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勢いよくカーテンが開く音と共に、快斗が寝ている天蓋付きの豪勢なベッドにも眩しい朝の光が 届いた。 「殿下、起きて下さい!」 そう言いながら近づいてくる人物には部屋に入ってきた時から気づいていたけれど、快斗はわざと 寝ている振りを続けている。 「ねみぃ。あとちょっと・・・。」 「ダメです。食堂で王妃様達がお待ちなんですから。」 「んー、じゃあ青子がキスしてくれたら起きる。」 「っ!?」 絶句してしまった快斗付きの侍女という事になっている彼女、青子がどんな顔をしているか想像して、 もぞもぞと布団の中に潜り込みながら快斗はくすりと笑みを漏らした。 「ふ、ふざけないで下さいっ!」 「ふざけてねーよ。青子がキスしてくれなきゃ起きねーから。」 顔を真っ赤にしながら抗議する青子に返答する声は楽しそうな響きが含まれていて、 快斗が寝ぼけている訳ではないと青子にも分かる。 腕を組みながら、どうしてくれようかと青子は考えを巡らせた。 「ほらほら、オレが起きねーと困るんじゃねーの?」 「もうっ!」 快斗が能天気な声で促すと、青子は大きく溜め息をついてベッドに軽く腰掛けた。 頭まで被っていた布団がめくられて、快斗の頬に当てられた手がそっと快斗の顔を仰向かせた。 「・・・ってぇ!!」 そのまま唇に柔らかな感触が下りてくる事を微塵も疑っていなかった快斗は、思いっきり頬っぺたを つねられて声を上げて飛び起きた。 「目は覚めました?寝ぼすけ王子様!」 涙目になりながら頬を擦っている快斗に、青子がにっこりと笑いかける。 「ひっでーの。」 「殿下が変なコトを言うからでしょう?」 恨みがましい視線を送ってくる快斗をものともせず、さっさとベッドから立ち上がった青子は寝室と 一続きになっている部屋へと姿を消した。 それほど待つまでもなく、一室丸々が衣装で占められているその部屋から、青子が今日の快斗の 衣装を持って来る。 「殿下、早く着替えて下さい。」 ベッドの脇のテーブルに衣装を置いた青子が快斗を促すと、ベッドに座り込んでいる快斗は 不服そうな表情を浮かべていた。 「殿下?・・・きゃっ!」 軽く首を傾げながら快斗へと近づいた青子の視界がぐるっと回った。 すぐに視界に現れた快斗の顔と背中に感じるふわふわと心地良い感触に、ベッドに押し倒されたのだ と分かる。 「ちょっ・・快斗!いきなり何するのよ!」 「ようやく快斗って呼んだな。」 快斗があたふたとしている青子を見下ろしながら、イタズラが成功した子供のように嬉しそうに笑う。 その言葉に青子はあっと口を押さえた。 出会った時から名前で呼んでいたから、咄嗟の時にはつい快斗と呼んでしまうし、敬語もどこかに 飛んでいってしまう。 「ごめんなさい。」 バツが悪そうに謝る青子に、上機嫌に笑っていた快斗の顔が不満気なモノに変わる。 「なんで謝んだよ?名前で呼んでいいし、敬語なんて使うなって言ったはずだぞ。」 「でも、あお・・私は侍女として雇われたんですから。」 かたくなに首を振る青子に、快斗はふぅっと大きく息を吐き出した。 「それは最初だけだろ?青子には侍女じゃなくて、オレの嫁さんになって欲しいって 言ってるだろーが。」 「そうだけど・・・了承してないもん。」 不意に真剣な色をのせた快斗の視線に耐え切れず、微かに頬を染めながら青子は顔を背けた。 これまで何回も繰り返された拒絶の言葉に、快斗はがっくりと肩を落とした。 青子には街にお忍びで出掛けていた時に出会った。 太陽のように心をほかほかと温めてくれる青子の笑顔に一目惚れして、度々城を抜け出して 彼女に会いに行き徐々に距離を縮めていった。 そして、何かの話の時に職を探していると青子が漏らしたのを聞き、策略を巡らして 快斗付きの侍女として青子を雇ったのだ。 最初、ただの遊び人だと思っていた快斗が自国の跡継ぎの王子であると知って青子は驚いていた けれど、侍女としての礼節を弁えながらも青子は変わらぬ笑顔を向けてくれた。 王太子妃の地位を狙って近づいてくる貴族の娘達にうんざりしていた快斗に、その笑顔は 春の木漏れ日のような安らぎを与えてくれた。 媚びたりしないでありのままの快斗に接してくれる青子に惚れ直し、生涯の伴侶は青子しかいないと 決心した快斗は、庶民である青子とどうにか結婚できるように裏で手を回した。 始めは渋っていた両親も青子の人柄を知ってからは応援してくれたし、頭の固い重臣達もちゃんと 政務を行うからと説得して(これまで快斗は真面目に責務を果たしておらず、重臣達の頭痛の種に なっていたのだ)、その言葉通りにきちんと王子としての勤めを果たす快斗の姿を見て重臣達も 結婚を認めてくれた。 そうやって万難を排して晴れて青子にプロポーズして、後はバラ色の人生が待っていると快斗は 信じていたのに。 どうした訳か、肝心の青子の了承がもらえずにいた。 もう何回プロポーズをしたか分からない。 そっぽを向いたままの青子を見下ろしながら、快斗は切なげに溜め息をついた。 「なぁ、そんなにオレの事が嫌いなのかよ?」 意気消沈した快斗の声に、青子が慌てて視線を快斗に戻した。 「嫌いじゃないよ!」 「それだけ?」 真摯な表情で真っ直ぐに見つめてくる快斗に、意地っ張りな青子もウソはつけなかった。 「・・・好き、だけど。」 小さな声でぼそぼそと呟いた青子に、快斗はホッと胸を撫で下ろした。 そう、ここが重要だけれど、ちゃんと青子とは想いが通じているのだ。 なのに、強情にプロポーズを断り続ける青子の気持ちが、快斗にはさっぱり分からなかった。 「じゃあ、なんでオレと結婚してくれねーんだよ?」 訝しげな表情を浮かべながら訊ねる快斗に、青子の唇は閉ざされたままだ。 そんな青子に何とか了承してもらえるよう快斗は言葉を重ねた。 「オレと結婚したらこうやって働かなくてもいいし、豪勢な暮らしが出来るんだぞ? 身分の事なんてオレは気にしねーし。それで文句を言うヤツがいても、絶対守るから。 いつまでも意地張って侍女なんてやってんなよ。」 「・・・そんなんじゃないよ。」 的外れな事ばかり言う快斗に、やっぱり分かってないと青子は哀しくなってしまった。 切なげな眼差しで見上げてくる青子に、快斗の胸が締め付けられる。 「んな顔すんなよ。」 未だに組み敷いたままの青子の額に快斗はそっと唇を落とした。 「オメーにそんな顔されると、すっげー困るんだけど。」 囁きながら次々と顔中に優しく落とされる羽のような感触に、くすぐったそうに青子が身を捩る。 それをぎゅっと抱き締めて押さえると、快斗は最後に青子の柔らかな唇にキスを落とした。 鈍感だけれど、こうして優しく青子を包んでくれる快斗の事がやっぱり好きだと青子は思う。 快斗の腕の中は心地良すぎて、何もかも預けて甘えたくなってしまう。 そうして、快斗の優しくて甘いキスに酔っていた青子は、快斗の不埒な手がスカートの裾から 忍び込もうとしたのに我に返った。 「か、快斗!」 「止めらんねぇ。」 快斗を押し戻そうとした青子の手を難なく左手1本で押さえ込む。 往生際悪くジタバタと暴れる青子の抵抗を奪うように、再び唇を重ねて深いキスを与えて。 大人しくなった青子に気を良くして、快斗が彼女の服を脱がそうと手を伸ばした時。 「バ快斗のえっち!すけべ!変態!何考えてるのよ〜〜〜っ!!」 遠くから聞こえてきた声に、既に朝食を済ませてお茶を飲んでいた黒羽王国の王妃は楽しげに 呟いた。 「あらあら、今日も朝から元気ね。」 毎日朝になると、いや昼も夜も問わずに、飽きもしないで繰り返される騒動に、城中の人間は 慣れっこになっていてちょっとやそっとの事では動じない。 今日の喧嘩はいつもよりちょっと激しいだろうかなんて思いながら、王妃の正面に座って同じく 食後のお茶を飲んでいた国王は苦笑を浮かべた。 「それにしても、疑問なんだがね。」 「何かしら?」 「どうして青子ちゃんは快斗の求婚を断り続けてるんだい?」 国王の言葉を聞いて王妃は意外そうに少し目を大きくした。 「あら、分からないの?」 「女性の心は永遠の神秘だからね。」 素直に降参と両手を軽く挙げてみせた国王に、王妃がしょうがないわねと軽く息を吐いてから 解説を始めた。 「快斗は青子ちゃんを大事にしすぎなのよ。」 「・・・それがいけないのかい?」 しばらく考えた後、不思議そうに訊ねた国王に王妃はちょっと肩をすくめた。 「いけなくはないけど。何の後ろ盾もない青子ちゃんが王室に嫁ぐなんて、色々と大変な事も あるでしょうし、快斗が守ってあげないとね。でも、快斗は過保護なのよ。」 「確かに。」 王妃の言葉に青子が城にやって来てからの快斗の様子を思い返して、国王は深く頷いた。 重い物は持たせないから始まり、甲斐甲斐しく青子の世話を焼いている姿に、息子のあまりの 変貌振りにちょっと感慨を覚えたモノだ。 もっとも、そういう時はいつも以上に快斗の口も悪くなるから、しょっちゅう口喧嘩をしていた。 だから、青子はその意味を分かってないように思っていたけれど、快斗の言動の裏にある気持ちは ちゃんと通じていた訳だ。 「今のままだと、結婚したらそれこそ大切に仕舞い込んで外の風にも当てない、なんて事に なりかねないわ。でも、結婚は守ってもらう為ではなく、共に歩いていく為にするものでしょう?」 「そうだな。」 「快斗の中で自分の存在がどういうものか、きっと青子ちゃんは分からなくなっているのよ。 今の快斗ってばお気に入りの玩具が手に入らなくて、ムキになってる子供みたいだもの。」 「それは言い過ぎじゃないかい?」 青子をお気に入りの玩具だと思っているのでは、対等に扱っていないという事になる。 けれど、間近で快斗達を見てきた国王には、そうは思えなかった。 いつだったか2人で酒を飲んでいた時に、何があっても笑顔を絶やさない青子の強さは 尊敬していると、快斗は優しい眼差しを浮かべながら話していた。 「だから、青子ちゃんにそう思われちゃってるのが問題なのよ。 好きだ〜とか簡単に言っちゃうくせに、肝心の気持ちを伝えられないなんて、 我が息子ながら情けないわ。」 「まぁ、ああ見えて快斗も照れ屋だからね。」 国王がそれとなくフォローを入れるけれど、王妃はあっさりと切って捨てる。 「照れ屋じゃなくて、変なトコロでカッコつけなのよ。 あの調子じゃ青子ちゃんが未だに侍女を続けてる理由なんて、分かってないんじゃないかしら?」 「理由か・・・。」 口髭に手をやりながらしばし考え込んだ国王は、今までの王妃の言葉を総合して答えを導いた。 「少しでも快斗の役に立ちたいという気持ちの表れ、という事かな?」 「もちろんよ。」 何を今更というような王妃に国王としては苦笑を浮かべるしかなかった。 「まったくバカ息子なんだから。」 「快斗に随分と手厳しいね。君は青子ちゃんの応援団という訳かい?」 「そうよ。女の子はいつだって恋に一生懸命なんだから。 応援してあげないと可哀想じゃない?」 「・・・男だって一生懸命なんだけどね。」 ぼそりと呟かれた国王の言葉は、王妃には黙殺されてしまったらしい。 「早く孫の顔が見たいのに、一体いつになるのかしらね。」 未だに遠くから聞こえてくる喧騒に耳を澄まして、はぁっと溜め息をつく王妃の前で。 父さんはお前の味方だぞ〜と国王は心の中でこそっと息子にエールを送っていた。 いつになったら黒羽王国王太子の結婚式が行われるのか、 それは神様だけが知っている、・・・かもしれない。 <了> |
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快斗が王子というご希望だったので、そういう設定で書いてみました。最初、リクエストを頂いた時に 大変そうだな〜と思ったんですが、ネタを考えていたらすいすいと浮かんできました(笑) シンデレラ・ストーリーを全部書いてたら長くなっちゃうので、ワンシーンだけになってしまい、 ちょっと中途半端で申し訳ないです。ちなみに、この話の前後は全然考えてません(苦笑) でも、金持ちのぼんぼんな快斗(笑)は書いていてとても楽しかったです♪ いつもは青子ちゃんが分かってない事が多いので、その逆パターンも新鮮でした。 あと、プロポーズを断られ続けてる快斗も(笑) 黒羽夫妻は初書きだったんですが、やっぱり盗一さんがいても快斗ママは最強でしたv それでは、リクエストありがとうございましたv |
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