待ち人


蘭は時計に目を落として、深い溜め息をついた。
待ち合わせた時間から時計の針が半周ほど多く回ってしまったが、待ち人は未だに来ない。
目の前にはどこまでも続くテールランプの列。
今日は車で来ると言っていたから、この渋滞に巻き込まれているだけなのかもしれない。
けれど、蘭には希望的観測はできなかった。
現にさっき待ち合わせの相手、新一の携帯に電話をしてみたけれど、数回の呼び出し音の後、留守番電話に
変わってしまった。
今頃、推理に夢中になっているんだろうと、長年の経験から予想できてしまう。
溜め息がまた1つ、桜色の唇から零れ落ちた。
大学を卒業してから本格的に探偵として活動を始めた新一は、名探偵としてあちこちから引っ張りだこに
なっていて。
蘭にしても探偵としての彼の真剣な顔も、2人で居る時とは違ったカッコ良さがあって好きなのだけれど。
(今日だけはって言ったのにな・・・。)
今回の約束をした時、蘭にしては珍しくワガママを言った。
事件があっても何があっても、この約束は絶対に守ってね、と。
対する新一も、理由も聞かずにO.K.してくれた。
(でも、今日が何の日か覚えてないんだろうな。)
きっと彼が約束してくれたのは、自分のワガママを聞いてくれただけで。
今日は彼の誕生日でも自分の誕生日でもなく、クリスマスとか特別なイベントがある日でもない。
けれど、自分にとってはそれと同じくらい大事な日だった。
・・・彼には1年の365分の1に過ぎなくても。
無性に悲しくなってしまって、いつもだったらまだ待っていられるのにこの場に留まっているのが辛くなった。
「帰ろっか。」
自分を元気づけるようにわざと声に出して、蘭は元来た道を戻り始めた。


     プァン!


いきなり鳴り響いたクラクションの音に驚いて蘭は振り返った。
「蘭、わりぃ!!」
蘭の視線の先にいたのは、待ち人。
居並ぶ渋滞の車の列の途中で、ダークグリーンの車に乗った新一が運転席から乗り出すように助手席のドアを
開けていた。
「し、んいち・・・。」
茫然と蘭の口から零れた名前にかぶさるように、音色の違うクラクションが鳴る。
「やべっ!蘭、早く乗れよ。」
後ろの車を振り返って、新一が焦った表情を浮かべる。
再び鳴らされたクラクションに急き立てられるように、固まった思考のまま蘭は助手席へと乗り込んだ。





「ココの先で工事してるみたいで、すっげー渋滞してるだろ?
 待たしちまって悪かったな。」
のろのろと動いては止まるを繰り返す前の車を気にしながら、新一が隣に座る蘭に謝った。
けれど、返答がない。
というより、車に乗り込んでから蘭は一言も話していなかった。
やっぱり怒ってるよなと新一は肩を落としながら、彼女の機嫌を直すべく更に言葉を重ねる。
「もっと早く出れば良かったんだけど・・・、ごめん!悪かった!!」
ふと我に返ったように蘭は瞬きをして、平謝りする新一にようやく言葉を発した。
「あ、違うの。怒ってる訳じゃないから。」
やっと喋ってくれた蘭に内心ホッと息を吐きながらも、新一は尚も心配そうな視線を蘭に向けた。
「その割にはずっと黙り込んでなかったか?」
「それは怒ってたんじゃなくて、ちょっとね。自己嫌悪してたって言うか・・・。」
「なんで?」
考えてもいなかった蘭の言葉に新一が眉を寄せる。
訝しげな顔を自分に向ける新一に、失言だったと後悔しながら蘭は諦めた。
この目の前の名探偵に隠し事は通用しない。だったら、先に話してしまった方がいい。
「新一のコト、信じられなかったから。今日は絶対に約束守ってくれるって言ってたのに。
 やっぱりまたキャンセルかと思って帰ろうとしてたの。」 
そういえば、約束の場にようやく到着した時、蘭はこちらには背を向けていた。
せっかく一世一代の決意をしてやって来たというのに、彼女に帰られてしまったのなら大マヌケだ。
間に合って良かったと安堵しながら、新一はつい苦笑を浮かべていた。
「それはしょうがねーんじゃねーの?
 オレは前科ありまくりだからな。」
蘭の気持ちを軽くするように、わざとおどけたように言う。
実際、蘭がそう思っても無理ないほど、約束のキャンセルを続けてきたのは新一自身だから。
それでもいつも待っていてくれる蘭には、言葉では伝えきれないほど感謝しているというのに。
「蘭が自分を責める必要なんてねーよ。」
「ううん。必要あるわよ。」
彼の言葉に頑固に首を振る彼女に、新一はちょっと悩んでからイタズラっぽい表情を浮かべた。
「じゃあ、蘭がそんなに気になるってんなら・・・。」
「え?!」
いきなり肩を引き寄せられて蘭が目を丸くする。
対向車のライトを浴びて、1つに重なった影が浮かび上がった。
「・・・これでチャラな?」
「バカ!」
唇の間近で囁かれた言葉に、蘭が頬を桜色に染めながら文句を言う。
「オレが気にしてねーんだから、オメーも気にすんなよ。」
「気になるわよ。」
「ふーん、まだ気になるんだ?」
面白そうに片眉を上げて、再び近づこうとする新一の肩を蘭はどうにか押さえる。
「なんで近づいてくるのよ!」
「蘭が気になるって言うから、罪滅ぼししてもらおうと思っただけだけど?」
「ど、どうしてコレが罪滅ぼしになるのよ〜?」
「お手軽で良いだろ?」
身を引こうとしない新一に、蘭は白旗を掲げた。
「分かったわよ。もう気にしないから離れて。」
「それは残念。」
少しも残念そうではなく楽しげに呟いて、新一は動き始めた前の車を見てアクセルを踏んだ。
「・・・遅れるなら連絡してくれれば良かったのに。」
新一に丸め込まれたのが悔しくて恨みがましい視線を隣に向けた蘭は、何か一言言いたくてふと口をついて
出た言葉に改めて自分でも頷いた。
「わりぃ、携帯を持ってなかったからさ。この渋滞に巻き込まれてたから、他に連絡手段もなくて。
 連絡できなくて悪かった。」
「ウソ!?」
急な依頼が飛び込んでくる携帯電話を、他の何を忘れても手放す事がない新一を知っているから、
蘭は驚きに目を見張った。
「何が嘘なんだよ?」
「どうして携帯を持ってなかったの?」
驚いたと書いてあるような顔に新一は苦笑いを浮かべた。
「今日は家に置いてきたんだよ。」
「どうして?」
「・・・今日はどんな依頼も受けるつもりはねーから。」
携帯があるとつい出てしまうし、事件だと聞いたら飛び出したくなる自分を知っているから。
だから、置いてきたんだと、ふいっと蘭から視線を逸らして前の車のテールランプを見つめながら、
新一は照れくさそうに語った。
その横顔を眺めながら蘭はふと閃いた。
「ねぇ、ひょっとして今日が何の日か覚えてたの?」
「当たり前だろ!」
即座に返ってきた言葉に、蘭の中にものすごく嬉しくて温かな気持ちが広がる。
今日は高校生の時に黒の組織の事件に巻き込まれた新一が帰ってきた日で、2人の関係が幼なじみから
恋人に変わった日だから。
記念日とかあまり頓着しない新一が覚えていたのが意外だったし、嬉しかった。
「そっか、覚えてたんだ。」
上機嫌に笑う蘭を新一がちらりと横目で見た。
「何にやにやしてんだよ?」
「いいじゃない。嬉しいんだから。」
「そーですか。」
決まり悪いのか、そっけない返答だったけれど、蘭の気持ちに水をかける事はなかった。
逆に照れているのが分かるから、蘭はますます浮かれる自分を自覚した。
「ねぇ、新一。そういえば、どこに向かってるの?」
約束をした時にどこに行くかは任せてくれるかと言った新一に、今日という日に約束を出来ただけで
嬉しかった蘭は二つ返事で了承したから、今日の予定はまったく分かっていなかった。
約束は夕方だから遠出はしないとは思うし、一緒に食事に行くぐらいかなとは考えていたけれど。
「秘密。」
返ってきた言葉はとても短くあっけなかった。
「じゃあ、今日はどうするの?レストランで食事とか?」
「それも秘密。」
「えーっ、教えてくれてもいいじゃない。」
話そうとしない新一に拗ねるように呟いて、蘭はそっぽを向いてしまった。
動かない窓の外の景色を眺めている彼女の後姿は、振り向く気配が欠片もなかった。
蘭の顔が見えないのが寂しくて、新一は観念して秘密をちょっとだけ話すことにする。
「・・・6年前の仕切り直しだよ。」
「え?どういう意味?」
「着けば分かるさ。」
訳が分からなくて新一の方に向き直った蘭は、自分に向けて自信ありげに魅力的に笑う恋人の顔に
言葉も忘れて見惚れた。
そんな蘭の向こうの窓には工事中の看板が映り、窓の外の景色が軽快に動き始めていた。





その後、新一に連れて行かれた米花センタービルの展望レストランにて。
差し出された指輪を前に、蘭は先程の新一の言葉の意味を理解する事になる。


<了>



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工事中をネタに3カップルで書いた話なんですが。
なんで新蘭だけこんなに長いのかも、
なんで工事中からこんなにラブラブな話が出来たのも謎(笑)
新蘭はどうもラブラブなイメージらしいです。
ちなみに、この話は新一が妙にお気に入り。
たまには事件より蘭を優先させたかったんです。
ちょっと大人な感じで、余裕たっぷりにしたかったんですが、
感じは出てましたか?

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