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リンゴーン…リンゴーン…… 町へと響く優しい鐘の音。 それが、全ての始まり。 |
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ぐるりと周りを見渡して、青子はへたり込みそうになった。 けれど、彼女は現在そんな事すらできない状況下に置かれている。なぜならここは、人の渦の真ん中 だからだ。 周囲から流れてくるのは、楽しそうなざわめき。友人や家族、そして恋人と楽しそうに言葉を交わしながら、 その時を待つ人々。 青子の小さな体はその群衆に飲み込まれて身動きが取れない。こんなにたくさんの人があふれているのに、 ただ1人きりになってしまったような感覚。 不安と淋しさで殆ど泣きそうになりながら青子が後方を振りあおぐと、その場に佇む大きな時計台が 彼女を見下ろしていた。 「快斗、見て見て!」 それはそれは嬉しそうな彼女の声に、 「この状態で見えるか、アホ子」 快斗はとりあえず、異議を申し立てた。 「あ、そだね」 自分の失態を初めて認識する素直な声にあきれつつ、 「ったくよー」 目の直ぐ前に出された紙を、こたつから引き抜いた手で快斗は無造作に奪い取る。そこに書かれていたのは、 「カウントダウン・イベント?」 「そうっ、時計台の所でやるんだって。楽しそうだよねっっ?」 冬休みの宿題一式、それと手土産のオヤツと一緒にこたつに落ち着きながら、満面の笑みで問う青子に、 「って、小さな町の地域イベントじゃ大した事はやらねーだろ。 10分前からカウントとって、上がる花火もたった20発だぜ?」 チラシに記されたプログラム欄を指差して面倒くさそうに答える。 「それに大晦日ってのは、家族で年越しソバ食いながらコオハク見てユク年クル年見て寝る。 それで充分だろうが」 大体なんだってわざわざ寒い中出掛けなきゃなんねーんだと、こたつに両手を突っ込み背中を丸める快斗に、 「…うん、そうだね」 青子は頷く。しかし、その声には全く覇気がなく、 心の内がすべて如実に表れる彼女に快斗はこっそり溜息をこぼしたが、そこで1つの考えが浮かんで来て 思わず背筋を伸ばした。 「もしかして…警部、仕事か?」 「おっ、お父さんが仕事かどうかなんて関係ないでしょっ」 青子のあわてた様子は、彼の推測が当たっている事を示していた。 「そんな事より宿題やろうっ。年内に片付ければ、お正月はゆっくりできるし」 云ってテーブルの上にプリントや教科書を広げていく。一見陽気に見えるが、その瞳から淋しさは 消えていない。 「ほら、快斗も早くっ」 「ヘイヘイ…」 青子にせかされ、仕方なく部屋の隅に追いやっていた勉強道具を引き寄せて、テーブルに載せる。 「何からやっつけんだ?」 「えーとね、数学?たくさん出てたし」 「数学ぅ?たくさん有るっつったら英語だろ。テキストをまるごと訳してこい、みたいな事云ってなかったか?」 「……云ってた」 嫌なことを思い出したと青子は溜息をこぼす。と、 「いいからとっとと終わらせるぞ。時計台のカウントダウン行って楽しい正月にするんだろ?」 口調は素っ気ないが、そこには確かに暖かい気持ちが存在している。驚いたのか彼女の応えは 少し遅れたが、 「…うん!!」 青子は大きく頷いた。今度は最上級の笑顔で。 四苦八苦しながら、それでも何とか宿題を全部片付けてやって来たと云うのに、隣を歩いていた筈の 幼なじみの姿をホンの一瞬で見失ってしまった。 幾度となく見渡した周囲の人波に、やはり快斗の顔は見付けられなくて、青子の中の不安はみるみる 膨らんでいく。 カウントダウンの始まりを告げるアナウンスが流れたのはそんな時だ。 今年も残り10分。 1人で居たくなかった青子を、快斗が折角連れ出してくれたのに。これでは家に居るのと同じだ。 焦れば焦るほど、目の前の風景が遠くなっていく。楽しそうな笑い声もかすみ、足下はぐらぐらとおぼつかない。 「快斗…っ!」 涙をこらえる青子の瞳に七色の閃光が映ったのは、彼の名を呼んだ時だった。 1つ1つはとても短時間だが、それがいくつも弾けて鮮やかに闇を彩る。次の瞬間には、小さな破裂音と 色とりどりの紙ふぶき、そしてたくさんの風船が空へと舞い上がっていった。 こんな事が出来るのは、あの幼なじみ以外に考えられない。 青子は脇目も振らず、歓声の上がった方へと人をかき分けて進み出した。 「ゴメンなさい、通してっ」 人ゴミに押され、方向感覚をつかめない。彼の居るだろう場所を再び見失うのではないかと首をもたげる 不安に、けれど目を上げた青子は小さな笑みをこぼした。 青い風船が、頭上にひとつ浮いている。 それは間違いなく、青子のために残してくれた目印。 それが『アホ子、オレはここだ!』と読めるようになった頃には、彼の方が青子を見付けて迎えに来て くれたのだった。 「たくよー、カウントゼロ用の仕掛けだったんだぜー?」 風船を空へと放しながら、快斗は憮然とこぼした。青子を驚かして、何より喜んでもらいたかったのに、 その本人不在のままマジックを披露する破目に成るとは思いもよらなかった。しかも、思い切りタイミングを はずしているし。 「ゴメン……」 しょげかえった青子の謝罪が聞こえた快斗は、小さな溜息をつく。そんな顔をさせたい訳じゃないし、 それにこうして無事に彼女と合流できたのだから。 うつむいて小さくなっている青子に、 「ほらよ」 「え?」 降って来た言葉に顔を上げると、そこには快斗の左手。 「もうはぐれんのは勘弁してくれよな」 心底面倒そうな声に、でも彼の耳が赤くなっている事に青子は気付いた。 何より、差し出された手は傍に居てくれる事の証だから。 「うんっ!」 満面の笑みで、青子はその手を取った。あの日と同じ、最上級の笑顔で。 新しい年まで、とうとう秒読み段階に入った。 集まったたくさんの人の意識が1つに成ったような、えも云われぬ静かな興奮がその場に渦を巻く。 『10、9、8…』 アナウンスと一緒にカウントを取る声はドンドン大きくなって行き。 ドキドキと高鳴る胸は、その瞬間を待つ。 『3、2、1』 ゼロ!! リンゴーン……時計台は新しい年の訪れをみんなに告げ、楽し気な歓声がそこら中からわき上がる。 些少ながらも花火が華やかさを演出し、どこかでシャンパンを開ける音が弾ける。 会場全体が喜びに満ちる瞬間、何だか嬉しくてたまらない。 「快斗!」 青子がおめでとうと云う前に、 ポン! 目の前の快斗の右手に花が生まれる。それは小さな、赤いバラ。 「オレ、黒羽快斗ってんだ。よろしくな」 そう云って笑った男の子は、青子があの時のように淋しい想いをしないですむようにと、ずっと傍に居てくれた。 この場所が、全ての始まり。 「悪ぃな、もうこれしか残ってねー」 「ううん、ホントに凄く嬉しいっ。ありがとう!」 1年の始まりの瞬間から、2人一緒に居られる事が何よりも嬉しくて。 小さな花を受け取った青子は、快斗を見上げて微笑む。 「快斗、あけましておめでとう!」 「おう、今年もよろしくな」 今年も……これからも、ずっと。 「うんっ」 <END> |
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佐々木さんのサイトでフリーになっていたので頂いてきました♪ ほんわかした優しい気分にさせてくれるお話で、快斗も青子ちゃんもめちゃめちゃ可愛いですv 個人的に『オレはここだ!』風船(笑)を持っていた快斗がツボでした〜。 きっと皆から注目を集めつつ、青子ちゃんの為に気恥ずかしさを我慢してたんだろうな〜と。 快斗って何だかんだとカッコつけだと思うんですが、それだけ青子ちゃんを想ってるんだなと すごく伝わってきましたv 青子ちゃんもとっても可愛かったですし♪ 佐々木さん、素敵なお話をどうもありがとうございましたv そういえば、どーしても風船を飛ばしたくてこういうレイアウトにしたんですが、 見難かったら申し訳ありません。 |
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