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今度の盗みの理由は簡単。 落し物と太陽の笑顔を取り戻すため。 そう決めて仕事に行った、夏の終わりの一夜。 センチメンタルな気分になったのは、きっと。 それが彼の人が遺した品だったというのと。 思いがけない気持ちが嬉しかったから |
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中森銀三は捜査から戻り重い足取りで警視庁捜査2課の自分の机に向かっていた。 彼が長年追いかけ続けている怪盗キッドが大阪湾に消えてから早1週間。 キッドの生死は未だにはっきりとは確認できていなかった。 何故、こんな曖昧な言い方になるかというと、あのメモリーズ・エッグを巡る一連の事件の中で、 捜査1課のキザったらしい若手警部の偽者が出たのだ。 周囲にいる誰もが気づかなかった見事な変装の主は怪盗キッド以外には考えられず、上層部はキッド健在と 判断したようだった。 中森としては大いに不満だったのだが、大阪府警に設置されたキッド捜索チームも大幅に縮小され、 中森自身も違う事件の捜査に駆り出された。 次の予告状が届くまで、警部1人を遊ばせておくほど警視庁は暇ではないという事らしい。 けれど、と中森は思う。 あれ以降、キッドの姿を見た者はいないではないかと。 状況証拠からして白鳥に化けていたのはキッドだとは思うが、キッドの姿をこの目で確かめない限りは、 あの怪盗が生きているとは信じられない。 (まぁ、奴は神出鬼没の怪盗。あっさり死ぬとは思えんがな。) 首を振って物思いを振り払うと、中森は捜査2課へと続くドアを開けた。 「あれ?」 その途端、素っ頓狂な部下の声に迎えられて中森は眉を顰めた。 「藪から棒に何だ?」 「あ、はい。あの、いつの間に着替えられたので?」 「何の事だ?」 部下の返事に、中森がますます訝しげな顔になる。 それに対する部下も負けず劣らず納得のいかない表情をしていて。 「その背広ですよ。さっきここにいらっしゃった時と違うじゃないですか。 警部、いつの間に着替えられたんですか?」 「何を言ってるんだ?今日は聞き込みに直行したから、ここに来るのは今がはじめ・・・。」 「警部?」 言葉を返している途中で、中森は弾かれたように自分の机へと走った。 それは長年刑事をやって来た、というより白い怪盗を追いかけ続けている勘。 彼の机には大事な証拠品がしまってある。 一番上の引き出しを開けようとして、鍵をかけていた事に気づいた。 ちっと舌打ちをしてポケットをもどかしく探って鍵を取り出す。 そして、引き出しを開けた瞬間。 ポンッ☆ 軽快な音と共に煙が上がった。 「な、なんだ?」 「何の音だ?」 突然の音に驚いた部下達が集まってくる中、中森はしまってあったモノと交換するように置かれていたカードを 取り出した。
「くそっ!キッドの奴め!!」 中森が思わず漏らした言葉に周囲がざわめく中、中森は背広の事を指摘してきた部下に問う。 「おい、ワシの偽者はいつ頃来た?」 「はっ?」 「だから、さっきここに来たのはワシに化けたキッドなんだっ!」 「えぇーーーーーっ!!」 驚きの声を上げる部下に、中森はじれったそうに言葉を重ねた。 「それで、偽者が来たのはいつだ?」 「は、はい。つい5分か10分前です!!」 「よしっ、手分けして庁内と外を探せ!まだいるかもしれん! その偽者が着てたのは?」 「はい、グレーのスーツです!」 「ということだ。グレーのスーツを着ている人物がいたらよく確かめろ!よし、行けっ!!」 「はっ!!」 中森の声を号令に、捜査2課にいた刑事達が一斉に飛び出して行った。 それに続こうとして、中森はふと足を止めてあっと声を上げた。 奴が行きそうな場所を失念していた。 周りを見渡したが、在室していた部下達は全て出かけた後。 応援を呼ぶ間も惜しく、中森は自分1人でその場所へ向かった。 ぼんやりとした月明かりが照らし出す警視庁屋上 そこにグレーのスーツを着た中森警部の姿が現れた。 ポケットに手を突っ込んで足取りも軽く、視界を遮るフェンスへと近づいていく。 フェンスの1歩手前で立ち止まり、ポケットの中から大事そうに箱を取り出し、その渋い容貌に似合わない にんまりとした笑みを浮かべた。 「作戦大成功v」 一陣の強いビル風が彼の言葉を攫っていく。 それと同時に翻るは、穢れのない純白のマント。 変装をあっという間に解いて本来の姿に戻った怪盗キッドは、けれどどこか未完成だった。 その理由は彼の右目にある。 キッドのトレードマークの1つであるモノクルがないのだ。 スコーピオンに狙撃された時に、彼の命を助ける代わりに砕け散ったと思っていたモノクルを、 実は中森警部が保管しているとは彼の娘から聞いた。 だから、今日はココ警視庁にこのモノクルを取り戻しに来たのだ。 これは彼の人が遺した大切な品だから。 変装を解く間も手に持ったままだった箱を開けて、キッドの顔は嬉しそうに微笑んだ。 砕けたガラスの破片は綺麗に取り除かれ、フレームと飾りだけになったモノクルは、まるで宝物をしまうかの ように大切に箱の中にしまわれていた。 警察にとってはただの証拠品だろうに、こんな風に保管されていたのはあの警部の心遣いだと 分かってしまって。 鑑識係に預けるでもなく、自分の机で大事にしまっていてくれたその気持ちが嬉しかった。 キッドはモノクルの入った箱を持つ手とは反対の手をクルリと1回転させた。 次の瞬間、その手の平の上に乗っていたのは丸いガラス。 準備良く持ってきたガラスをモノクルに填め込んでから右目に装着。 これで怪盗キッドの完成だ。 久々に思えるモノクル越しの景色に、キッドは知らず笑みを浮かべていた。 このモノクルを失った事実には、狙撃されて死にそうな目に遭った事なんて吹っ飛ぶほどショックを受けた。 父から受け継いだモノの中で、モノクルだけは唯一替えがなく。 きっと父が自分の命を助けてくれたのだと思って、モノクルの事は何とか諦めようとしていたけれど、 無事に取り戻す事が出来て本当に良かったと思う。 その時、屋上から下を見下ろしていたキッドの視界に、四方八方へと散らばっていく刑事達の姿が映った。 きっとこの自分、怪盗キッドを探す為だろう。 これでココへとやって来たもう1つの目的 今は雲に隠れてしまっている太陽の笑顔を思い浮かべ、キッドは優しい眼差しを浮かべた。 「お父さんの元気がないの。」 今回の事件が終わった翌日、幼なじみのふわりと優しい笑顔に無性に会いたくなって彼女の家を訪れた時。 けれど、見たかった笑顔はカケラもなく、彼女の表情は曇っていた。 「どうしてだ?」 「ニュースでやってたでしょ?キッドが行方不明で、死んでしまったかもって。 お父さん、すごく落ち込んでるんだ。」 そう言って、ふぅと溜め息をつく幼なじみの方こそ父親を心配して気落ちしているのが分かって、 思わず自分は無事だと言いたくなった。 けれど、もちろんそんな事を言える訳もなく、彼女の溜め息は深くなるばかり。 「キッド、本当に死んじゃったのかな・・・。」 「へ〜、珍しい。ナニお前、キッドの事が心配なわけ?」 結局、自分に出来るのは普段の通りに振舞う事だけで。 彼女の元気が戻るようにと祈りながら、いつものようにからかいの言葉を向けた。 「べ、別にあんなヤツのコト、心配じゃないもん!」 「ふ〜ん。」 「本当だってば!」 自分が疑わしそうに言うのに、いちいちムキになって返してくるのが可愛くて、つい笑ってしまった。 「もうっ、何笑ってるのよ〜!」 ぷいっと顔を逸らして向こうを向いてしまった彼女。 その華奢な背中に何故か問いかけたくなった。 ひどく自虐的な質問だという自覚はあったけれど。 「・・・オメーはさ、キッドがいなくなった方が嬉しいんじゃねーの?」 「え?」 思いがけない質問だったのか、振り返った彼女は大きな目を丸くしていた。 「オメー、いつもキッドが嫌いだって言ってるだろ? だから、このままキッドが出てこねー方が良いんじゃねーのかなってさ。」 「う〜ん。」 少し悩んだ後、彼女は口を開いた。 「キッドの事は確かに大っ嫌いだけど。」 ここまでは予測済み。けれど、ココから先は予想外。 「でも、いなくなった方が良いって思った事なんてないよ。」 「・・・なんで?」 「悔しいけど、キッドを追ってる時のお父さん、すっごく生き生きしてるんだもん。 それに、このままいなくなっちゃうなんてずるいと思わない?ちゃんと罪は償わなきゃ。 だから、キッドには生きてて欲しいと思うよ。」 どこまでも澄んだ真っ直ぐな彼女の瞳に、ほんの少しだけどキッドを心配する気持ちを見つけて。 「でも、生きてたとしてもキッドにはお気の毒様かもね。 どうせうちのお父さんにすぐに捕まっちゃうんだから!」 「あのヘボ警部にキッドが捕まえられるとは思えねーけどな。」 「そんな事ないもん!」 いつもの軽口を交わしながら、思わず顔が緩んでしまうほど嬉しかった事を憶えている。 屋上へと通じるドアの開く音に、キッドは数日前の出来事に飛んでいた意識を現実に戻した。 「キッド!!」 息を弾ませドアの影から現れたのは、キッドの姿の時には1番見慣れている中森警部。 「これはこれは、中森警部。私がここにいるとよく分かりましたね。」 「フン、馬鹿と煙は高い所が好きというからな。 屋上からハングライダーで飛び立つのはお前の十八番だろう。」 「ひどい言い草ですね。」 中森の言葉にキッドは軽く苦笑を浮かべた。 いつものように言葉を交わして、中森はふと気がついた。 目の前にいる存在があまりにいつも通りで、つい失念していたけれど。 「おい、そういえば大丈夫なのか?」 「は?」 「スコーピオンとかいう奴に狙撃されたんだろ?」 古い知人を心配するように聞いてくる中森に、キッドの表情が柔らかくなる。 「大丈夫ですよ。この通りピンピンしてます。」 キッドは言葉と共に何もない所から簡単に花やら鳩やら取り出してみせた。 即席のマジック・ショー。 その鮮やかな手つきに中森は思わず目を奪われたが、気がつくとキッドがおかしそうにこちらを見ていた。 「なんだ?」 「いえ、おかしな人だと思っただけですよ。私と警部は宿敵と言える間柄なのに、真剣に私の心配をしてる。」 キッドの指摘に、中森はフンと顔を逸らした。 その仕草が先日の幼なじみと重なって、親子だなと頭の片隅で関係ないことを考えて。 「お前はワシが捕まえるんだ。その前に死なれたりしたら困るからな。」 中森の言葉に、キッドは内心頷いた。 えぇ、警部。いつか全てが終わったら、警部に捕まえて欲しいと思ってますよ。 こんな事を口にしたら、警部は卒倒してしまうかもしれませんがね。 泡を吹いて倒れる警部を想像してしまって、キッドはクスリと笑みを零した。 「何がおかしい?」 「いえ、何でもありませんよ。・・・そういえば、警部。」 ふと背筋を正して真剣な雰囲気を漂わせたキッドに、中森は怪訝そうな表情になった。 「どうした?」 「コレを預かって下さっていて、どうもありがとうございました。 改めてお礼を言います。」 右目のモノクルに手をやって示してから、キッドは優雅にお辞儀をしてみせた。 キッドが真面目にお礼を言っているのが分かって、中森は妙に居心地が悪くなる。 「い、いきなり何を言ってるんだ。」 「大事に保管して下さっていたみたいだから、感謝の言葉を直接言いたかったんですよ。 ・・・コレは私にとって大事なモノですから。」 何かを懐かしむようにキッドは遠い目をしていた。 シルクハットの影が落ちていてはっきりとは見えなかったけれど、キッドの表情はいつも対峙している時の 不敵なモノではなく、どこか寂しさが漂っているような気がした。 「キッド?」 思わず声をかけてしまった中森に、キッドは静かな眼差しを向けた。 「いつか貴方が私を捕まえた時には、」 『・・・父の、初代キッドの思い出を語って頂けませんか?』 思わず零れそうになった言葉を、キッドは辛うじて留めた。 自分は怪盗キッドをやっていた時の父は知らない。 寺井から話を少し聞いていたが、キッドを追いかける立場にいた警部の話も聞きたいとずっと思っていた。 きっと誰よりも初代キッドがどんな風だったのか知っている人だから。 けれど、まだ何も終わってない今は、そんな風に父を懐かしんで想いを馳せる暇はないと誰よりも 分かっていた。 「ワシがお前を捕まえたらなんなんだ?」 一度瞳を閉じて気分を切り替えると、キッドはいつもの不敵な笑みを浮かべた。 「いえ、言うのは止めておくとします。そんな日は来ないでしょうから。」 当分の間はね、と心の中でキッドは付け足した。 いつかその日が来たらその時に続きをお話しますよ。 もっとも息子のように思ってくれている自分が裏切っていたと知ったら、警部は話もしてくれないかも しれませんが。 そう思うと同時に脳裏を横切ったあどけない横顔に、キッドの瞳に一瞬だけ辛そうな光が宿ったが、 彼の言葉にいきり立つ中森がソレに気がつく前に消えた。 「何だと〜!!」 怒りの声を上げる中森に、キッドは涼しい表情を向けた。 これ以上の長居は無用。 今日みたいな夜はどんな言葉が飛び出してしまうか分からないから。 「それでは、警部。またお会いしましょう。」 「貴様に会うのはこれが最後だっ!」 そう言いながら飛び掛ってきた中森をヒラリとかわして。 キッドは後ろも見ずに飛び上がり、次の瞬間にはフェンスの上でバランスをとりながら器用に立っていた。 「近いうちに予告状をお送りします。それまでしばしのお別れを。」 紳士淑女に対するようにもう一度優雅に礼をすると、キッドは背中のハングライダーを広げフェンスを蹴って 宙に飛び出した。 「待て〜っ!!」 反射的に叫んでフェンスに駆け寄った中森は、白い翼が悠々と夜空を飛んでいくのを見て 諦めの溜め息をついた。 空を飛ぶ事が出来ない自分が追いかけるのは到底無理だ。 不思議な事に悔しさと同時に、どこか晴れ晴れとした気持ちがあった。 あの怪盗が生きていた事を喜んでいる自分には気づかない振りをして、中森は遠く霞んでいるキッドの姿を もう一度視界に捉えてから屋上の入り口へと向かった。 さて、キッドの変装に気づかなかった部下達は鍛え直しだ。 キッドを追う最先鋒の捜査2課の刑事がこれでは困る そんな事を考えながら歩いている中森の背中は、どこか嬉しそうだった。 そして、翌日。 一緒に出かける約束をしていた幼なじみの少年が訪ねて来た時、少女は不機嫌そうな顔をしていた。 「ねぇ、聞いてよっ!昨日、警視庁にキッドが出たんだって。」 「オメーなぁ、出たってお化けやゴキブリじゃねーんだからよ。」 「キッドにはそれで充分よ!」 すぱっと切るように返してくる幼なじみに、少年は苦笑を浮かべた。 「・・・で?」 「でって何よ?」 「警部はどうだった?」 「それが次こそキッドを捕まえてやる〜って途端に元気になっちゃって、今日も朝早くから出かけて行ったよ。 まだ予告状も来てないのに、警備の計画を今から練っておくんだ〜って。」 軽く肩をすくめてみせた少女は、しょうがないという表情の中にも確かに安堵が覗いていて。 「警部に元気が戻ったなら良かったじゃねーか。」 「うん、ホントに良かった!!」 いつになく優しい瞳をしている幼なじみの少年に、少女は満面の笑みで答えた。 久し振りに見る太陽の笑顔に、少年の心は急速に満たされていって。 こうしてまた、いつもの日常が始まっていく <了> |
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世紀末の魔術師を見た時に、気になった事が1つあって。 それは、キッドのモノクルが狙撃されて壊れてしまった事。 モノクルは盗一さんの遺品じゃないですか? そんな大事な物を失くしたままでいる訳ないと、キッドに警視庁まで取りに行って貰いました(笑) 怪盗と警部の会話は私の趣味です(笑) 怪盗と名探偵達の緊張感のある関係も好きですが、怪盗と警部のどこかほのぼのしてる関係も好きなので。 まさしくルパンと銭形警部(笑) あと、この話とは関係ないですが、最後の鳩まみれな快斗(というか新一と言った方が正しい?)。 アレ、何度見てもおかしくてしょうがないんですが、皆さんはどうですか?(笑) |
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