「海が見たいな。」
それはめったに我が侭を言わないマルーの、我が侭とも言えない願い事だった     .


希望が打ち寄せる海で


バルトが運転するバギーが止まってすぐ、マルーは海に向かって駆け出して行った。
「おい、危ねぇ・・・って、聞いちゃいねぇな。」
苦笑するバルトの視線の先に、脱いだ靴を片手に海に入っていくマルーが映った。
子供のようにはしゃぐマルーに、バルトの苦笑が優しい微笑みに変わっていく。
まだ運転席に座ったままのバルトを振り返り、マルーが眩しい位の笑みと共に、
元気良く手を振った。
「若もこっちおいでよ!!」
一瞬、目を細めてからバルトも勢い良くバギーから降り立った。
ゆっくりと大股に、バルトはマルーの傍へと歩いて行った。
波打ち際で、マルーは寄せては返す波と追いかけっこをしているようだった。
二人の間を少し冷たい風が吹きぬけて行く。
「あっ!!」
通りすがりにイタズラ心を出したのか、風がマルーのトレードマークになっている、
優しいオレンジ色の帽子を攫って行った。
青空をバッグに吹き上げられた帽子が鮮やかに見えるのに心奪われて、
マルーは帽子を追いかける事を忘れた。
風に乗って飛ばされていく帽子が、長身のバルトの頭上をも越えて行こうとしていた。
「よっ!」
帽子を追いかけていたマルーの瞳が、従兄がジャンプして帽子を風から奪い返したのを
映した。
我に返って、お気に入りの帽子が無くならなかった事に、マルーはホッと安堵の溜め息を
漏らした。
「ほら、気を付けろよ。」
マルーの前までやって来たバルトが、小柄な従妹の頭の上にポスンと帽子を被せた。
マルーは目の下にまでずり落ちてきた帽子を直しながら、バルトを見上げた。
「ありがと。」
嬉しそうなマルーの笑みに一瞬見惚れて、バルトは慌てて視線を逸らした。
頬が赤く染まったのに、マルーが気が付かないようにと密かに願いながら。
逸らしたバルトの視線の先に、雄大な海が広がる。
同じリズムで打ち寄せる波に、心が洗われていく気がした。
「そういや、どうして海に来たかったんだ?」
視線を目の前の従妹に戻して、バルトはここまでの道中疑問だった事を口にした。
世界はようやくデウスの支配から解放された所だった。
辛うじて無事に残った雪原アジトで、日々これからの復興の道のりを模索していた。
そして、どうにか当面の予定が立った今、各地に散って行く為にそれぞれが
準備をしていた。
そんな中、マルーがふともらした言葉を叶える為に、海へ来た。
バルト自身、細々とした準備が面倒になった所だったので、まさに渡りに船だったのだが。
けれど、マルーが自分と同じく準備がイヤになったとは思えなくて、マルーの口調に
妙に切実な響きを感じて、ずっと不思議だった。
ここに来るまでのマルーは張り詰めて見えて、なんだか声をかける事が出来なかった。
海に触れてはしゃいで心がほぐれたのか、やっと笑顔を見せたマルーに聞くのは
今だと思った。
「っんとね、確認したかったんだ。」
疑問と共に少し心配の色を浮かべるバルトの瞳に、マルーは軽く微笑んで見せた。
「この惑星<ほし>はまだ生きてる、大丈夫だって。」
これまで穏やかな生活を送っていた故郷は、元の面影がない程デウスによって破壊された。
それは世界中のどこを見ても同じ。
見通しのつかない未来に、心がくじけそうになるのは簡単だった。
その中で、自分を奮い立たせる為に、以前と変わらぬ様子を見せる物はないかと探した。
そして、思いついたのが海だった。
何気なくもらした言葉を、従兄はちゃんと聞いていて、ここに連れて来てくれた。
ホントは少し迷った。こんな事をしている場合ではないと、充分分かっていたから。
だけど、連れて来て貰って正解だったと今は思う。
海はデウスなど存在しなかったように、ゆったりと波を打ち寄せていた。
波が打ち寄せるのは、この惑星<ほし>が生きている証だと、どこかで聞いた事がある。
そう、まだこの惑星<ほし>が死んでしまった訳ではないのだ。
自分達が頑張れば、いくらでも明るい未来を築いていく事は出来る。
海を見て、元気を、勇気を貰った。
そして、この海を従兄と一緒に見る事が出来たのが、何より嬉しかった。
「そっか。・・・そうだよな。」
マルーの言葉に含まれる意味を敏感に感じ取って、バルトはまた海へと視線を向けた。
ここの所、心を覆っていた重苦しい物を取り払われた気がした。
本当に久し振りに、清々しい気分になる。
「ねぇ、若。頑張ろうね。」
マルーもすっきりとした顔で笑っていた。
「そして、復興が一段落したら、またこの海を見に来ようね!」
差し出されたマルーの小指に、少々照れくさい物を感じながら、バルトも小指も絡めた。
いつも変わらぬ表情を見せてくれる海に、また帰って来る事を誓う。
未来がどうなるのかはまだ分からない。
けれど、この約束が叶えられる日はすぐ来ると、二人はなんの疑いもなく
信じられたのだった。


<了>




はちすさんのリクエストで描かれたエマリッジ真恋さんのイラスト(エマリッジ真恋さんの
HPへはこちらからどうぞ!)を拝見して、浮かんできた話です。
イメージをぶち壊してますが(苦笑)
この話の中にある「波があるのはこの惑星<ほし>が生きている証。」という言葉は、
とある少女漫画にでてきたセリフから取りました。
ふとこの漫画を読み直して、このセリフに心打たれたので。



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