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シャーカーンが倒れ、正当な後継者であるバルトが戻り、アヴェ中が喜びにあふれかえっている時。 ブレイダブリクにあるファティマ城の一室で、退屈そうにため息をついている少女がいた。 ニサンの大教母、マルーである。 彼女は、先の碧玉要塞での戦いのときに足を負傷し、安静を言い渡されていたのだ。 しかし、足の怪我以外はまったくの健康体で、暇を持て余していた。 そこでマルーは、国を取り戻しその事後処理におわれているバルトのもとを訪れることにした。 あることをひそかに計画しながら。 トントン マルーがノックしてからドアを開けると、慌ててバルトが机に向かおうとしていた。 「なんだ、マルーか。」 ほっとした声を聞いて、バルトが仕事に飽きて怠けていたとすぐわかった。 (若がサボってたという事は・・・) マルーは部屋を見回して、いつもバルトの傍らにいる青年がいないことに気づいた。 「シグはどうしたの?」 「ああ、あいつならユグドラの方へ行ってる。」 「やっぱりね。」 思ったとおりというマルーの顔に、バルトは少しむっとした。 「やっぱりってなんだよ。やっぱりって。」 「だって、シグがいたら、若サボってらんないもんね。」 「別にサボってなんか・・」 「はいはい。わかった、わかった。」 バルトに言い訳させると長いので、マルーは割り込んで言葉を続けた。 「でも、シグがいないならちょうどよかった。」 「ちょうどいいってなんだよ?」 マルーの言葉にバルトは言い訳をやめて、不思議そうな顔をして尋ねた。 「ね、若。街の方に出かけようよ。」 「なに言ってんだよ。俺には仕事があるし、第一、おまえは安静にしてなきゃだめだろう。」 「若、今、仕事してなかったじゃない。それに、足はもう大丈夫だよ」 マルーは人の悪い笑みを浮かべた。 「もし、一緒に来てくれなかったら、シグにサボってたことばらしちゃうよ。 それから、若が来なくても、ボク一人で出かけるからね。」 そう言って、マルーはさっさとドアの方に向かっていく。 完全に脅迫である。 (ったくマルーのやつ。) 怪我が完治していないマルーを一人で出かけさせたら、例え仕事を終わらせたとしても、 シグルドに大目玉をくらうことは間違いない。 (しょうがねえなぁ。) 「おい、待てよ。俺も行くからさ。」 バルトはマルーを追いかけた。 マルーは振り返り、満面の笑みを浮かべた。 「ありがと、若。」 (こいつにはかなわねえ・・・) バルトは、心の中でため息をついた。 バルトとマルーは、ブレイダブリクの街を散策した。 二人がまだ小さかった頃も、よく城を抜け出して街に探検に出かけたものだった。 街は変わってしまっていたけれど、その中で昔と変わらぬ場所を探していくのは楽しかった。 「ねえ、若。あそこ見てよ。」 「ああ。あのお店、ちっとも変わってねえな。」 最初はふてくされていたバルトも、今はずいぶんと楽しそうにしている。 (よかった。) マルーは、ほっとしていた。 半ば強引にバルトを街に連れてきたのは、もちろん自分が退屈だったこともあるが、 大部分がバルトのためだった。 共和制にしたといっても、民衆はバルトが指導者になることを期待していた。 それを知っているから、なんだかんだ言いながらも、バルトは遊びもせず仕事をがんばっていた。 国を取り戻してから休みもとらず働くバルトの姿に、マルーはひそかに心配していた。 もともと、動いている方が好きなバルトである。 机に向かっているのは、ストレスがたまるに決まっていた。 (若、人に期待されたら、がんばっちゃう人だもんね。たまには、息抜きしなくちゃ。) 自分の考え通り、楽しんでいるバルトを見て、マルーはうれしかった。 散策しているうちに、雲が広がってきていた。 二人が気がついたときには、もう雲の間から雨粒が落ちてきていた。 雨はあっという間にひどくなった。 「これじゃ、帰るまでにびしょぬれになっちまう。あそこまで走れるか?」 「うん。」 二人は近くの家の軒下まで走っていった。 「走ったから、髪の毛ぐちゃぐちゃになっちゃった。」 マルーは、いつもかぶっている大きな帽子とリボンをとった。 髪の毛がふわっと広がり、少女らしい髪の匂いがバルトの鼻をくすぐる。 ハンカチを取り出し、髪から落ちる雫を押さえているマルーの姿を、いつのまにかバルトは見つめていた。 髪を下ろしたマルーは、いつもの元気な雰囲気と違い、ずいぶん女の子らしかった。 (こいつもこうしてると、ちゃんと女の子に見えるよな。) 最近、ふとした瞬間に、マルーを一人の女の子として見ている自分がいた。 ・・・その裏にある気持ちには、まだ気づいていないけれど。 マルーが、バルトの方を向いた。 「あーっ、若。」 マルーにみとれていた自分に気づかれたかと、バルトは焦った。 「なにやってるのさ。早く拭かないと風邪引いちゃうよ。」 安心して、マルーが伸ばしてきた手からハンカチを奪う。 「自分でやるよ。」 バルトは、濡れた体を拭き始めた。 (そういえば、今日はいつのまにか、俺の方がはしゃいじまったな。) マルーが心配でついて来たのに、途中からそんなことは忘れていた。 こんなにゆっくりとした時間を過ごすのは久しぶりだった。 城を出る時にあった重苦しい気持ちは、きれいさっぱり消えていた。 (ひょっとして、マルーの奴、この為に無理矢理俺を連れ出したのか?) バルトが責任や使命といったものに押し潰されそうな時は、いつもマルーが手を差し伸べ、 気持ちを楽にしてくれた。 必死に弱い気持ちを隠して、他の誰もが気づかない時でも、マルーだけはすぐ気づいてくれた。 (ほんと、マルーにはかなわねえな。) バルトの胸に暖かな気持ちが広がった。 「ありがとな。」 ハンカチを返しながら、二重の意味を込めてお礼を言う。 いつもより丁寧にお礼を言うバルトに、不思議そうな顔をしてマルーはハンカチを受け取った。 しばらく雨宿りしていたが、雨はやみそうになかった。 先程まで人があふれていた通りにも、もう人の気配はなかった。 「若、どうする?」 「うーん。困ったな。」 黙って城を出てきたから、今ごろはシグルド達が心配しているはず。 早く帰らなくてはと思うが、いい案が浮かばない。 (しょうがないな。雨の中、帰るしかないか。) そうマルーがバルトに提案しようとした時、軒先を借りていた家から傘を持ったおばさんが現れた。 「あらあら、ここで雨宿りしてるの?」 「すみません。勝手に軒先をお借りして。」 マルーが謝ると、おばさんは人のよい笑顔を浮かべた。 「別にいいのよ、ここにいても。でも、雨やみそうにないわね。傘、お貸ししましょうか?」 「いいんですか?」 「ええ。今持ってくるから、ちょっと待っててね。」 おばさんは、家の中に入っていった。 「よかったね。ここの家の人が親切で。」 「そうだな。」 雨に濡れないで帰れるのは、かなりうれしい。 思いがけない幸運を、二人は喜んでいた。 しばらくすると、おばさんが戻ってきた。 手にしている傘は二本。 「ごめんなさいね。傘、一本しか貸せないの。今から出かけなきゃならないから、こっちは私が使うし。」 最初から持っていた傘を示しながら、おばさんが爆弾発言をする。 「でも、恋人同士なら一本でいいわよね。」 「そんなんじゃねえよ!!」 「そんなんじゃありません!!」 バルトとマルーの声が、見事に重なった。 「まあまあ、仲の良いこと。」 頬を赤く染めている二人の様子に、おばさんは笑いながら言った。 「お貸しできる傘は、これだけなのよ。どうするの?」 二人は顔を見合わせた。 雨の勢いは少しも弱くなる気配はない。 観念して、マルーが言う。 「それ、貸していただけますか?」 反対方向へ出かけるおばさんと別れて、バルトとマルーは城へ向かって歩き出した。 照れくさくて、お互いにあさっての方向を見ていた。 二人は自然と無口になり、雨の音だけが静かに響く。 しばらく歩いていくと、だんだんマルーの歩みが遅くなっていった。 不思議に思ったバルトが横を向くと、ちょうどマルーがよろけたところだった。 慌ててバルトが支える。 「どうしたんだ?」 「別になんともないよ。ちょっとつまづいただけ。」 そうは言うものの、少し様子がおかしい。 ここで、やっとバルトは気がついた。 「足の怪我、痛むのか?」 あちこち訪れている間に、かなりの距離を歩いていた。 気づいてやれなかった自分を責めながら、バルトが尋ねる。 「大丈夫か?なんなら、おんぶしてやろうか?」 「大丈夫だって。平気だよ。」 マルーはまた歩き出したが、どうも足元が危なっかしい。 (まったく、意地張りやがって。) バルトは心の中でつぶやいた。 「若、なにしてるの?」 立ち止まってしまったバルトを、マルーは振り返った。 マルーは、このまま歩いていくつもりでいる。 が、そんなことはさせられないので、バルトは対策を考える。 (無理矢理背負うなんてできないし。となると・・・) 思いついたのは、実行するにはかなり勇気の要ること。つまり、かなり照れくさいこと。 (恥ずかしいよな・・・。でも、傷が悪化しちまうとまずいし。 ええい、うだうだ考えてても仕方ねえ!) 覚悟を決めたバルトは、マルーの肩に腕を回しそっと肩を抱いて、足に負担がかからないように支えた。 「ちょ、ちょっと、若。なにするのさ!」 真っ赤になったマルーが抗議する。 「いいから!このままでいろよ!」 同じく真っ赤になったバルトが、大声を出してマルーの抗議を封じた。 「つらいんだろ?無理するなよ。それに、こんなになるまで気づかなかったのは、俺の責任だから」 一気に言うと、バルトはそっぽを向き、そのまま歩き始めた。 それでも、マルーの様子を気遣い、ちらちらと視線を向ける。 歩く速度もさっきまでに比べたら、ずいぶんとゆっくりになった。 そんなバルトの態度がうれしくて、マルーはいつのまにか微笑んでいた。 ふと思いついて、バルトの肩に頭を預ける。 一瞬、バルトはビクッとしたが、なにも言わずそのまま歩きつづけた。 (たまには、こういうのもいいよね。) 普段できないことが、今日はなぜか自然とできた。 それは、夕立が優しく二人を包んでくれている為かもしれなかった。 その後、無事、城に戻った二人が、バルトは仕事をサボったことで、マルーは安静にしてなかったことで、 シグルドや爺にたっぷりお説教されたのは言うまでもない(笑) <了> |
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これは自分が雨に振られて突発的に思いついた話です。 何気ない日常のひとこま(?)を書けて楽しかったです。 この話の目標は、相合傘かな?(笑) 実は、最後が少し違う別バージョンがあったりします。気になる方はこちらからどうぞ。 ちょっと(いや、かなり?)悪ノリしてます(笑) |
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