Last Snow


耳に伝わるサクサクという小さな音と、
地面に足を着く度に伝わる感触に笑みが浮かんだ。
自然に足取りも軽くなっていく。
いつもなら首をすくめてしまう息の白さも、
今夜は少しも気にならなかった。
月の光が全てのモノを白く浮き上がらせている中、
闇よりも暗い影を落としている建物から遠ざかる。
『まだモンスターも出るし、一人で出歩くな。』
心配性の従兄が告げた言葉が一瞬だけ頭の中に浮かんだけれど、
すぐに消えた。
今宵は満月。
窓の外にぽっかりと浮かんだ月と、その光を反射して淡く輝く雪に触れたくて、
当分の住居と決まった屋敷をこっそりと抜け出した。
昔、従兄とイタズラを仕掛けた時に感じたワクワクする気持ちを思い出し、
なんだ楽しくなってくる。
まるでスキップをしているかのように歩いた。
屋敷の裏手にある丘を登って行く。斜面はそんなにきつくない。
丘の中程まで来て、雪の中に両手を広げて飛び込んでみた。
手袋をつけてこなかった両手と顔の右半分に、
冷たい感触が伝わりすぐに体温に馴染んだ。
ゆっくりと手を握ってその中に雪を閉じ込めて、そっと瞼を閉じる。
手の中の雪が徐々に形を無くしていくのを感じた。


一人、真夜中にこんなバカな事をしているのも。
見れると思っていなかった雪景色のニサンを見れて、
その事だけはデウスに感謝してもいいかなと考えるピントのずれた頭も。
全てはこの夜の雰囲気の所為。
そう、これはきっと     .



ノ 満 セ ラ レ テ マ ッ タ ノ



すぐにアイツを呼び止められなかったのも。
らしくないアイツを見ることができて、
本当にらしくないことをつい口走ってしまった自分も。
全てはこの夜の雰囲気の所為。
そう、これはきっと     .


何故か眠れなくて寝返りを打った。
カーテンを閉めていなかった窓が目に入り、
それが夜空に輝く満月の所為だと知った。
窓から差し込む光は部屋の中を白く染め上げていた。
一瞬、顔をしかめてから安眠を享受する為に、
カーテンを閉めようと窓に近寄った。
そして、屋敷の裏手にある丘を臨む窓の外に見慣れた影を見つけた。
こんな時間に何やってんだ?!
一瞬だけ怒りと心配を同時に感じ、
すぐに目の前に広がる光景に心を奪われる。
月の光が煌々と照らす中、軽やかに小さな影が丘を登って行く。
白い光の中に浮かぶ姿はとても幻想的で。
ここから微かに見える従妹の横顔もいつもの幼さは微塵もなく大人びて見え、
それも現実だとは思えない理由だった。
その時、月に祈りを捧げるかのように影が大きく手を広げ、
一瞬のうちに消えた。
いきなり夢の終わりを突きつけられたように、呆然と立ちつくす。
一拍置いて彼女が雪の中に倒れたのだと気づき、はじかれたように動き出す。
自分に与えられた部屋が一階にあったのを幸いに、
窓枠を蹴って部屋から外へ飛び出し雪の中を走った。





誰かが走ってくる振動を直に触れている雪面から感じて、マルーは眼を開けた。
立ち上がろうかと頭の片隅でちらりと考え、すぐに再び瞼を閉じた。
やって来るのが誰なのか、何よりも馴染んだ気配で分かったのだ。
「マルーっ!!」
バルトは前方に横たわる影に向かって呼びかけながら、全速で走った。
全然反応のない従妹に、これ以上にない焦りを感じる。
雪を蹴散らしながら、きっと自分の最高新記録であろうスピードで丘を駆け上がり、
マルーの下に辿り着いた。
「おい、マルー!しっかりしろ!」
息を整える間もなく慌てて華奢な身体を抱きかかえ、人肌よりだいぶ冷たすぎる頬を叩いた。
「・・・痛いなぁ。」
焦りがにじむバルトの声とは対照的に、どことなく呑気な声をだしながらマルーは渋々と瞼を上げた。
本当はもう少し雪に触れていたかったけれど、従兄の声がいつになく切羽詰っているのを感じて
諦める事にした。
澄んだ蒼い双眸が同じ色の、但しこちらは一つしかない瞳と視線を合わせた。
「心配した?」
どことなく面白がっているようなマルーの顔に、バルトは思いっきりムスッとした表情を
その整った容貌に浮かべた。
「当然だろ!!」
バルトはそれまで大事に抱えていた従妹の身体を雪の上に放り出した。
「いきなり何すんのさ〜!」
予想していなかったバルトの行動に、マルーは雪の上から抗議の声を上げた。
「お前が悪いんだろうが!余計な心配かけやがって!雪でも被って頭を冷やせ!!」
そのままふんっとそっぽを向いてしまった従兄に気づかれないよう、マルーは小さな溜め息を
もらした。
「・・・失敗したなぁ。」
ポツリと呟いた声が気になって、バルトは傍らで未だに寝転んだままの少女を見下ろした。
「起きてる人がいるなんて思わなかったんだ。心配かけちゃって、ごめんね。」
真っ直ぐに見つめてくる蒼い瞳に、それ以上責める事はできなくてふぅっと息を漏らした。
バルトはマルーの隣に座り込み、彼女の頭をぽんぽんと撫でた。
「別に何もなかったから良いけどよ。今度からこんな時間に一人で出歩くな。
 俺だってこれからは傍にいねぇんだからさ。」
間近に迫った別れを感じさせる言葉に、マルーはバルトから目を逸らした。
どうしても寂しさが浮かんでしまう瞳を彼に見られたくはなかった。
終わりが来るとは思えなかったデウスとの戦いもどうにか終結し、世界はこれから復興に向けて
立ち上がろうとしている所だった。
自分にはニサンで、従兄にはアヴェで、皆の生活を元通りに戻す為の重い責務が待っている。
まだ完全に安全が戻った訳ではないからと、彼は何よりも先に自分をニサンに送り届けてくれた。
そんな事をしている暇はないのにという自分に、ニサンの現状を見ておきたいからちょうど良いんだと
笑ってくれた。
それだけでも感謝してもしきれないのに。
彼を引き止めたがっている自分がいた。
一緒にいる事に慣れてしまって別れが辛いから。
一人だと大きな不安に飲み込まれてしまいそうだから。
顔を出した弱い自分に、マルーは密かに重い溜め息を吐いた。
「・・・そういえば、こんな夜中にどうして外に出てきたんだ?」
急に黙り込んでしまったマルーに気遣わしげな視線を向けながら、バルトが訊ねた。
「ただ雪に触りたかっただけ。」
静かに告げたマルーがそれ以上続けようとしないのに、バルトが怪訝な表情を浮かべる。
「それだけか?」
「うん、それだけ。」
「本当かよ?」
「ホント。」
「本当に本当か?」
「ホントだってば。・・・若、くどいよ。」
何度も訊ねるバルトに、マルーが苦笑を浮かべた。
夜空に浮かぶ月に誘われるように外に出て、淡く輝く雪を見て触ってみたいなと思った。
それだけの理由でこの丘を登ってきただけで、なんで雪に触りたくなったのかなんて説明できない。
だから、さっき従兄に告げた以上の答えはなかった。
「・・・まぁ、いいけどよ。とにかく帰るぞ。風邪ひいちまう。」
未だに歯にモノがつまったような顔をバルトはしていたが、どうにかこうにか疑問を抑えて
そう提案した。
慌てて飛び出してきた所為で上着も着ておらず、この寒さは身にしみていた。
バルトは勢いをつけて立ち上がり、身体についた雪を払ってから未だに横たわったままの従妹に
顔を向けた。
「起こしてくれる?」
「・・・甘えん坊。」
両手を差し出すマルーの姿に、バルトは瞳を一瞬だけ大きくしてからボソリと呟いた。
「いいでしょ?」
「しょうがねぇなぁ。」
バルトはねだる様な表情のマルーに苦笑を浮かべ、雪によってひんやりとした華奢な両手を握った。
さして力を入れる必要もなく、少女の軽い身体をバルトは引っ張り上げた。
「マ、マルー?」
手を放そうとしたら逆にマルーに抱きつかれて、バルトが素っ頓狂な声を出した。
それに怯む事なくマルーはぎゅっとしがみついたままで、どうしたらいいかバルトは
途方にくれてしまう。
ぎこちなく腕を動かして細い背中を抱き締めると、腕の中のマルーは大きく息を吐いたようだった。
「・・・雪、溶けなければいいのにね。」
注意を払っていなければ聞き取れないような小さな声で呟かれた言葉に、一瞬だけ考えてバルトは
敢えて軽く返す。
「俺は寒いからやだぞ。」
「若って昔から寒がりだったよね。」
明るい笑い声を上げた少女にホッとしながら、バルトはわざと拗ねたような声を出した。
「・・・海の男だから、寒さにゃ弱いんだよ。」
クスクスと小さく笑った後、マルーは声のトーンをいきなり低くした。
「ボクは寒くても構わないよ。
 雪が溶けたら、今は隠れているモノが目の当たりになっちゃう。
 きっと、みんなもっと傷つくよ。」
今でさえ失ったモノの大きさに愕然としているのに、この雪が溶けて今まで覆い隠されていたモノが
露わになったら、一体どうなってしまうのだろうか?
ようやく新しい一歩を踏み出そうとしている所なのに。
溶けかけの雪は現状を更に酷く、惨めに見せるだろう。
顔を上げて前を向き始めた人々の出鼻を挫いてしまうような、そんな気がしていた。
「ボクはそんなのは見たくない・・・。」
消え入りそうな声で話すマルーに、バルトは密かに眉を寄せた。
いつだって前向きなマルーに励まされていたのは自分だったのに。
でも、こんなマルーも本当なのかもしれないとふと思った。
誰だって弱い心を持っていて、マルーはそれを見せずに笑える強さを持っていて。
けれど、少し疲れているのかもしれなかった。
弱気な心を自分に見せてしまう位には。
「けど、雪はいつかは溶けちまうもんだ。時間を止める訳にはいかねぇし。」
静かにバルトは話し出した。
自分に弱音を言うマルーをどこか嬉しく感じながら、いつも彼女に貰っている勇気を返すような
気持ちで。
「でも、大丈夫さ。ヒトってそんなに弱くねぇよ。
 この雪が想い出になる頃には笑えるようになってるさ。」
バルトは自分の腕の中で俯いたままのマルーの栗色の頭を見下ろした。
「それに、そうなるようにしなきゃな。それが俺達の役目だろ?」
「・・・自信ないよ。」
ポツリと小さく呟くマルーの頭を、バルトは優しくあやすように撫ぜた。
「お前なら大丈夫さ。」
「どうして?ボクは大丈夫なんて思えないよ。
 若はみんなから選ばれた大統領だけど、ボクは単に大教母の家系に生まれただけでっ!」
今まで心の奥底に閉じ込めていた想いを吐き出すように、マルーはバルトを見上げながら訴えた。
「それ、皆が聞いたら怒るぞ。
 大教母だからってだけで、皆がお前についてきたと思うか?」
バルトが静かな瞳で訊ねると、再びマルーは俯いてしまった。
「ともかく、お前が自分を信じられねぇってなら俺を信じろよ。
 俺ははちゃめちゃな事をしても、嘘だけはつかねぇ。」
「はちゃめちゃって・・・。」
「自分でも自覚はあるさ、一応な。」
悪びれるでもなくそう言うバルトに、自分の行動を改める気配が全然ないのがおかしくて
マルーがぷっと吹き出した。
「ようやく笑ったな。そうやっていつも笑ってろよ。
 お前が笑ってるだけで、元気になれる奴もいるんだし。」
「え?誰のコト?」
笑い声を上げたマルーに安心してつい本音をもらしたバルトは、彼女の不思議そうな問いに慌てた。
「そ、それはだな・・・。み、皆だ、皆。」
「そうかなぁ。」
「そうなんだよ。」
納得のいかないマルーに言い含めるようにそう言うと、バルトは強引に話題を逸らした。
「まぁさ、気楽にやろうぜ。
 どうせデウスにめちゃめちゃにされてるんだ。
 俺達がちょっとぐらいヘマしたって変わりねぇよ。」
「若ってば!・・・でも、そうだね。」
あっけらかんと言うバルトに、マルーはなんだか深刻に考えてもしょうがない気になった。
前向きな考え方に若らしいなぁと妙に納得できて。
とりあえず、できる事からやっていけば良いかと思える自分がいた。
「若、ありがとね。」
憂いのない可愛らしい笑顔を真っ向から向けられて、バルトはしばし見惚れてからマルーを放した。
「・・・ほら、帰るぞ。」
照れくさそうに視線を逸らして、けれど自分の手を握って歩き出した従兄に、マルーは微かに
笑みを零した。
2人分の足音が響く中、バルトがふと呟いた。
「なぁ、マルー。この雪が想い出になる頃に・・・。まぁ、いいや。」
「なに?」
「やっぱりいい。」
「何でさ?気になるじゃないか。途中で止めちゃうなんて。」
「・・・じゃあ、お前がニサンを立て直したら教えてやるよ。」
「何それ〜?」
不服そうな声を上げるマルーに、バルトがとぼけた表情を見せた。
「ご褒美があると思った方が、頑張れるだろ?」
「ボク、ご褒美につられるような子供じゃないんだけど。」
「ふ〜ん、じゃあ聞きたくないんだな?」
そう言われてマルーはうっと詰まった。
「・・・聞きたい。」
渋々と悔しそうに答えたマルーに、今度はバルトが吹き出した。
「もうっ!一体、何なのさ?!
 ぜ〜ったいすぐにニサンを立て直して、若のトコに聞きに行ってやるんだからっ!」
「・・・そいつは困るな。」
「え?」
「な〜んでもねぇ。こっちの話。」
「変な若。」
マルーは軽く肩を竦めると、ふと立ち止まって後ろを振り返った。
「マルー?」
「この景色を最後にもう一度よく見ておこうと思って。」
「そうだな。」
マルーの言葉にバルトも立ち止まり、月明かりの景色を眺めた。
最初で最後のニサンの雪景色を、目に焼き付けるように。
そして、バルトはこの雪に誓うように、マルーに聞こえない小さな声で呟いた。


この雪が想い出になる頃、ニサンに来るよ。
マルーを貰いにな     .


<了>




今年の2月ぐらいに雪が降った時に思いついた話。
だらだらと書き続けてもう7月、思いっきり季節外れな話になってしまいました(苦笑)
この話では珍しくマルーが弱気です。
なんかマルーらしくない感じもするんですが、人間いつも前向きではいられないかなと。
若はいつだって前向きな気もしますけどね(笑)
レイアウト、変わったのにしたいなとこんな風になったんですが、読みにくかったらすみません〜。



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