子供の姿になってから、日に日に増していく感情。
元の自分に戻れないのではないかという先の見えない不安。
アイツに全てを隠して騙して、ずっと待たせている罪悪感。
夏の陽炎のように、近づいても手の中からすり抜けていく黒の組織に対する焦燥。
アイツを誰かに奪われやしないかという恐れ。
自分の力で全部を解決できるかどうかという心配。
数え上げていけばキリがない。
けれど、オレがそんな感情だけに捕らわれないのは。
笑って暮らせているのは。
それはきっとアイツの     .


星祭の夜


「ただいま!」
「蘭姉ちゃん、おかえ・・・って、それどうしたの?」
帰宅した蘭が手に持っている笹を見て、コナンは目を丸くした。
今日は園子と買い物に出かけたはずだったのに。
買い物の戦利品らしい幾つかの袋を置いてから、蘭は見事な笹を手にコナンの方に向き直った。
「これ、帰りに園子の家から貰ってきたのよ。今日は七夕だしね。」
そういえば、豪邸といえる園子の家には洋風の庭だけでなく、日本庭園もあった事を
コナンは思い出した。
確か竹林もあったはずで、そこからお裾分けしてもらったのだろう。
「ね、コナン君。一緒に飾りつけしようか?」
しゃがみ込んでコナンと目線を合わせた蘭が、にっこりと笑う。
「うん!」
表面上は明るく返事をしながら、コナンは内心苦笑していた。
親元を離れて暮らしているという設定のコナンが寂しくないようにと、蘭は色々と気を使ってくれる。
こういう行事がある時も、必ず一緒に飾りつけしたりお祝いしたりと企画してくれた。
蘭の優しい心遣いはとても嬉しいのだけれど、その度に実感してしまう。
自分はこういった年中行事を無邪気に楽しむ子供だと思われているのだと。
そんな子供の姿をしているのだと。
目の前に突きつけられる現実が、コナンにはとても痛かった。
(高校生にもなって七夕の飾りつけかよ。何だかなぁ・・・。)
正直、情けない気がしないでもないけれど、蘭は早速楽しそうに飾りつけの準備を始めていて。
まぁ、蘭と2人きりならそれも良いかと、コナンは単純に思い直して蘭と一緒に飾り作りを始めた。


蘭と2人で笹を飾っていくのは思いの外楽しくて、終わる頃にはコナンも演技ではなく心から
楽しむ事ができていた。
「これで飾りつけも終わり!後は短冊を書くだけだね。」
折り紙で作った飾りの最後の1つを笹につけると、蘭は機嫌よく笑いながら短冊状に切った
水色の画用紙をコナンに差し出した。
「はい、これはコナン君の分ね。」
「ありがとう、蘭姉ちゃん。」
「コナン君は何をお願いするの?」
「う〜ん、どうしようかな。」
短冊を前にコナンは考える素振りをした。
どうせ1番の願いは書いても仕方ない。
(こんなんで元の姿に戻れるのなら、100枚でも1000枚でも書くんだけどな。)
そんな事を思いつつ、コナンは小学生らしい願い事<サッカーが上手くなりますように。>と
短冊に書き始めた。
「そうだ。下に行ってお父さんにも書いてもらってくるね。」
「うん、分かった。」
コナンが書いている途中で、もう書き終わったらしい蘭が、コナンに声をかけて事務所へと
降りていった。
残されたコナンは蘭が書いた短冊を前に少し悩んだ。
他人の願い事を覗き見するのは良くないとは分かっているが、蘭が何を願うのかが気になる。
(やっぱり探偵は何事も真実を探らねーとな。)
ちょっと感じる罪悪感をそうごまかして、コナンはピンクの短冊に手を伸ばした。
そこには<お父さんとお母さんが早く仲直りしますように。>と綺麗な字で書かれていた。
(蘭もこりねーよな。)
意地っ張りな両親の仲を戻そうと相変わらず奮闘している蘭が浮かんできて、思った事とは裏腹に
コナンは表情を和ませた。
それと同時に、どこか落ち込んでいる自分もいて。
自分は何を期待していたんだろうとコナンは戸惑っていた。
けれど、コナンが真実に辿り着く前に軽やかな足音がドアの向こうから聞こえ、コナンは慌てて
蘭の短冊を元に戻すと、自分の願い事を書き上げた。


その日の夜、小五郎のいびきをBGMにコナンは眠れない時間を過ごしていた。
七夕の飾りつけをしてから、ずっと気になっているのは蘭の願い事。
何度も何度も寝返りを打って考えて、それで漸く気がついた。
本当は蘭の短冊を見た時、心の奥で期待していた。
蘭が<新一が早く帰ってきますように。>と書いている事を。
ずっと蘭を待たせておいて未だに元の姿に戻れる当てもないクセに、身勝手な事だと自分でも
十二分に分かっている。
けれど、不安なのだ。
こういう些細な事でも、蘭の気持ちが自分にあると確認できないと。
今の自分では蘭を攫っていく男が現れても、指を咥えて見ている事しかできない。
確かな約束も想いを伝える事もできないのに、自分を想い続けて欲しいと願う我が侭な心に
コナンは自嘲の笑みを浮かべた。
本当に自分をどうしようもない奴だと思う。
早くこんな現状から抜け出したいと切に願った。
ずっと心の中に燻っている焦燥が喉を焼いたのだろうか?
喉の渇きをおぼえたコナンは、むくりと布団から起き上がって台所へと向かった。
その途中で、通り道である居間に人の気配があるのに気づき、コナンは足音を忍ばせた。
(調査ファイルでも取りに来た泥棒か?いや、それだったら下の事務所に行くか・・・。)
金目のモノはあんまりないしなぁと考えながら、コナンはそっと居間に通じるドアを開けた。
月明かりの下、窓辺に佇む影は飾ってある笹の近くにいて。
そのシルエットを見ただけでコナンは誰なのかすぐに分かった。
「蘭姉ちゃん?」
「えっ?!」
勢いよく振り返った蘭はドアの所にいる小さな姿を目に留めて、傍目にも分かるほど
大きく息をついた。
「なんだコナン君か。お化けかと思っちゃった。」
大げさに驚きすぎた自分が恥ずかしいのか、蘭は照れ笑いを浮かべていた。
「こんな時間にどうしたの?」
「喉が渇いたから何か飲もうと思って。蘭姉ちゃんは?」
「これを笹につけようと思ったの。」
蘭は手に持っている青い短冊をコナンに示した。
「どうして昼間つけなかったの?」
何もこんな夜中にコソコソと泥棒のように行動しなくたって、飾りつけをした時につければ
良かったのに。
そう顔に書いてあるようなコナンに、蘭は苦笑を浮かべた。
「お父さんに見つかると機嫌が悪くなっちゃうから。」
「機嫌が悪くなるって、なんて書いてあるの?」
一瞬、考えるような顔をして、けれど蘭はコナンに短冊を渡した。
そこには<新一が無茶をしませんように。元気でいますように。>と書かれていた。
「これって・・・。」
「お父さんに見つかったら『あんな探偵ボーズの事なんかお願いするな!』とか何とか
 絶対に言うと思わない?
 新一の事を話すといつも機嫌が悪くなるんだもん。」
思わず絶句したコナンから短冊を取って、蘭は慣れた動作でそれを笹にくくり付けた。
「だから、夜の間だけ笹につけておこうかなって思ってね。」
「そうだったんだ・・・。」
自分でも知らずにコナンの顔に笑みが浮かんでいた。
蘭の気持ちが嬉しかった。
さっきまで眠れないほど落ち込んでいたというのに、簡単に浮上してしまう自分の単純さには
笑ってしまうけれど。
「でも、なんで『新一兄ちゃんが早く帰ってきますように。』ってお願いはしないの?」
ふと浮かんできた疑問を口にしてしまって、コナンはなんで自分の首を絞めるような事を聞くかなと
自分で突っ込んで。
それから、蘭の真実に目が覚まされる思いになる。
「う〜ん、きっと新一は早く戻れるようにずっと努力してると思わない?
 急かすつもりはないんだ。
 それより、早く帰ってこようと無茶をして怪我をしたりする方がわたしは心配なの。」
コナンに向けて蘭は強さを秘めた瞳で笑ってみせた。
「だからね、新一が無茶をしないようにってお願いするんだ。
 お星様なら新一がどこにいても見守ってくれるような気がするしね。」
窓から差し込む月の光に照らされて微笑む蘭はとても綺麗で、コナンは思わず息を止めて
見つめていた。
ゆっくりと心の中の焦燥が溶けていくのを感じた。
あぁ、本当に蘭の強さに自分はいつも救われているのだと思う。
「・・・大丈夫だよ。」
「え?」
「蘭姉ちゃんがこんなに心配してるんだもん。
 新一兄ちゃんは蘭姉ちゃんを悲しませるような事なんて絶対にしないよ。
 きっと元気に帰ってくるよ。」
それは誓いの言葉。
どうなるかなんてまだ分からないけれど、それだけは意地でも叶えると約束するから。
力強いコナンの言葉に、蘭は嬉しそうに頷いた。
「そうよね。きっと何でもないような顔をして、帰ってくるに違いないわ。」
一度だけ窓の外の星空を見上げて祈りを捧げるように目を閉じると、蘭はコナンへと元気に
向き直った。
「ね、ホットミルクを作ってあげようか?」
「うん!」
「じゃあ、一緒に飲もう。」
そう言うと、蘭はコナンの手を取って台所へと歩き始めた。


翌朝、父親が起きる前に例の短冊を外そうと蘭が飾ってある笹に向かうと、
そこには短冊の跡形もなくて首を捻る事になる。
その真実はコナンだけが知っていたりするのだった     .


<了>




7月7日という事で、七夕にちなんだ小説を書いてみたり。
7日中にUPしたいと急いで書いたので、どっかに粗があっても見逃してください(苦笑)
コナン=新一が焦って無茶をしそうな時、ブレーキをかけてくれるのは蘭なんじゃないかなと。
待たされる事は辛いけど、蘭はそれでも笑っていられる強さがあると思うのでこんな話になりました。
初のコナン小説もやっぱり難しかったです。
イマイチまだ性格がつかめてないような・・・。コナン君がひねてるし(笑)精進せねば!



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