少し疲れていたのかも知れない、終わりの見えない泥棒稼業に。
このままだとどこまでも深い底なし沼にズルズルとはまってしまいそうで。
心まで少しずつ闇に染まっていってしまうのかな、なんて。
そんならしくない事をつらつらと考え、一人ぼんやりと空を見上げた     .


君と見た空


「やっぱりここにいた。」
瞑っていた目を開ける前から、上から降ってきた声の持ち主が誰かは分かっていた。
声を聞く以前に雰囲気から分かってしまう、この世の誰よりも自分の近くにいた幼なじみ。
快斗は周囲の明るさに目を細めながら、フェンスに寄りかかって座り込んでいる自分の前に立つ
青子を見上げた。
「昼寝するには絶好の場所だもんね。」
青子は自分の思った通りの快斗の行動に少し自慢げに言いながら、向かいの校舎からは死角になる
屋上を見渡した。
滅多に人が来る事のない屋上を快斗が絶好の昼寝場所としている事を、青子は知っていた。
だから、ここへ快斗の姿を探してやって来た。
少し元気がなかったように思えた幼なじみを心配して。
「なんか用かよ?」
昼寝を邪魔された所為か、不機嫌に訊ねる快斗に青子はううんと首を振った。
「もうすぐ昼休みが終わっちゃうよ?教室に戻らないの?」
「ねみーからパス。ここで昼寝する。」
「そっか。」
それだけ呟いて自分の隣に腰を落とした青子に、快斗は大きく目を見開いた。
いつもだったらこのお節介な幼なじみは『ちゃんと授業に出なきゃダメでしょ〜!!』と言いながら、
無理矢理にでも快斗を教室に連れていくのに。
快斗をビックリさせたのが余程嬉しいのか、青子はクスクスと小さく笑いを零した。
「なんだよ?いつもはプリプリ怒ってオレを引っ張ってくクセに。」
「プリプリ怒るって何よ〜!!快斗がサボるのが悪いんで・・・あっ!」
反論するように大きな声を上げかけた青子がハッとしたように口を押さえたのに、快斗が訝しげに
眉を寄せる。
「どうした?」
「今日は怒らないようにしようって決めてたのになぁ。」
「なんで?」
そういえば、今日は授業中に昼寝をしていても何も言われなかったなぁと頭の隅で考えながら、
きょとんとした顔をしてみせる快斗に、青子ははぁっとこれみよがしに溜め息を吐いた。
「やっぱり忘れてる。」
「何がだよ?」
「誕生日だって事。今日は快斗の誕生日でしょ?」
「へっ?」
思いがけない事を言われて、快斗は素っ頓狂な声を上げた。
この所、副業の方が忙しくてそんな事はすっかり忘れていた。
     というより、思い出してる心の余裕がなかったという方が正しいんだろう。
「そ〜いや、誕生日だったなぁ。」
「普通、自分の誕生日を忘れる人なんていないよ?」
呆れたような表情を見せた青子は、けれど次の瞬間、快斗に満面の笑みを向けた。
「お誕生日おめでとう!」
大輪の花が綻ぶような笑顔に、思わず快斗は息をするのも忘れて見蕩れた。
それから、そんな自分に気づいて微かに赤く染まった頬を隠すように、青子から視線を外した。
「・・・サンキュ。」
ぼそぼそと告げられた言葉に笑みを深くしながら、青子は快斗を探していた用件を告げる。
「今日は快斗の家で誕生パーティーやるから。真っ直ぐ帰らないとダメなんだからね!」
「パーティーって何だよ!しかも、オレの家でって・・・、勝手に決めるな!」
「大丈夫!おば様の許可は取ってあるから。今頃、ご馳走を作ってくれてるよ。」
「・・・しゃーねーな。お祭り女め!」
無邪気な表情で楽しそうに言う青子に、快斗はそれ以上文句を言えず小さく悪態をつくだけだった。
その時、午後の授業の始まりを告げるチャイムが鳴った。それを聞いて快斗が慌てる。
「おい、良いのか?」
「何が?」
「何がって、授業が始まっちまったぞ。」
焦っている快斗に青子がおかしそうに笑い声を上げた。
「ナニ笑ってんだよ!授業に出なくて良いのかよ?」
「だって、いつもと逆なんだもん。」
確かにこういう時に慌てるのはいつも青子だったが、今日は一向に教室に戻る気配はなかった。
「笑ってねーで教室に戻れよ。」
「快斗は?」
「オレはいいの。ここで寝てるって言ったろ?」
「じゃあ、青子もココにいる。」
「はっ?」
鳩が豆鉄砲でもくらったような顔をする快斗が、青子にはおかしくてしょうがなかった。
「たまには良いんじゃない?こんな良いお天気なんだもん。」
青子は大きく伸びをして、後ろのフェンスにぽすんと寄りかかった。
目を閉じて昼寝の体勢に入ってしまっている幼なじみに、快斗は大きな溜め息を漏らした。
こうなったら梃子でも動かないだろう。
青子がぽやんとした外見には似合わない頑固さを持っている事を、長い付き合いの間に
快斗は学んでいた。
「アホ子がんな事言うなんて、雨が降らなきゃ良いけどな〜。」
「大丈夫よ。今日は一日中晴れだってテレビで言ってたもん。」
皮肉を言う自分に青子は何でもない様子でいて、突っかかってこない幼なじみに快斗は
拍子抜けした。
青子の快斗を怒らない計画は未だに実行中らしい。
(なんか調子狂うよな〜。)
そう思いながら、快斗も昼寝をすべく目を閉じた。
「風が気持ち良いね。」
「あぁ。」
梅雨の中休みなのか、今日は太陽が忘れられないようにとでも言わんばかりに、その存在を強く
主張していた。
普通に太陽の下にいたら暑い位だったが、二人がいる場所にはちょうど給水塔の影ができており、
日差しから守ってくれていた。
吹き抜けていく風がとても爽やかで気持ちが良い。
あと少ししたらこの風の中にも暑さが感じられるようになり、本格的に夏が始まるのだろう。
「あのね、快斗。」
「あ?」
もう眠ってしまったかと思っていた青子から声をかけられ、快斗はビックリしながら返事をした。
「今日って快斗の誕生日!って感じの日だよね。」
「はぁ?何だそりゃ?」
「今日は夏至でしょ?お日様みたいな快斗だから、太陽が一番長く顔を出す今日に
 生まれたのかな〜って思ったの。」
思わぬ青子の言葉に快斗は身を起こして、隣に座る青子の顔を見下ろした。
その気配を感じたのか、青子も目を開けると快斗ににこりと笑いかけ視線を太陽へと向けた。
つられて快斗も青空へと視線を移す。
「オレが太陽・・・なのか?」
「うん!快斗がマジックをするとみんなが笑顔になるじゃない?
 雲の間から顔を出すだけでみんなを笑顔にしてくれるお日様と一緒っ!
 いつもみんなの中心にいるしね。」
「・・・ケッ!くっせーセリフ。」
快斗は辛うじてそれだけを言う事ができた。
もう一人の自分を歩み始めた時から、徐々に闇に染まっていきそうな自分に怯えていた。
昼間は普通に高校生をしていても、夜の住人の雰囲気が滲みでそうで不安に思っていたのに。
青子は自分の事を太陽のようだと言った。
それが泣きたくなる程嬉しかった。
大丈夫だと、まだ光の世界にいてもいいのだと太鼓判を押して貰えたようで。
「何よ〜、せっかく褒めてあげてるのに。」
ボソリと言った快斗の言葉に青子はぷぅっと頬を膨らませたが、快斗はそんな顔でさえ愛しく感じた。
「へぇへぇ、感謝してるって。」
「ウソばっかり!」
真剣にお礼の言葉なんか言えなくて冗談めかしてしまったら、青子の気を悪くしてしまったらしく
プンっとそっぽを向かれてしまった。
幼なじみの子供っぽい仕草に苦笑を浮かべながら、快斗は再びフェンスに寄りかかり空を見上げた。
何故だろう、さっきより空が明るく見えた。
青子が来るまではどこかくすんで見えていたのに。
空が明るく見える理由は考えるまでもなく、本当は分かっているけれども。
快斗がそんな事を思っていると急に右肩に重みを感じた。
慌ててそちらを向くと、目の前にあったのは幼なじみのあどけない寝顔。
快斗の心臓がドキンと跳ね上がった。
ぐらぐらと今にも倒れそうな不安定な青子の体勢に、快斗は少し迷った後そっと彼女の頭を
自分の膝の上に移した。
上から見下ろした青子の寝顔はとても安心しきったもので。
青子はもぞもぞと動いて寝やすい体勢になると更に深い眠りに落ちていく。
自分の傍でこんなにも安らいでいてくれるのが嬉しくて、快斗の顔に自然と優しい笑みが
浮かんできた。
あぁ、きっと大丈夫だ。
ふとそう思った。
こんなにも愛しく感じる存在がいるのだから。
怪盗キッドであるという以外に、青子を悲しませる事は絶対にしないと誓えるから。
闇に染まったりなんか絶対にしない。
青子がいる限り、オレは光の世界に留まっていられる     .


「・・・おこ、青子!そろそろ起きろよ。」
遠くから聞こえる優しい声が淡い夢に漂う青子の意識に触れた。
急速に現実の世界に戻されていく。
ゆっくりと目を開けた青子は自分を覗き込む快斗の顔に気づいた。
(・・・・・・・えっ?)
数拍置いてから青子は自分の体勢に気づき、飛び起きて快斗から離れた。
「な、なな、なん・・・?」
「お前が倒れこんできたんだよ。膝を貸してやってたんだから感謝しろよな!」
青子が口をパクパクとさせ言葉を出せないでいたが、快斗は何を言いたいか悟って先回りして
答えた。
「そ、そうなんだ。ありがと。」
まだよく回らない頭で青子がお礼を言うと、快斗はよっと立ち上がり彼女に手を差し伸べた。
「そろそろ戻ろうぜ。授業、終わっちまったし。」
素直に快斗の手を掴んで立ち上がった青子は、その言葉に時計を慌てて覗き込んだ。
「ウソっ!もうこんな時間なの?!どうしてもっと早く起こしてくれなかったのよ〜!!」
「オメーがヨダレたらして気持ちよさそうに寝こけてるから、起こせなかったんだよ。」
     本当は可愛い寝顔に見惚れていて、起こすのが勿体無かったからだったりするのだけれど。
そんな本心を隠して快斗は幼なじみをからかう。
「青子、ヨダレなんかたらしてないもんっ!!」
「じゃあ、その口元はなんなんだよ?」
「えっ?」
慌てて口元をおさえた青子の素直な反応に、快斗が思わず吹き出した。
「もう〜、からかったわね!バ快斗!!」
「そういや、今日は怒らねーんじゃなかったっけ?」
「あっ!」
快斗の言葉に青子は一瞬バツが悪いような表情をしたが、すぐにそれをかき消した。
「快斗が怒らすような事を言うのが悪いんでしょ!?」
そう言うと青子はぷいっと顔を背けて、快斗を置いて屋上の入り口へと向かった。
「おい、待てよ。」
青子の後を慌てて快斗が追いかけた。
隣に並んでもこちらに視線を向けようとしない青子に、苦笑を浮かべつつ快斗は違う話題を振る。
「なぁ、パーティーって何をやるんだ?」
「え?それは・・・、やっぱり秘密!プレゼントもちゃんと用意してるから、楽しみにしててよね!!」
「プレゼントか・・・。」
怒っていたくせに素直に答えてくれる青子に苦笑を微笑みに変えながら、快斗は小さく呟いた。
誕生日プレゼントはもう貰っていた。
快斗の悩みを吹き飛ばした言葉と穏やかな優しい時間と。
それはきっと何物にも代えられない、とびっきりのプレゼント。
「何?」
「いや、パーティーもプレゼントも楽しみにしてるよ。」
「うん、任せといて!最高の誕生パーティーにしてあげるから!!」
楽しそうに笑う青子に笑顔を返しながら、快斗は屋内に通じるドアをくぐった。
ふと振り返った空には、まだまだ沈む気配のない太陽が明るい輝きを放っていた。


<了>




快斗君誕生日企画としてUPした小説。他には小ネタを2本UPしてました。
この話は快斗って青子ちゃんに正体を隠しているけど、何も知らない青子ちゃんの一言に
すごく救われてる所があるんじゃないかな〜と思って書きました。
もうちょっとラブラブにする予定だったんですけど、快斗君は青子ちゃんの寝顔を見ただけで
満足してしまったらしいです(笑)おでこにちゅーの予定が・・・(笑)
この話をUPした6月21日に綺麗な青空が見れて、個人的にすごく嬉しかったですv



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