青子の様子がどこかおかしいと気づいたのは、幼なじみとしてずっと傍にいた長年の勘。


風に乗せて


高校からの帰り道、快斗は歩きながらこっそりと隣の青子の様子を窺っていた。
快斗が近くにいっても話しかけるまで気づかない。
話が切れたちょっとした瞬間に、宙をさ迷う瞳。
何となく快斗の存在が無視されているような今日の青子に、快斗自身の機嫌も低下気味だ。
それを解消するべく、快斗は青子の様子がおかしい理由に考えを巡らせた。
快斗が話しかけても普通に返事をするから、快斗が何か青子を怒らせるような事をしたからという線は
なさそうだった。
今日もスカート捲りをして青子に追いかけられたりしたけれど、今更ずっと怒っているような事でもないし、
青子の性格からいっても根にもつタイプではない。
それに、青子の様子は怒っているというよりも、何か考え事をしていると思った方がしっくりくる。
(でも、アホ子が考え事ね〜。こんな能天気なヤツが、何を悩むってんだ?
 可能性が高そうなのは警部の事だけど・・・)
快斗は頭の中に人の良い幼なじみの父親を思い描いた。
青子の父、中森銀三は警視庁で怪盗キッド専任の警部をやっているけれど、
つい数日前の時計台の事件では怪盗キッドが盗みに失敗した事になっているし、
前みたいにキッド専任から外されそうだといったトラブルはなさそうだった。
他に青子が思い悩むようなネタは思いつかず、快斗はあっさりと考える事を放棄した。
快斗も一緒になって考え事をしていてもしょうがないし、快斗がようやく気づく程度の深く考え込むといったような
悩みでもなさそうだから、青子に直接聞いてしまっても構わないだろう。
即断即実行をモットーとしている快斗は、立ち止まって青子に話しかけた。
「なぁ、オメー何か悩み事でもあるのか?」
「えっ?」
青子もつられて足を止める。
ちょうど河川敷の堤防の上だったから、夕焼けに照らされた2人分の影が芝生の斜面の上に長く伸びた。
「今日ずっと上の空だったろ?」
「・・・どうして分かったの?」
「んなの見てりゃ分かるだろーが。」
即答で返ってきた言葉が何となくくすぐったくて、青子は小さく笑みを零した。
悩み事という訳ではないけれど、確かに今日はずっと考え事をしていた。
たぶん彼の事をこんなに考えたのは始めてだったと思う。
(あっ、そういえば・・・)
そこで、青子は目の前の幼なじみが彼のファンだと公言して憚らない事を思い出した。
それなら快斗に聞けばこのもやもやとした気持ちも消えるかもしれない。
「ねぇ、快斗。快斗はどうして怪盗キッドが盗みを働くんだと思う?」
青子の口から唐突に怪盗キッドの名前が出て来て、びくりと肩が揺れそうになったのを快斗は懸命に堪えた。
「はぁ?いきなり何言ってんだよ!」
訳が分からないといった表情を作りながら、快斗は青子の様子を注意深く探ったが、
純粋に疑問を口にしたといった風情だった。
正体がバレた訳ではないらしいと、青子には気づかれないように快斗はそっと息を吐いた。
「だって、快斗はキッドのファンなんでしょ?快斗だったら分かるかな〜って思って。」
(そりゃオレが怪盗キッドなんだから分かるけどよ。)
心の中で答えながら、快斗はなんで青子がそんな事を言い出したのかに興味があった。
今まで青子は口を開けば『キッドなんて大っ嫌い!!』としか言わなかったのに。
「なんでそんな事言い出したんだよ?」
「あ〜、話逸らそうとしてる!」
「ちげーって。ただ、キッドが好きじゃねーって言ってるオメーが、キッドの盗みの理由を気にするなんて
 珍しいと思ってさ。」
何となく自分から嫌われていると断言するのが嫌で、曖昧な表現を使った快斗だったが、
青子にあっさりと頷かれて苦笑を浮かべた。
「うん、そうだけど。でも、お父さんが言ってた事が気になっちゃって・・・。」
「警部が言ってた事?」
快斗は話が長引きそうだと思って、青子に訊ねながら堤防を下っていった。
快斗が河川敷に置かれているベンチに身軽な動作で座ると、後をついてきた青子も隣に腰掛けた。
「それで警部はなんて?」
「あのね、快斗もニュースで時計台にキッドの暗号が残されてたって聞いたでしょ?
 お父さんがあの暗号が解けたって昨日言ってたの。」
「ふ〜ん、凄いじゃん。」
「当たり前でしょ!青子のお父さんなんだから。」
父親を誇りに思っているのが一目で分かる青子の様子に、快斗は知らず目元を優しく細めていた。
時々、快斗が妬けてしまう位、中森親子はとても仲が良いのだ。
「へぇへぇ分かったよ。で、暗号の答えは何だったんだ?」
一応、ちゃんと答えを出せたのかが気になって、キッドファンの仮面を被りながら快斗が訊ねると、
勿体ぶらずに青子は答えてくれた。
「『この鐘の音は渡せない』だって。ねぇ、これってどういう意味だと思う?」
「どーいうってそのままの意味だろーが。アホ子、日本語も分からなくなったのか?」
警部もなかなかやるじゃんと思いながら混ぜっ返すように茶化した快斗に、青子が思いっきり頬を膨らませた。
「もうっ、そういう意味じゃないよ!青子が言ってるのは、なんでキッドがこんな暗号を残したかってコトよ。
 お父さんがね、あの時計台が移築される計画は白紙になったって。
 何でも事件のあった次の日に工事を始めなきゃいけなかったみたいなんだけど、
 キッドが暗号を残した所為でそれが出来なかったから。」
青子は快斗から視線を外して、目の前をゆったりと流れている川を見つめた。
「キッドはそのコトを知ってたから、あの日に予告をしたのかな?」
快斗に聞きながらも、青子の中で答えは決まっていた。
昨夜、銀三は時計の針についていたダイヤも偽物と分かったし、時計台が移築される事はないだろうと
言っていた。
時計台をお気に入りの場所にしている青子を知っていたから、銀三はキッドの話をして渋い表情をしていた顔を
その時だけは優しい笑みに変えていた。
きっと怪盗キッドはこうなる事を見越していたんだと思う。
だから、青子は大いに戸惑っていたのだ。
今まで怪盗キッドが盗みを働くのは、スリルを楽しむ為だけだと考えていた。
盗んだ物をすぐ返すのも盗む過程を楽しんで必要がなくなったからで、警察を小馬鹿にするようなそんな態度に
怒っていた。
けれど、今回の盗みの理由は時計台を守る為で、青子が考える怪盗キッドのイメージから大きく外れていた。
冷血で最低なヤツだと思っていたのに、本当は違うんだろうか?
そこまで考えて、青子は自分が周りからの情報だけで勝手に怪盗キッドのイメージを作り上げて、
嫌いだと思っていた事に気がついた。
今回の時計台のように、怪盗キッドには盗みを働く理由があるのかもしれない。
だとしたら、その理由を知りたいと青子は初めて思った。
「なんでキッドは盗むのかな・・・?」
「そんなに気にするような事じゃねーだろ?」
真摯な表情を浮かべている青子を意外に思いながら、快斗が訊ねると大きな頷きが返ってきた。
「気になるよ。もし、楽しんでるんじゃなくてちゃんとした理由があるんだったら、
 今まで悪口を言っちゃって悪かったなって思うし。」
それに、自分でも本当に単純だと思うけれど、怪盗キッドが時計台を盗んだ理由を知って、
何となく親近感みたいなモノを感じてしまったのだ。
青子と同じように、キッドも時計台に大事な思い出があるのだろうから。
怪盗キッドが報道の向こうから伝わる冷たい愉快犯ではなくて、ちゃんと血の通った人間で
何かを大切に思う事ができる人なのだと実感できた。
だから、怪盗キッドが時計台を守ってくれたんだと、青子も素直に認めて喜べた事は
快斗を調子づかせるだけだから絶対に秘密。
「・・・ったくアホ子だよなぁ。」
「なによ〜!」
呆れたような口調を取りながらも、快斗の口元は穏やかな笑みを刻んでいた。
今まで口を開けば嫌いとしか言われなかったのに、青子がこうして怪盗キッドの事を
真剣に考えてくれているのが嬉しい。
時計台を盗んだのは、青子と出会えた思い出の場所をなくしたくないという気持ちが1番だったけれど、
青子の哀しそうな顔を見ていたくなかったというのもあったから。
それが青子に伝わるなんて無理だと承知していたが、青子が少しでも何かを感じ取ってくれたのなら
報われるというものだ。
「青子がごちゃごちゃ考えても仕方ねーだろ?キッドが盗む訳なんて本人しか分からねーんだし。」
パンドラが見つからない現在、まだ青子に怪盗キッドをやっている理由は話せない。
でも、いつか全てが終わったらちゃんと話すから、今はそんな事で悩まないで欲しいと思う。
「あ、それともオメーもとうとう怪盗キッドの良さが分かったか?ひょっとして好きになったとか?」
そんな気持ちを込めて冗談に紛れ込ませてしまおうと、からかうように青子の顔を覗き込んだ快斗は
目を見張った。
快斗の目の前に広がったのは、全てを明るく照らすような向日葵の笑顔。
「そーね、青子は怪盗キッドのコト・・・」
青子の口が好きと形作る事を、快斗は一瞬息を止めながら待ったのだけれど。
「やっぱり大っ嫌い!」
予想と正反対の言葉に愕然とした。
滅多に見られない快斗の間抜け顔に、明るい笑い声がはじける。
「快斗ってばヘンな顔〜!」
青子に指摘されて快斗はポーカーフェイスを作ろうとしたけれど、憮然とした表情になってしまうのを
止められなかった。
(青子のヤツ、期待させやがって!)
いつかの時のように、今にも泣き出しそうな顔で言われなかっただけマシだったが、
ちょっと期待してしまった分だけ落胆は大きい。
快斗はふて腐れて青子を残してベンチから歩き出した。
だから、快斗は知らない。
『貴方が盗む理由は知らないからまだ嫌いでいるけど、時計台の事は嬉しかったから・・・。
 ありがとう、怪盗キッドさん。』
青子がこの広い空の下のどこかにいる怪盗紳士へと向かって、一際強く吹いた川風に乗せて
お礼の言葉を告げた事を。
どこかすがすがしい気持ちで大きく伸びをした後、青子は先を歩いている快斗を急いで追いかけた。
「快斗、待ってよ!」
青子は幼なじみの隣に並んでその腕に自分の華奢な腕を絡ませた。
「ねっ、快斗。時計台を見に行かない?」
「今からかよ?」
腕に当たる柔らかな感触にドギマギする気持ちを隠して、快斗がわざとめんどくさそうな表情を浮かべた。
けれど、青子は物ともせずにご機嫌に笑う。
「もちろん♪」
「・・・しゃーねーな。付き合ってやるよ。」
少し火照った頬を隠す為にそっぽを向きながら答えた快斗に、青子の笑みは一段と深くなった。
「それじゃ、出発進行〜っ!」
「アホ子、引っ張るなって!!」
いつものやり取りを繰り返して騒ぎながら時計台へと向かう2人の耳に、怪盗キッドが守った時計台の
昔から変わらない鐘の音が風に乗って優しく響いたのだった。


<了>




快青祭に出品させて頂いた話。何が良いかなぁと迷ったのですが、快青祭という事で原点に戻って原作から。
ブラック・スターの話は原作の中で1、2を争う位大好きな話ですv
怪盗キッドが嫌いな青子ちゃんですが、時計台の事件はキッドについて改めて考えてみる良いきっかけに
なったのではと思います。
快斗の為にもキッドの事を見直してくれると嬉しいなという願望を込めて書いてみました(笑)
いつか怪盗キッドの正体がバレる時がきたら、青子ちゃんにはこの時計台の事件を思い出して欲しいなぁと
思ってます。



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