自分がひどく我が侭だなんて事、誰に言われるでもなく自分で一番よく分かっている。
お前と怪盗キッドである自分を秤にかけて、どちらか一方を選ぶなんて出来なくて。
どちらもオレがオレである為に必要不可欠なんだ。


なぁ、こんな欲張りなオレでもお前は許してくれるか     


魔術師の憂鬱


カチカチとマウスを操作していた手を止めて、快斗はパソコンの電源を落とした。
真っ黒な画面に戻ったのを確認してディスプレイから顔を上げた。
途端にうるさく聞こえ始めた蝉の声に、いかに集中していたかを実感する。
逃走経路の最終確認も終え、ここの所ずっと時間を割いていた仕事の準備は完了。
あとは今夜の予告時間を待つだけだった。
一服しようと1階に下りた快斗は、冷蔵庫から取り出した500mlのペットボトルを手にリビングに
向かった。
ソファーにどかっと座りペットボトルに口をつける。
喉を通過していく冷たい感触が心地良かった。
しんと静まり返った家の中、他に人の気配はない。
母親は仲の良い女友達と旅行中。
旅行の計画を立てた後に、キッドがいきなりシャノワールとかいう怪盗に勝負を吹っかけられる
事になり、母は旅行に出かけるのを躊躇っていたが、快斗は大丈夫だと送り出した。
キッドをやっている事でただでさえ心配をかけているのに、母のたまの楽しみまで奪う事なんて
したくなかった。
ペットボトルからもう一口飲んだ後、電話がふと快斗の視界に入った。
その途端、快斗の脳裏に幼なじみの顔が浮かんだ。
夏休みに入ってから青子には会っていなかった。
つい数日前にも誘いの電話をくれたのだが、仕事の準備があるから適当な理由を言って
断っていた。
残念そうな青子の声が今でも耳に響いている。
けれど、今度の標的は快斗が探すビッグ・ジュエルではなかったが、売られたケンカを買う以上は
負ける訳にはいかなかった。
父から受け継いだ怪盗キッドの名を貶める真似はできない。
そう思って快斗は念入りに準備をしていたが、青子に会えない事はかなり堪えていた。
学校があればほとんどいつも一緒にいて、休みでもなんだかんだと理由をつけて共に遊ぶ事も
多くて、こんなに長い間青子に会わないのは、実は初めてかもしれなかった。
会えないのは青子に隠してやっている仕事の所為で自分が原因なのだが、いつも元気をくれる
向日葵の笑顔が見たいと思った。
(でもなぁ、準備不足で失敗なんてしたら目も当てられねーし。・・・って、待てよ。)
その時、快斗の頭に効果音付きで名案が浮かんだ。
今回もいつものように警備中の警官を捕まえて顔を借りて展示会場に侵入しようと思っていたが、
青子を誘って一緒に警部にお弁当を届けに行けばいい。
そうすれば、面倒な事をしなくても簡単に会場内に入れるし、何より青子に会える。
大勢がごった返す現場は時に危険でもあるから、青子をそんな所へ連れて行くのにはちょっと
躊躇いを覚えたけれど。
目的の宝石はビッグ・ジュエルではないから組織の奴らが出てくる可能性はほとんどゼロで、
青子が現場にいてもまぁ大丈夫だろう。
少しでも不穏な気配があったら、上手く言いくるめて予告時間の前に青子を帰してしまえばいい。
IQ400の頭脳がはじき出した答えに、快斗はにんまりと笑みを浮かべた。
青子を利用するようでちらりと罪悪感が顔を覗かせるけれど、それには敢えて眼を瞑って
見ない振りをして。
(やっぱ仕事の前に元気を補充しとかねーとな。)
そんな事を思いつつ、青子を誘うべく快斗は受話器に手を伸ばした。



                              .



幼なじみに元気を補充して貰えたのが良かったのか、今夜も無事に仕事を終えた怪盗キッドは
静かな住宅街の一角に舞い降りた。
周囲を念入りに確認してから黒羽快斗の姿に戻り、快斗は自宅へと向かった。
(怪盗のお仕事は家に帰るまでがお仕事ですってか。)
小さい頃、遠足の帰り道に教師が口を酸っぱくして言っていた言葉をもじりつつ、
快斗は玄関のドアを開けて家の中に入った。
ドアの閉まる音と共に、今回の仕事は完全に終了。
ホッと一息。
今まで常に身体に張り巡らせていた緊張感が消え、代わりにすかっとした爽快感がじわじわと
心の内から湧いてくるのが分かった。
今回はビッグジュエルとは何の関わりもない仕事で、相手をいかに出し抜くかの
純粋な知的勝負。
見事に勝利して、尚且つあの哀しい女怪盗に親の遺品を無事に渡す事が出来た。
怪みは大胆不敵に華麗で鮮やかに。そして、心に強さを秘めている全ての女性には優しさを。
怪盗キッドとしての心得を果たす事が出来て、快斗は大変満足していた。
それに加えて嬉しい事がもう1つ。
これで怪盗の仕事からはしばらく解放され、漸く高校2年生の夏休みを思う存分満喫できる。
自室に戻った快斗は時計をちらりと眺めた。
他所様の家庭に電話をかけるなら非常識な時間でも、個人に通じる携帯電話にかけるなら
まだ許される時間。
快斗は誰よりも多くかけている番号を呼び出し、迷わずに通話ボタンを押した。
さほど待たされる事もなく電話がつながる。
「よぉ、青子か?」
「快斗?!」
どこか驚いたような声を上げる青子に構わず、快斗は用件を切り出した。
「なぁ、オメー明日暇か?どっか遊びに行かねー?」
「いきなり何言ってんのよ!」
「1人で寂しい夏休みを過ごしてるだろう青子ちゃんを誘ってやってんだろ。
 で、明日は空いてるのか?」
「・・・空いてない。」
「そっか。」
声のトーンが下がった青子に気がつかず、残念と心の中でだけ呟いて快斗はしょうがないと
考えを切り替えた。
「じゃあ、明後日は?」
「空いてない。」
「その次は?」
「・・・空いてないわよ!
 その次の次の日も、ず〜っとその先だって、快斗に付き合うような暇なんてないんだから!!」
突然、怒ったように大きな声を上げた青子に快斗は目を丸くした。
「いきなりどうしたんだよ?」
「それはこっちのセリフよ!
 今日の昼間、勝手に帰っちゃってその事を謝るのかと思ったら、全然謝りもしないし!!」
「あっ!えっと、それは・・・。」
「自分勝手なバ快斗なんて大っ嫌い!!!誰か他の子誘って出かけたら?!」
「おい、あおっ・・・!」
ツー・ツー・ツー・ツー
快斗が青子を呼び止める間もなく、電話は切られてしまった。
慌ててかけ直してみたけれど、電話からは機械的な女性の声で電波が届かないか電源が
切られていると返答があるだけで。
失敗した〜〜〜と快斗は頭を抱える羽目になった。
仕事が成功した高揚感に浮かれながら青子に電話してしまったが、冷静になって考えると
かなりまずかった。
何となく自分で青子に寺井への使いを頼んで帰した気になっていたけど、あの時快斗は
警官の姿になっていた訳で。
青子にしてみたら自分は伝言1つで用事を押し付けて勝手に先に帰ってしまった
薄情な幼なじみって所で。
そんな青子に謝りの言葉すら口にしなかったのは自分の落ち度だった。
青子が怒るのは当然で、嫌われてしまうのも必然、なのかもしれなかった。
はぁぁぁ。
傍目にも分かるほど、快斗はがっくりと肩を落とした。
先程、青子に投げつけられた『大っ嫌い!』という言葉がぐるぐると頭を回り心がズキズキと痛む。
思えば、確かに自分勝手なのかもしれなかった。
今日の事だけではなくて、最近、青子と一緒に出かける時は会場の下見とか盗みの準備とか
仕事絡みの事が多かった。
それは組織との対決で一層念入りな準備が必要となりプライベートな時間をどんどん削られている
快斗が、どうにか青子と一緒にいれる時間を捻り出そうとして、だったら青子も連れていけば
一石二鳥!とした苦肉の策だったりするのだけれど。
隣にいる青子に100%集中なんてできなくて、どこを見てるの?とか何ぼ〜っとしてんのよ?とか
青子に指摘される事も度々だった。
自分で誘っておきながら気もそぞろなんて、確かに勝手すぎたかもしれない。
今日なんて青子を放っておいて先に帰ってしまった事になってるし。
(でも、そうでもしねーと一緒にいれねーじゃねーか・・・。)
快斗はもう1つ、大きな溜め息を漏らした。
怪盗キッドを続けていくのなら、早いうちに青子に別れを告げた方が良いと頭では分かっていた。
自分の近くにいる事でいつ青子に危険が及ぶか分からないし、正体がバレた時に一緒にいた
時間が長ければ長いほど青子を傷つけてしまうのは明白だった。
そうなるのがイヤだったら、さっさとパンドラ探しに見切りをつけるべきで。
けれど、父を殺した組織の奴らをそのままにしておくなんて出来る訳なく、結局は綱渡りの生活を
今も続けている。
青子もパンドラも両方とも手に入れたいだなんて、過ぎた望みを抱く自分に快斗は
苦笑を浮かべた。
でも、どちらも絶対に誰にも譲れないから。
どうにかして手にすると決めてしまったのだから。
快斗は強い意志を映す顔を上げた。
いつまでも落ち込んでいるなんて自分らしくない。
まず出来る事からしなくては。
青子が電話に出ないつもりなら、こっちから会いに行けば良いだけだ。
例え青子に話を聞いてもらえなくても、謝罪の気持ちだけは今すぐにでも伝えたいから。
快斗はすくっと立ち上がり、青子の家に向かうべく家を飛び出した。


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