斗が警部にキッドの話を聞かせて下さいというトコロを 1番書きたかった話でした。 ちなみに、私は警部にもキッドの正体をばらして欲しい派です。 警部だったら分かってくれると思うんですよね。 どうにも夢見すぎな話でしたが、読んで下さってありがとうございました。 ・・・実は更に夢見すぎな続きがあったりします(笑) 興味のある方はこちらからどうぞ。 +++++++++++++++++++++++++++++++++ |
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