幸せの光景


穏やかな春の陽射しが降り注ぐ午後、ファティマ城の中庭で遊ぶ二つの影があった。
まだ幼い男の子と、その彼より更に一回り小さい女の子だ。
元気に駆け回っている男の子の金髪が光を弾き、女の子の髪を結んでいるリボンが揺れている。
その光景を遠くから見つめる男性の姿があった。
男の子がその姿に気付き、大きく手を振った。
「パパ!!」
それに応えながら、男性が二人に近付いてきた。手には黒い物体を持っている。
幼い二人もすぐにその見慣れない物に気付き、不思議そうな顔をした。
「手に持っているのは何?」
「なぁに?」
男の子の言葉の後を、真似するように女の子が続けた。
「これはカメラって言うんだ。」
「カメラ?」
二人の子供の声が重なった。
「そう。これで写真を撮るんだ。」
「写真ってパパ達の部屋に置いてあるやつだよね?」
「あぁ、そうだ。」
男性が幼い二人によく見えるようにしゃがんでカメラを見せた。
二人とも興味深そうに覗き込み、恐る恐る手を伸ばして触れている。
「あっ、そのボタンには触るな。写真が撮れちゃうから。」
「は〜い。ねぇ、どこから写真が出てくるの?」
男の子は父親の手から受け取ったカメラを回転させ、あちこちから眺めた。
男の子の傍らで、女の子も同じようにカメラを見上げている。
「いや、これからは出てこねぇよ。中に入ってるフィルムってやつを現像して・・・。」
ここまで説明して、男性は面倒くさくなったようだった。
「まぁ、細かいことはいいだろ。ほら、あの花壇の前に行け。写真を撮ってやるから。」
「うん!」
男の子が女の子の手を引っ張って、花壇の前に走って行った。
男性の持つカメラに向かって、二人は硬い表情を向けた。写真を撮るのは初めてなのだ。
「そんなに緊張するなって。ほら、写真撮るぞ。笑えよ。」
ファインダー越しの二人の顔に遠い昔を思い出しながら、男性はシャッターを押した。
そのまま、俄か撮影会と化した中庭をもう一人の人物が訪れた。
「何してるの?楽しそうだね。」
「ママ!!」
二人の子供が嬉しそうに母親の元に駆けていった。母親の手を片方ずつ引っ張って
父親の元に向かいながら、口々に初めての体験の事を話す。
「あのね、パパに写真を撮ってもらってたんだ。」
「写真を?」
「うん。い〜っぱい撮ってもらったよ。」
「そう、良かったね。」
話ながら子供達と共に近付いてくる妻に、男性が手を上げた。
「よぅ、マルー。仕事は終わったのか?」
「休憩中。こんな天気の良い日に部屋に閉じ篭ってたくないじゃない?」
悪戯っぽく笑うマルーに、そんなところは昔から変わってないなとバルトは目を細めた。
かく言うバルトも、シグルドの目を盗んで抜け出してきていたのだが。
「うわ〜、懐かしい。あの時のカメラだよね?」
バルトの持つカメラに目敏く気付いて、マルーが声を上げた。
マルーの言うあの時とは、バルトの父親のエドバルトに二人揃って写真を撮って貰った時の事だ。
「あぁ。あちこち探し回ったぜ。」
いかにも大変だったというように言いながら、バルトはカメラを持ち上げてみせた。


「結局、あれが最後になっちゃったね。」
バルトからちゃっかりカメラを借りて、少し離れた所で遊んでいる子供達を眺めながら、
マルーがポツリと呟いた。
隣に座るマルーの少し悲しげな顔を眺めながら、バルトの脳裏に幼い日の思い出が蘇る。
あの時、カメラを手に入れたばかりの父親はバルトとマルーを被写体に試し撮りをしたのだ。
そして、これから何かあった毎に写真を撮ろうと笑っていた。
でも、その言葉は叶えられることはなく、カメラはバルトに発見される今日まで、
物置の奥底に仕舞われたままになっていた。
「それに、残った写真は一枚だけだし。」
その一枚は、バルトが隠しアジトの部屋に置いてあった物だ。今は二人の部屋に飾ってある。
「マルー・・・」
「でも、一枚だけでも残ってて良かったよね。」
バルトが気遣わしげに何か言う前に、マルーは寂しげな笑顔を浮かべた。
自分もそうだが、泣きたい時でも笑ってしまう悲しい強さをいつの間にか身に付けてしまっていた。
バルトはたまらなくなってマルーの肩を抱き寄せた。
マルーも素直に力強いバルトの肩に頭を預ける。
さらっとしたマルーの髪を撫でながら、バルトが言い聞かせるように言う。
「これから、たくさん写真を撮ろうな。アルバムに入りきらない位いっぱい。」
「うん。」
頷くマルーの瞳に光る物を見付け、バルトはそっと目元を拭ってやった。
そのままバルトはマルーの頬に手を滑らせ顔を近づけた。マルーも静かに目を瞑った。
カシャ
突然聞こえた音に、二人はビックリして顔を離した。そして、音のした方を振り向く。
そこには悪戯っ子の表情をして、二人の息子がカメラを持って立っていた。
「パパとママはいつまでたってもラブラブだね。」
「らぶらぶだね〜。」
意味が分かっているのかいないのか、娘も兄の言葉の後を続ける。
最近、この女の子は大好きなお兄ちゃんの言葉を真似るのがお気に入りだった。
「こら!お前は何撮ってんだ。」
バルトは顔を赤くしながら、カメラを取り返そうと息子を追いかけて行った。
笑い声を上げながら子供達は逃げ回る。それにとうとう追いついたバルトは、
そのまま子供達と子犬のようにじゃれ合う。
その光景を眺めながら、マルーは先程とは違う暖かい幸せな気持ちに包まれていた。
この優しい時間がずっと続くようにと、心の中で祈る。そんなマルーを三人が振り返った。
「マルー、こっち来いよ。」
「ママ、みんなで写真を撮ろう。」
手を振る三人の姿に、マルーは眩しそうに目を細めた。
「うん。今、行く!!」
立ちあがってスカートを払ってから、マルーは悲しい時を経てようやく手に入れた
大切な家族の元へ歩き出したのだった。



オマケ


「そういえば、一つ疑問なんだよね。」
その日の夜、自室に戻ったマルーが額に入っている写真を見て呟いた。
マルーの手の中にあるよれよれになった写真では、まだ幼いバルトとマルーが少しこわばっているけど、
嬉しそうな笑顔で並んで写っている。
「何が疑問なんだ?」
バルトはソファーに座って書類を読んでいたが、それを中断してマルーの方にやってきた。
「あのね、どうしてこれは無事だったのかな?隠しアジトはあの戦いで壊滅しちゃったでしょ?」
マルーが傍らのバルトを見上げたら、バルトは何気なく視線を逸らしたようだった。
「さぁ、知らねぇな。」
そのまま、バルトはソファーの方へ戻って行く。
「バルト、何か知ってるでしょ?そういえば、これはバルトが持ってきたんだよね。」
バルトの様子を不審に思って、マルーは彼を追いかけ隣にちょこんと座った。
「知らねぇよ。」
素知らぬ振りで書類をめくっているが、バルトの頬が微かに赤く染まっているのに、
マルーはちゃんと気が付いていた。
「嘘。何か隠してる。白状しなさい。」
腰に手を当ててずいっと迫ってくる妻に、バルトは押され気味だ。
しかし、真相を話す訳にはいかない。必死にごまかす。
「知らねぇって言ってるだろ。・・・そうだ、シグに聞かなきゃいけないことがあったんだった。」
そう言いながらバルトは書類を持って立ちあがり、ドアの方に向かった。
「今は見逃してあげるけど、帰ってきたら覚悟しといてよね。」
後ろから投げかけられたマルーの言葉に、バルトは苦笑しながら書類を持った手を振って応え
部屋を出た。ドアを閉めて、どうしたもんかと頭を悩ませる。
(マルーを救出に向かう前から、ずっとお守り代わりに持ち歩いてたからあの写真は無事だったんだ・・・
 なんて、絶対言えねぇよ!!)
マルーをごまかすのにどうしたら良いかと考えながら、とりあえず辻褄を合わせる為に、
バルトはシグルドの元に向かったのだった。


<了>




私が書いた話で、一番未来の話です。たぶん、これより先の話は書かないでしょう(笑)
カメラはゼノの世界ではかなり珍しい物として書いています。
最初、バルトとマルーの小さい頃?と騙そうと頑張ったんですが、途中で挫折しました(笑)
オマケは、バルトらしくない気もするけど、そんな行動をしてたら面白いよな〜と思いながら
書いてました。



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