魔術師の憂鬱


啖呵を切って快斗との通話を終えた青子は、その勢いは幻だったかのように、力なくベッドに
倒れ込み枕に顔を埋めた。
手に握り締めていた携帯電話が着メロを鳴らし始めたが、電源を切って枕元に投げ出した。
今は快斗の声を聞きたくなかった。
青子は涙が滲まないように枕にぎゅっと顔を押し付けた。
考えないようにしようとしても、頭に浮かぶのはいつも傍にいた幼なじみの事ばかりで。
ここの所ずっと、青子は違和感を感じていた。
どこか様子がおかしい幼なじみ。
他の人には分からなくても、ずっと一緒にいて快斗を見つめてきた青子には分かる。
おかしな所を数え上げていけばキリがない。
授業を真面目に受けないのは前からだったけれど、居眠りをしている回数が多くなった。
以前はよっほどの用事がなければO.K.だったのに、休日に遊びに誘っても断られる事も
増えた。
一緒に出かけたとしても、どこか上の空でぼんやりとしてばかりで。
時々、ハッとしてしまう程大人びた顔で、深く考え込んでいる。
そんな時は、青子でもなかなか声をかける事ができなくて。
ねぇ、快斗。何をそんなに悩んでいるの?
快斗がおかしい理由を探して、青子が辿り着いたのはこの年頃にはありがちな単純な悩み。
ひょっとして、誰か好きな人が出来た・・・?
それだったら、快斗の変化も納得できるかもしれない。
休日に忙しそうなのは、好きな人に会いに行く為で。
青子と出かけてもどこか落ち着きがないのは、他に一緒に居たい人がいるからで。
授業中に眠そうにしているのは、こんなの快斗には似合わなくて笑っちゃうけど、夜も眠れない程
その人のコトを考えているから?
らしくなくなっちゃう程、その人のコトが真剣に好きなの?
どこかしっくりこない気もするけれど、他に納得できる良い答えを思いつかなくて、青子の心は
この答えに徐々に囚われていった。
そして、今日。
夏休みに入ってから全然会っていなかったのに、快斗から急に電話があって父親にお弁当を
届けに行くコトになった。
快斗は怪盗キッドのファンだから、予告現場に行きたいだけなんだろうと思ったけれど、それでも
青子は久々に快斗に会えるのが嬉しかったのだ。
けれど、そんな気持ちは長く続かなかった。
現場に行くまで相変わらずの軽口を交わしたりしていたけれど、快斗はどこか気もそぞろで。
結局、青子には伝言1つだけ残して先に帰ってしまった。
決定的、だと思った。
きっと今の快斗には青子よりも大切な人がいて。
快斗は意地悪なようでホントは優しいから、きっと幼なじみのよしみで今まで青子と
一緒にいてくれたけれど。
幼なじみが特別なのは、もう終わり。
そう思うととても悲しくて。
さっき快斗が電話をかけてきた時も、勝手に帰ってしまったのを謝らなかったコトよりも
『誘ってやってる』の一言が、青子の考えを肯定しているようで心がひりひりと痛んで、
快斗にひどい言葉を投げつけてしまった。
大っ嫌いなんてウソなのに。
ホントはずっと大好きって伝えたかったのに。
(でも、きっと快斗に嫌われちゃったよね・・・。)
こんな可愛くない幼なじみには、きっと快斗も愛想を尽かしただろう。
堪らず青子の大きな瞳から涙が零れ落ちそうになった時、コツンと小さな音がした。
(何の音・・・?)
青子が枕から顔を上げて部屋を見渡した時、窓の方からまた音が聞こえた。
のろのろと起き上がり、音の発生源を確かめるべく青子は窓を開け放った。
「えっ?!」
夜に沈む住宅街が見えるだろうと思った視界にふわふわと漂うモノが映って、青子は思わず
驚きの声を上げた。
幾つもの色とりどりの風船が窓の外に浮かんでいた。
どうにか驚きから冷めた青子が、無意識に1番近くにある風船に触れた瞬間。
パンッ☆
青子が触ってない風船も一斉に全部割れて、紙吹雪が風に乗って夜空に舞った。
その勢いに青子は思わず目を閉じた。
生暖かい夜風が青子の頬を柔らかく撫でていく。
青子がそろそろと目を開けた時には、たくさんの風船も花吹雪も跡形もなく消えていた。
ただ1つ、花束がぶら下がった優しい水色の風船だけを残して。
青子が手を伸ばして花束を手に取ると、何かが添えられているのに気がついた。
それは『ごめん』と書かれたカードで。
青子の周りでこんなコトができる人物は、考えるまでもなく1人だけだった。
視線を家の前の道に落として、想像した通りの幼なじみが気まずそうに立っているのを
見つけた時、青子は何故か泣きたくなった。


快斗は柄にもなく緊張しながら、青子の家の前に佇んでいた。
さっき披露したマジックの花束を受け取ってくれた青子は、すぐに家の中に姿を消した。
果たして彼女は外に出てきてくれるのだろうか?
天岩戸に篭ってしまった女神を待つような心境で、快斗はひたすらドアが開くのを待っていた。
永遠にも思える時間が過ぎた頃、カチリと小さく鍵を開ける音がしてゆっくりとドアが開いた。
待ち侘びていた姿を視界に捉えた瞬間、快斗は思いっきり頭を下げた。
「ごめん!オレが悪かった!!」
先手必勝とばかりに、青子が口を開く前に快斗は謝罪の言葉を口にした。
「いきなり急用ができちまって、青子に直接言ってく暇もなくて。
 勝手に帰っちまって悪かった。本当にごめんな。」
青子に口を挟む暇を与えず、一気に謝り倒した快斗は更に頭を低くした。
重い沈黙が流れる。
それが痛くて快斗が再び口を開こうとした時、小さな声が耳に届いた。
「もういいよ。」
「許してくれるか?」
頭を上げた快斗が期待に満ちた眼差しを青子に向けた。
が、青子に浮かぶ表情を見つけて愕然とした。
泣き笑いの表情。
青子が泣きたいのを我慢して無理に笑ってみせる時の顔。
それは快斗が1番見たくないモノで。
(なんで、んな顔してんだよ・・・?)
どうしていいか分からずに快斗は動けずにいた。
そんな快斗に気づかないように、青子は言葉を続けた。
「もういいから。幼なじみを特別にしてくれなくても。」
快斗は優しいから。
父親が仕事に忙しくて1人ぼっちになるコトが多い幼なじみを放っておけるような人じゃないから。
青子から終わらせようと思った。
さっきくれた花束だけで、もう充分だった。
快斗の優しさに甘えるのはこれで終わりにしなくては。
「好きな人がいるなら、その人のコトを大事にしてあげなよ。」
「なっ?!」
青子の口から飛び出した言葉が全く思いもよらないモノで、快斗は口をぱくぱくさせて声が
出せなかった。
快斗の方を見ないように俯きながら、青子は早口に話を進めていく。
「青子は快斗がいなくても大丈夫だから。」
「ちょっ・・・!」
「幼なじみだからって、かまってくれなくてもいいよ。」
「あお・・・。」
「でも、正直ちょっと悲しかった。
 誰か特別な人ができたんなら、1番に教えて欲しか・・・。」
「ちょっと待てって!!」
いきなり大声を出して遮った快斗に、大きな瞳を更に大きくして青子が幼なじみを見つめた。
「オメー、ナニ訳が分かんねー事言ってんだよ?!」
「訳分かんなくないわよ!
 隠さなくても良いのに。青子は分かってるんだから。」
「分かってねーだろ!!隠してなんかねーよ!!」
「ウソばっかり!誰か特別な人が出来たんでしょ?!」
「だから、何でそうなるんだよ?!
 他に特別なヤツなんていねーよ!!」
思わず本音を告げてしまって快斗はしまったと口を押さえたが、青子は他の所に
気を取られているようだった。
「・・・特別な人ができたんじゃないの?」
「ちげーよ!!」
即座に否定した快斗に、青子は茫然としながらぱちぱちと瞬きを繰り返した。
その様子を見ながら、快斗はほうっと大きく息を吐き出して、どうにか落ち着けた声で青子に
訊ねる。
「まったく何でそんな勘違いしたんだよ?」
「だって、快斗の様子が変だったから・・・。」
ポツポツと青子は思っていた事を話した。
それは快斗にとって青天の霹靂とでも言えるようなモノで。
けれど、怪盗キッドという快斗の裏の顔を知らない青子にとっては、そう思ってしまっても
しょうがないかもしれなかった。
「んな勘違いするなんて、やっぱりオメーはアホ子だよ。」
ピンと額を指先で弾かれて青子はムッとしたけれど、目の前の快斗は呆れたような口調とは
裏腹にとても優しい目をしていて、ゆっくりと不安が溶けていくのを感じた。
と、その時、青子の心に何かがひっかかった。
「ねぇ、快斗。」
「なんだ?」
「1つ聞いてもいい?
 ・・・最近、様子がおかしいのはどうして?」
快斗に特別な人ができたのではない事は分かったけれど、快斗の様子が変なのは本当の事で。
その理由が思いつかなくて、青子は思い切って快斗に聞いてみる事にした。
「それは・・・。」
快斗はらしくなく口篭った。
マジックの練習をしているとか、IQ400の頭で考えれば幾らでも言い訳は出来た。
けれど、先程の名残の涙を目尻に残して、ゆらゆらと瞳を揺らして、それでも目を逸らさずに
真っ直ぐ見つめてくる青子に、これ以上嘘はつけなくて。・・・つきたくなくて。
「今はまだ言えない。だけど、全部終わったら一番に青子に話すから。
 それだけは約束するから・・・。」
快斗に今言える精一杯はこれだけだった。
全てを話して青子を危険に巻き込む訳にはいかない。
それに、何より正体をばらして青子が離れていってしまうかもしれないという事に、まだ覚悟が
出来ていなかった。
快斗は臆病な自分に自嘲の笑みを浮かべた。
「勝手な言い草だよな。」
青子は黙って快斗を見つめていた。
ずるい、と思った。
そんな顔して、そんな辛そうな声で言われたら、何も聞けなくなってしまう。
全て納得した訳ではないけれど、いつも陽気で明るい幼なじみにそんな顔をして欲しくないから。
「えっ?」
目の前にずいっと出された青子の右手の小指に、快斗は目を見張った。
「約束、してくれるんでしょ?」
ぽつりと呟かれた青子の言葉に、快斗は内心瞠目していた。
彼女の優しさに、自分は何度救われるんだろう?
「指きりなんて、お子様だよな。」
どうにかいつもの口調を取り戻して、快斗は華奢な指と自分の指を絡めた。
「いいでしょ〜。約束って言ったら指きりなの!」
そして、ゆっくりと約束が交わされる。
やがて名残惜しげに指が離れた後、青子はいつもの無邪気な笑顔を浮かべていた。
「ね、快斗。青子、トロピカルマリンランドに行きたい。」
「は?」
「いいでしょ?まだ行った事がないんだもん。」
一緒に出かけようと言われているのに気づいた快斗が破顔する。
「いいぜ。オレも行った事ねーし、一緒に行くか!」
「じゃあ、決まりね!
 そうそう、言っとくけど全部快斗のおごりだからね。」
「おい、どーしてだよ!!」
「勝手に帰っちゃったバツに決まってるでしょ〜?
 青子、快斗の家の前でずっと待ってたんだから。」
目の前の幼なじみから零れた事実に、快斗は目を大きく見開いた。
「待ってたってどーいう事だよ?」
「だって、今日はおば様はいなかったんでしょ?
 青子もお父さんいなくて1人だから、一緒に夕飯を食べようと思って待ってたの。」
きっと青子の事だから何時間も待っていたんだろう。
容易に想像できて、快斗は申し訳ない気持ちで一杯になった。
「わりぃ、こんな暑い中待たせちまって。」
気まずそうに謝る快斗の顔を青子は下から覗き込んだ。
「じゃあ、おごり決定ね?」
「わぁったよ!」
上目遣いの青子が可愛くて赤く染まってしまいそうな頬を隠す為に、快斗はそっぽを向きながら
答えた。
「ありがと!そのお礼に、お弁当を作って持ってくから。」
「ちゃんと食えるもんにしてくれよ。」
「今日、お父さんに持って行ったの見てたでしょ?ちゃんと美味しいんだから!」
「ふ〜ん。ま、期待してるよ。」
それから、何だかんだと大騒ぎしながら、2人はトロピカルマリンランドに出かける予定を立てて。
一緒に遊ぶ約束を手に、快斗は帰路についた。


「快斗!」
ゆっくりと歩いていた快斗が後ろから呼ぶ声に振り返ると、2階の部屋の窓から青子が
顔を出していた。
「あのね、青子はいつだって快斗の味方だから!
 だから、無理しちゃダメだよ!!」
青子に敵わないと思うのはこういう時。
心の中で白旗を掲げながら、快斗は青子に向かって叫んだ。
「アホ子、こんな夜中に大声なんか出すなよ!近所迷惑だろ〜!!」
「快斗だって人のコト言えないじゃない!」
快斗が照れ隠しに言ったのが分かっているのか、青子は楽しげにそう返してきて。
2人で顔を見合わせて、何故か笑い出してしまった。
「快斗、おやすみなさい!」
「おぅ、お子様は早く寝ろよ!」
「青子、お子様なんかじゃないもん!!」
ムキになって言い返す青子が可愛くて、クスリと笑いをもらして。
「青子、おやすみ!」
快斗は青子の姿が家の中に消えるのを見届けてから、やってきた時とは180度違う
軽い足取りで家へと帰っていった。


お前の優しさに甘えてしまっているという自覚はあるんだ。
だけど、約束の日が来るその時までは。
どうかもう少しだけこのままで     .


<了>


Back




Talkにも書いたんですがゴールデン・アイ編を読んだ時、快斗が青子ちゃんを利用しているように
見えてしまったんです。それが何だか悲しくて。
なので、そうせざるをえない事情があるのかな〜と考えていて出来た話です。
1の前半はほとんどTalkに書いたのそのまま。
書いていて思ったんですけど、快斗って超前向きですよね〜。
ホントはもっと悩ませるつもりだったのに、いつのまにか立ち直ってるし(笑)
これじゃあ、青子ちゃんの方が悩んでるって(汗)
青子ちゃんには快斗がキッドだって気づいてて欲しいんですけど、とりあえずこの話では
気づいてないバージョンってコトで。



Novels
Home