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黒羽快斗は絶体絶命の危機に陥っていった。 どうしてこんな事になったのかは全く分からない。 けれど、いつの間にかソレは快斗の生活圏に密やかに忍び込んでいたのだ。 学校帰りに立ち寄る本屋やゲーセン、ガトーショコラが美味しい行きつけの喫茶店、小さい頃から よくお使いに行かされた近所のスーパーetc. 気づけばどこに行ってもソレと出くわす羽目になってしまっていた。 気分は正に四面楚歌。 これではおちおちと出歩く事も出来ない。 そんな訳で、快斗は折角のすがすがしい休日だというのに、高校2年生の元気あふれる身体を もてあまし気味に自室で不貞寝をしていたのだった。 ピンポ〜ン♪ 突然、鳴り響いたチャイムの音に快斗は誰かが訪ねてきたのが分かった。 けれど、今日は母親も在宅のはずだから快斗が応対しなくてもいいはずだ。 そう考えて寝返りをうった快斗の耳に、母親と何か話した後、迷わずに快斗の部屋までやって来る足音が 聞こえた。 軽やかな足音の持ち主は考えるまでもなかった。 自然と頬が緩みそうになるのを無理に元に戻して、快斗はドアが開くのを待った。 「快斗、起きてる〜?」 ノックもそこそこに幼なじみの恋人が部屋に入ってくる。 「アホ子、他人の部屋に入る前はノックぐらいしろよ。」 青子が訪ねてきたのが嬉しいのに、つい憎まれ口をたたいてしまう。 これはきっと長いコト幼なじみという居心地の良い居場所にいた代償なのだろう。 「何よ〜、快斗だっていつも青子の部屋に勝手に入ってくるじゃない。」 明らかにムっとしましたという表情で、青子が言葉を返してくる。 けれど、青子の瞳は笑みを湛えていて本気じゃない事がバレバレで。 「まぁ、そりゃそーだけどよ。」 こんな些細なやり取りにどれだけ幸せを感じているか、きっと青子は知らないだろうなと思いながら、 快斗は眩しいような気持ちで青子を見つめた。 「どうしたの?」 しみじみと幸せ気分に浸っていた快斗に、青子がきょとんとした顔を向けた。 「何でもねーよ。それより、今日はどうしたんだよ?」 本心を話すなんてできなくて、快斗は強引に話を変えた。 「えっとね、天気も良いし快斗と出かけたいなと思って。どっか遊びに行かない?」 快斗の顔色を伺うように切り出した青子に、思わずYesを返しそうになって快斗は慌てて首を振った。 いつアレと出くわすか分からないのに、のんびり遊びになんて行けない。 家の外は敵で溢れているのだ。 「え〜〜、どうせ今日は暇なんでしょ?一緒に出かけようよ。」 「ダメだ!」 青子の誘いを断るのは本当に身を切る思いなのだが、頷いたら最後、地獄が待っているのだ。 快斗は青子のねだるような視線に心を痛めながら首を横に振り続けた。 そのうち、青子がしょうがないという風にふぅっと息をはいた。 「じゃあ、ココにいてもいい?」 「あぁ、それなら良いぜ。」 出かけるのを諦めてくれたらしい青子にすまなく思いながら、快斗は内心ガッツポーズをしていた。 アレが待ち構えている恐ろしい家の外に出かけるよりも、青子と2人でこの部屋でのんびりしていた方が 何万倍も良い。 「ねぇ、持ってきたCDをかけても良いかな?」 「おぅ。」 浮かれた気分のまま頷く快斗の前を通って、青子がミニコンポにCDをセットした。 程なくして流れ始めたイントロに、快斗の背中にいや〜な汗が流れた。 「おい、これって・・・・・。」 その瞬間、軽快な女性の声が歌い始めた。 さ○な、さ○な、さ○な〜♪さ○な〜を食べ〜、ブツッ その声は最後までサビを歌い上げる事は出来なかった。 なぜなら、快斗が音速を超える速さでコンセントを引っこ抜いたからだ。 「青子〜、オレがこの歌が大っ嫌いだって知ってんだろっ!!」 何気に涙目になりながら文句を言う恋人に、青子はフンっと視線をそらした。 「よ〜く知ってるわよ。この歌を聞きたくないばっかりに、休日はず〜っと家に閉じ篭ってるって!」 そうなのだ、いつの間にか人気を集めてブレークした魚を称えるこの歌が街中に溢れるように なってからというもの、快斗は学校からは直帰し、休日は家に引き篭もっていたのだ。 あのように何度も何度もくどい位連呼されると、どうしたって天敵とも言えるアレの姿が浮かんでしまい 寒気がする。 「だったら、わざわざCDなんて持ってくんなよっ!!」 自分が名前を聞くのもダメな程アレが苦手だと分かっているなら、こんな嫌がらせのような事をしなくても いいではないかと、快斗は恨みがましい視線を青子に向けてハッとした。 快斗から未だに視線を逸らしたままの青子の横顔は何やらとても寂しげで。 「青子・・・?」 問いかけた快斗に顔を向けぬまま、青子はポツリと言葉を返した。 「だって、折角お仕事もないのに快斗ってば家に閉じ篭ってばっかりなんだもん。 学校からだってすぐに帰っちゃうし。 デートらしいデートなんて、もうずっとしてないんだよ?」 青子に指摘されて快斗は何も言えなくなってしまった。 ずっと仕事、仕事で青子と一緒に遊ぶ暇もなくて、ようやく少し落ち着いたと思ったらこの曲が 流行りだして出かけるのもままならなくなって。 青子はいつも明るく笑ってくれるから、そんなに寂しい思いをさせていたなんて思ってもみなかった。 自分勝手な自分を思い返して、快斗は深い自己嫌悪に陥った。 「青子、ごめんな。」 青子は真摯に謝る声に振り返って、端から見ても落ち込んでいる様子が分かる快斗に視線を向けた。 「・・・じゃあ、今日、一緒に出かけてくれる? でなかったら、快斗の部屋でこの曲をエンドレス・リフレインだけど。」 茶目っ気たっぷりに言う青子に、快斗も自然と笑顔を見せて。 「わぁったよ。・・・今日は青子様のお好きな所にお付き合い致しますよ。」 キッドのように優雅にお辞儀をしてみせた快斗に、青子が嬉しそうに笑った。 その後、いざ出かける段になってどことなく緊張した面持ちになった快斗に、青子は安心させるように にっこりと笑いかけた。 「無理を言っちゃってごめんね。 でも、大丈夫。あの曲が聞こえてきたらこうしてあげる!」 精一杯手を伸ばして快斗の耳を塞ぐ青子の姿に、快斗は一瞬だけ目を大きくした後、優しく表情を 和ませた。 幼いとも言える無邪気な発想だけど、それさえもどうしようもない程愛しくて。 手を離そうとした青子の華奢な手首を捉えて、快斗は柔らかな唇を奪った。 「青子からこうしてくれたら、あの歌なんて全然気にならねーけどな。 耳を塞いでくれるより何倍も効果的だぜ?」 唇を離して耳元で囁く恋人の声に、青子は顔をトマトのように真っ赤にさせて。 「バ快斗のえっち!!」 にやけ顔の快斗に平手を繰り出した。 <了> |
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Image Song:おさかな天国(Song by 柴矢裕美) すみません〜、旬を大幅に外しているのは分かってます。 けれど、ど〜しても書きたかったので書いてしまいました。とっても楽しかった(笑) 今日、ちょうどテレビでこの曲がかかったのも、きっと書けというお告げだったんでしょう(笑) この曲が流行った時、真っ先に快斗の事が浮かんでしまって。 まだサイトは開いてなかったんですけど、その時からずっと頭の片隅にあった話です。 このネタは絶対どこかで使われてると思ってたんですけど、意外に見かけないので自分で 使ってみました。ベタ過ぎて避けられてしまったのでしょうか?(笑) |
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