信じる気持ち


謎の深紅のギアに沈められたユグドラシルは、砂の海の下に埋もれていたユグドラシルUに
生まれ変わり、現在は海の上を漂っていた。
その艦にはニサンの大教母である、マルグレーテ=ファティマも乗っていた。
普段は艦内を自由に歩き回っているマルーだったが、今は自室に閉じこもっていた。
マルーはベッドの上で膝を抱えて考え込んでいた。
いつも明るく優しい色を浮かべている彼女の蒼い瞳は暗く沈んでいた。
その原因は彼女の最愛の従兄、バルトロメイ=ファティマとの喧嘩である。
数日前、戦闘があった時にマルーは参加しようとして、バルトと派手な喧嘩を繰り広げたのだった。
(本当は無茶なことを言ってるって、自分で一番わかっているんだけどね。)
マルーは大きなため息をついた。
それでもなんでそうしたのかというと、何かしていないと不安だからだ。
自分が存在している意味がなくなりそうで。
母と祖母が生きているという偽情報に踊らされてシャーカーンに捕らえられ、
バルトに助けだされたことはまだ記憶に新しい。
あの後ニサンに戻った時に、もうニサンを離れないと誓ったというのに。
シャーカーンに狙われている自分がそのまま残っていては、大事な故郷を戦争に
巻き込みかねないから、危険を冒して様子を見に来てくれたバルトについていくことになったのだ。
それで、このユグドラシルで自分に何ができるか考え、自分の持つエーテル術が少しでも役に立つように
戦闘に参加したいと言ったのだ。後方支援だけでいいからと。
「バカなこと言うな。そんなことをさせるわけにはいかねぇ。」
予想通り、バルトには申し出を一蹴されてしまった。
「ボクなら大丈夫だから!少しはエーテル術も使えるんだから。」
「そんな半端な力じゃ、何の役にも立たねぇ。お前は部屋でじっとしてろ。」
半端な力。役に立たない。
分かってはいたけど、そう言われるのはつらかった。
でも、素直に頷くわけにはいかなかった。
バルトの言う通りに部屋でじっとしているだけなら、ただのお荷物だから。
自分がここにいる意味がなくなってしまうから。
「じっとしてるなんてやだよ。無茶はしないから・・・。」
更に言い募ったマルーに、バルトはため息を漏らした。
「あのな、お前がいても迷惑なだけなんだよ。わかったら部屋に戻ってろ。」
きっぱりと断言されて、思わずマルーの瞳には涙がにじんでいた。
「若のバカ!!」
意地でもバルトの前で泣きたくないから、マルーはそう言い捨てて部屋に駆け戻った。
それから、マルーはずっと部屋に閉じこもっていた。
シグルドやメイソンは心配して何度か様子を見に来たが、マルーは会わずに追い返していた。
バルトはというと、1回も姿を見せることはなかった。
それだけ、バルトも怒っているということなのかもしれない。
そう考えると心が痛みを告げてくるが、足手まといだと認めることになる気がするから、
自分から折れていくことはできなかった。ここまでくると、もう意地だった。
(それに、あんなふうに言わなくてもいいじゃないか。)
八つ当たりだとわかっているが、マルーは心の中でバルトに向かって文句を言ってみた。
自分でも分かっていることだけれど、あれほどはっきり言われるとかなりきつかった。
でも、バルトにしては言い方が厳しかった。
いつもなら、もう少しマルーを傷つけないように気を使うはずなのに。
マルーはあの時のバルトの様子を思い出していた。
厳しい口調とは裏腹に、苦しそうな顔をしていたような気がする。
いや、少しの怯えが混じっていなかったか?
(怯えてる?一体何に?)
マルーはハッと膝につけていた顔を上げた。
(そうか。そうだったんだ。なんでわからなかったんだろう。)
自分のことしか考えられなかった自分に腹が立った。
でも、今はそのことは脇において、バルトに会うためにマルーは部屋から駆け出していったのだった。


バルトはギアドッグで14歳の時からの相棒、ブリガンディアを見上げていた。
今は一つの傷も残っていないが、このギアがメチャメチャにされた時のことは今でも鮮明に
頭に残っている。
目の前でユグドラシルが沈んでいくのに、何もできなかった。
動かなくなったギアの中で、ただ見ているしかなかった。
あの時の悔しさ、喪失への恐怖は強烈で、しかも、その後わかったミロク隊の全滅とフェイ達の
行方不明が、バルトを信じられないほど弱気にさせていた。
辛うじて部下達の前では平気な振りを通していたが、マルーに戦闘に参加したいと言われた時、
その気持ちが前面に出てきてしまった。それで、マルーにもきつい態度をとってしまったのだ。
(マルー・・・。泣いてたよな。)
自分の前では必死にこらえていたが走り去っていった後、きっと一人で涙を流していたはず。
他でもない自分がそうさせてしまったことに、自分に対してひどく腹立たしい気分になる。
実際、自分でもひどく勝手だ思う。
自分としては戦略とか何も関係なく、マルーを自分のいない所で失うのが怖いというだけで、
ニサンから連れ出しておきながら、守りきる自信もなくて部屋に閉じ込もるように仕向けて。
なんでマルーがあんなことを言ったのか、よく分かっている。
大事な故郷から一人だけ逃げるように出てきて落ち込んでいるマルーを、自分が励ましてやらなければ
いけない、いや、励ましたいのも、充分過ぎるほど分かっている。
マルーの好きなようにさせて、それでも笑っていられる余裕があればいいのにと思う。
でも、かけがえのない存在だから、決して失いたくはないから、自分の力に疑いしか持てない今は、
安全なところに閉じ込めておきたい。
(俺って本当に自分勝手だよな・・・。)
バルトは俯いて重いため息を一つ漏らした。


マルーは久し振りに彼女の姿を見て目を丸くしているクルーを尻目に、バルトを探して艦内を
走り回っていた。
そして、ブリッジでバルトがギアドッグに行っているという情報を得て、マルーは一目散に
ギアドッグに向かって駆けて行った。
ギアドッグに入ってすぐに、ブリガンディアの足元にいるバルトを見つけた。
俯いている従兄はなぜかいつもより小さく見えて、一瞬マルーの足は止まりかけた。
しかし、マルーは気を取り直して、わざと大きな足音を立てながらバルトに近付いて行った。
バルトはすぐに気付いて顔を上げたが、マルーの姿を目に留めると、普段の彼らしくなく視線を逸らして
前を向いてしまった。
マルーはそんなバルトの態度を気にする事なく、勢いよくバルトの前に回りこんで長身の従兄を
見上げた。
「なにしけた顔してるのさ。」
そう言いながら、マルーはバルトのジャケットの裾を引っ張り、いきなりのことに前かがみになった
バルトの頬を、気合を入れるように両手で叩くような勢いで挟んだ。
頬に感じる軽い痛みと間近にあるマルーの顔に、バルトは大きく目を見開いた。
「ボクは死んだりなんかしないよ。ずっと若の側にいるよ。そんなの当たり前じゃないか。」
バルトの今は片方だけ開かれている瞳を覗きこんで、マルーはそう断言した。
それから、バルトが1番気にしているだろう事を口にする。
「それに、フェイ達だってきっと生きてるよ。」
こんなの気休めにもならないとマルーも分かっていた。
あれ以降、まったく連絡のないフェイ達の安否は絶望的かもしれない。
でも、今は嘘でもそう信じて頑張らなければいけない時だから。
「だから、元気だしてよ。そんな情けない顔してたら、フェイに笑われちゃうぞ。」
自分の気持ちを伝えるかのように、マルーは手に力を込めた。
バルトはそのマルーの両手の温かさを感じながら思っていた。
フェイ達の無事もマルーのことも、あれから何度も自分に言い聞かせてきた。
でも、みすみす作戦を失敗させてしまった自分の言葉など、到底信じることは出来なかった。
なのにマルーに言われたら、すんなり信じてしまいそうになるのはどうしてだろう?
(これでもこいつは大教母様なんだから、その言葉を信じても損はねぇだろ。)
バルトがふっと表情を和ませると、マルーは不思議そうな顔をして小首をかしげた。
(こいつも大変な時だっていうのに・・・。まったく情けねぇよな。)
優しい眼差しでバルトはマルーを見つめると、いきなり華奢な従妹の体を抱き寄せた。
「ありがとな。」
マルーにだけ聞こえる声で耳元に囁き、すぐにマルーを離して歩き出した。
バルトは少し歩いてから思い出したように、突然のバルトの行動に呆然と突っ立ったままの
マルーを振り返った。
「そうだ。やっぱり戦闘に出るのはダメだぞ。お前が笑っていてくれれば、それだけでも俺にとっては
 充分に意味があるんだから、あせらずに他にできることを探せよ。」
マルーを励まそうと思っての言葉だが、頬を赤く染めたマルーの反応を見て、かなりすごいことを
言ってしまったとバルトは慌てた。
マルーはその様子を見ながら、今まで心に重くのしかかっていた物が消えていくのを感じていた。
(そうだね。きっと何か他にボクだけにしかできないことを見つけられるよね。)
晴れ晴れとした表情をマルーは浮かべた。
「若、顔が真っ赤だよ。」
照れくささを隠すように、マルーがポツリと指摘した。
「お前だって人のこと言えねぇだろうが。」
ムキになったようにバルトが言い返す。
一瞬の間の後、お互いの様子に笑いがこぼれてくる。
それからしばらくの間、二人の久し振りの笑い声がギアドッグに響いていたのだった。


<了>




ゲーム中でバルト達が行方不明だった時の話です。
この時期、バルトもマルーも余裕がなかったのではないかと思って書いてみたんですが、
ちょっと消化不良気味な気が・・・(^^;
とりあえず、お互いの一言に救われてるっていうのが分かって頂けたら嬉しいです♪



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