夢は現の幻
〜夢の始まり・其の三〜



青子が慣れない演技に疲労困憊になった頃、ようやく寝所へ引き上げる事になった。
やっとゆっくり休めると思いながら部屋に入った青子は、自分の後について襖を潜って来た快斗に
不思議そうに小首を傾げた。
「なんで貴方もついてくるの?何か話でもあるの?」
一瞬驚いたように目を見張った後、快斗はおかしそうな表情を浮かべた。
「なんでって、ここは俺の寝所だから。」
「ふ〜ん・・・えぇっ!!」
頷きかけた後、青子が突拍子もない声を上げた。
「あんまり大きな声出すなよ。せっかく人払いしてあるのに、誰かやって来ちまうぞ。」
「だって、同じ部屋なんて聞いてないよ!」
「あのなぁ。お前、自分の立場が分かってるか?」
快斗にからかうように指摘されて、しばらく考えた後、青子は言葉に詰まってしまった。
今の青子は、事実はともかくとして快斗の妾という事になっている。
当然、寝るのは一緒でなければおかしいだろう。
恐る恐る部屋の中を見渡した青子は、ひかれている布団が一組だけなのを見て大いに焦った。
部屋が同じなのはしょうがないとしても、一緒に過ごした時間がたったの一日でしかない相手と
同じ布団で寝るなんて、これまで青子が培ってきた倫理観からはとても認められない。
「あ、青子は布団いらないから、そっちの畳の上で寝・・・」
「やめとけ。風邪ひくぞ。」
部屋に置いてあった衝立の向こう側を指しながらの青子の提案は、全てを口にする前に
あっさりと反対されてしまった。
「でも、貴方と一緒に寝るなんて無理よ!!」
「なんで?」
「そんなの当たり前でしょ!!」
「別に気にする事ねぇじゃん。まだ夜は冷えるから、二人で寝た方が温かいし。」
「そういう問題じゃないよ!とにかく青子はあっちで寝るから!」
強行突破で歩き出そうとした青子だったが、快斗に腕を掴まれてその場に留まるしかなかった。
それでも、青子は口を真一文字に結んで、話さない事で快斗に抗議の意思を伝える。
見交わした視線の先、譲る気配のない青子に快斗が苦笑して吐息を零した。
「分かった。俺が畳の上で寝るから、お前は布団で寝ろよ。」
「えっ!?いいよ、そんなの悪いし!」
快斗の提案に青子は慌てて首を振った。
仮にも自分の国の若様を畳の上で寝かせて、自分だけ布団でぬくぬくするなんて出来ない。
「女から布団取り上げて寝る程、情けねぇ男じゃねぇつもりだけど?」
「でも、やっぱり悪いもん。風邪ひいちゃうよ。」
「だから、それはお前でも同じだろうが。お前を畳の上で寝かすなんてできねぇから。
 俺が畳で寝るか、二人で布団で寝るかのどっちかにしろ。」
きっぱりと言い切った快斗に、青子は沈黙するしかなかった。
二人で寝るなんて以ての外だし、かといって快斗を畳に寝かす訳にもいかない。
どちらも選べずに困っていると快斗が口を開いた。
「ちょっと聞きてぇんだけどよ。一緒に寝ると何が不都合な訳?」
「不都合っていうか・・・」
青子はごにょごにょと口篭った。
身の危険を感じるのは女として当然だと思うが、はっきり口にするのは目の前の相手に
申し訳ないような気もする。
けれど、快斗には青子が言いたい事は伝わったようだった。
「安心しろよ。お前に手ぇ出したりしねぇからさ。」
青子がどうして分かったんだろうと快斗を見上げると、悪戯っぽい笑みが返ってきた。
「青子が良いってんなら遠慮はしねぇけど?」
「そ、そんな事言う訳ないじゃない!!」
猛烈な勢いで首をぶんぶんと振った青子に、快斗は意外に真面目な表情を浮かべた。
「だったら、何もしねぇって約束するからさ。第一、青子は大事な協力者だし、無体な事はできねぇよ。
 信用できねぇか?」
「・・・ううん。」
しばらく考えた後、青子はゆっくりと首を振った。
まだ快斗と一緒にいた時間は短いけれど、快斗が約束といったならきっと守ると信じられる。


     青子が忘れかけていた約束とも言えない約束でさえ、快斗はちゃんと守ってくれたから。





広い城の中をあちこちと歩き回って少し疲れを感じていた青子は、ようやく落ち着ける部屋に辿り着いて
小さく息を漏らした。
庭での密談の後、快斗が色々と案内してくれたけれど、慣れない装いは歩くだけでも余計な労力を使う。
肩が凝ってしまって思いっきり伸びをしたいが、青子は気を抜いてはいけないと寸前で思い止まった。
そんな青子の様子を横目で見た快斗は優しい眼差しを浮かべて、部屋に控えていた女中に命じた。
「茶を持って来てくれよ。あれも一緒にな。」
かしこまりましたと頭を下げた女中が静々と部屋を出て行く。
程なくして女中が盆を持って現れ、二人の前に湯気を上げる湯飲みを置いてから、青子の前にだけ
小さな皿を差し出した。
「うわぁ、可愛い。」
皿の上に載っていた花の形をしたお茶請けの菓子を見て、青子が歓声を上げた。
全て餡で作られたその菓子は、職人芸と言える技で小さな花弁の一つ一つまで繊細に表現されていた。
目に楽しいように色取りも工夫されており、食べてしまうのが惜しいくらいだ。
『昨日の侘びだよ。』
こっそりと耳に囁かれた言葉に青子が驚いたように快斗の方を向いた。
今の言葉で青子が思い出したのは、昨夜の出来事。
確か花を差し出した快斗は後できちんとしたお詫びをすると言っていた。
それがこの菓子という事なんだろうか?
青子が快斗を見やると、快斗は今の真面目な声音が嘘のような軽い表情を浮かべていて、青子は戸惑った。
案内をして貰っていた時から快斗は頭の悪そうな殿様を完璧に演じていて、本来の快斗を見た事がある
青子にはその差が大き過ぎて慣れなかった。
けれど、快斗はまごついている青子を知りつつも演技を続けた。
「こういうの、気に入ると思ったんだ。青子は花より団子って感じだもんな。」
「何ですって!」
憤慨した青子が思わず手を上げかけたが、快斗にやすやすと捕らえられてしまった。
「冗談だよ。青子が喜ぶだろうなと思って取り寄せたんだ。」
先ほど見せた悪戯っ子のような表情をあっという間に隠して、甘い笑顔を浮かべた快斗に
青子は気勢を削がれた。
恋人に向けるような極上の笑顔に、青子は演技だと分かっていても頬を桜色に染めて快斗から手を下ろした。
「ほら、食べてみろよ。」
青子の勢いが消えたのを見て、快斗が笑顔のまま菓子を勧めてくる。
渋々と手に取った青子だったが、口に入れた途端顔を綻ばせた。
「美味しい!」
口にした菓子は、青子がこれまで食べた事のあるどんな物よりも甘くて美味しかった。
上品な味わいの菓子をゆっくり食べ終えた青子は、まだ残っている菓子をもう一つ頂こうかなと手に取った。
「俺にもくれよ。」
横からちょいちょいと着物の裾を引っ張られて、青子は少し驚いた顔で快斗を見つめた。
「貴方も食べるの?」
「もちろん。・・・なんで?」
青子が余りにも驚いていたから、快斗が怪訝そうに眉を寄せた。
「青子のお父さんは甘いのが大の苦手だから。」
「男でも甘いの好きな奴はたくさんいるぜ?」
「そうなんだ。はい、どうぞ。」
快斗の話に相槌を打ちながら、青子は菓子を持った手と反対の手で皿を快斗へ差し出した。
「こっちの方が良い。」
「えっ?・・・ちょっと!」
快斗は細い手をぐいっと引き寄せ、青子が持っていた菓子を一口で食べた。
「放して!!」
青子が必死に手を引こうとするが、快斗は動じずに青子の指先についた餡までゆっくりと舐め取ると、
ようやく青子の手を解放した。
「なっ、何するのよ!」
羞恥の余り涙目になりながら、青子がぱっと自分の手を引き寄せた。
「ごちそうさん、美味かったぜ。」
けれど、悪びれる様子もなく快斗は蕩けるような笑みを浮かべていて、それを見た青子の鼓動は
何故か早まったのだった。





上等な羽布団が柔らかく身体を包んでいたが、青子は緊張で身体を強張らせたままで、
眠りが訪れる気配は露ほどもなかった。
昼間の出来事を思い出した青子は快斗と一緒の布団に寝る事を了承してしまったけれど、
その事を早くも後悔していた。
快斗を信用していないという訳ではない。
冷静になって考えてみれば、あの菓子を用意してくれたのは物品だったら青子が断るだろうと
予想していたからで。
約束を守ってくれた事の他に、青子が気を使わなくてすむようなお詫びの品を考えてくれた事は、
快斗の気遣いが感じられて正直嬉しかった程だ。
けれど、やはり実際に一緒の布団に入るというのは話が違う。
青子は隣の快斗に背を向けて出来る限り布団の端に寄っていたが、後ろにいる快斗が少しでも
身じろぎすればびくりと肩が震えてしまう。
異性と共に布団に入るなんて事は今までなかったから、どうしても緊張してしまうのはしょうがないと思う。
こんな状況ではとても安眠はできないから、風邪をひいても良いからやっぱり畳で寝ると
青子が言おうとした時だった。
快斗が苦笑交じりの溜め息と共に口を開いたのは。
「なぁ、なんでそんな端っこにいるんだ?寒いだろ?」
「平気だもん。」
だから、布団はいらないと青子が続けようとする前に、青子は力強い腕に引き寄せられていた。
「意地っ張り。」
「っ!?・・・や、やだ、放して!!」
大慌ての青子の声は少しくぐもっていた。
それも当然で、青子は快斗の腕の中にしっかりと抱え込まれており、快斗の胸に顔を押し付けるような体勢に
なっていたのだから。
「やっぱり身体が冷えてんじゃねぇか。」
確かに布団から少しはみ出ていた腕とか冷えてしまっていたけれど、今の青子は寒いと思っていた事も
頭の中から吹っ飛んでしまっていた。
逆に火照ってきた頬が熱いくらいだ。
とにかく今の状況から脱しようと青子が身を捩っても、身体に回る快斗の腕の力は緩まなかった。
「大人しくしろって。何もしねぇって言っただろ。」
青子を宥めるように囁く低い声音と、優しく背中を叩く大きな手の平に、青子の抵抗が少しだけ弱まる。
「布団に入ってるのに風邪ひいたら馬鹿みてぇだしさ。
 まぁ、俺の事は湯たんぽとでも思っておけよ。」
おどけるように快斗が言った言葉に、青子は小さく吹き出した。
「湯たんぽにしては大き過ぎると思うけど。」
「言ったな、この俺様がわざわざ湯たんぽになってやるなんてすっげぇ贅沢なのに。」
「それを言うなら、青子だって貴方の湯たんぽになるんだからお互い様でしょ。」
「・・・まぁ、それもそうだな。」
「ね、そうでしょ。」
戯言を交わしているうちに、いつの間にか青子の緊張も解れていた。
本物の湯たんぽのようにじんわりと温かい快斗の腕の中が、今は心地良い。
「今日は疲れただろうし、そろそろ寝ろよ。」
青子の気が緩んだのが分かったのか、快斗が青子に眠るように促した。
「それとも、子守唄歌ってやった方が良いか?」
「もう!青子はそんな子供じゃありません。」
快斗の言葉に頬を膨らました青子だったけれど、緩やかな律動を刻む快斗の胸の鼓動を子守唄代わりに、
いつしか眠りの海に落ちていった。





「・・・確かに何もしねぇとは言ったけど、無防備過ぎるんじゃねぇの?」
無邪気な寝顔を見せている青子を起こさないように、快斗は小さく零した。
けれど、言葉とは裏腹に声音は優しい。
あの時の少女が今こうして自分の腕の中にいるのが何だか信じられない。
今日一日、青子とずっと一緒に過ごしていて、くるくると変わる表情に目を奪われていた。
もちろん緊張していた青子の表情は少しぎこちなかったけれど、時々見せた小さく口元を緩ませた笑顔は
可愛くて。
いつか、あの屈託のない本当の笑顔を見せて欲しいと願った。
「やべぇ、かな。」
自分の中に芽生えた望みの基になる感情の正体に薄々と気づいて、快斗は独りごちた。
しかし、後々厄介の種になるかもしれない気持ちを、快斗には捨てる気なんて更々なかった。
「まぁ、なるようになれってね。」
そう結論づけると、快斗は青子に頭を寄せるようにして瞼を閉じた。





夢のような淡い時間は、まだ始まったばかり     .


<第一話・了>



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一日目の終わりと共に、第一話がやっと終了です。
次回はちょっと時間が飛びます。
書いていて思ったんですが、いつもの快青と違って、この話の二人は
お互いを異性としてバリバリ意識してるんですよね(笑)
いや、いつもの快斗も意識してると思いますが、
ポーカーフェイスとか言っちゃって隠してるんで。
青子ちゃんを女性扱いしている快斗が書いていて楽しかったです(笑)

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