お見舞いに行こう!


「シグ、遊ぼう!!」
隠しアジトの中に、可愛らしい子供の声が響いた。
シグルドの部屋の前で、まだ幼いバルトとマルーが仲良く手を繋いで、
シグルドが出てくるのを待っていた。
先頃、シグルド達によってシャーカーンの魔の手から救出された二人は、この隠しアジトで
ゆっくりと心身の傷を癒し、今では元気に駆け回って遊ぶほどに回復していた。
その二人のお気に入りの遊び相手がシグルドだった。
反シャーカーン勢力の中心となっているシグルドはとても忙しかったが、
合間をぬってバルト達の遊び相手をしていた。
そんなシグルドに、助けてくれた人だからというだけでなく、二人は懐いていた。
ドアが開いて、中から人が出て来た。
しかし、それはシグルドではなかった為、二人は不思議そうな顔をした。
「ごめんなさいね。シグルド様は遊んであげられないのよ。」
「どうして?」
「風邪をひかれて、寝込んでいらっしゃるのよ。」
「えっ!?そんなに具合が悪いの?」
「シグは大丈夫なの?」
心配そうに口々に訊ねるバルトとマルーに、看護婦は優しい表情を向けた。
しゃがみこんで幼い二人と視線を合わせる。
「大丈夫よ。少し熱があるぐらいだから。」
「シグに会える?」
「今はだめ。寝ていらっしゃるから。」
看護婦は二人の頭の上に手を置いて優しく撫でた。
「だから、今はお二人だけで遊んでもらえるかな?」
「うん。後でシグに会わせてくれる?」
「えぇ、もちろん。」
看護婦と指切りをして約束をとりつけると、二人はようやく安心したようだった。
「じゃあ、後でまた来るね!」
「お待ちしてますわ。」
元気に手を振ってから駆けて行くバルトとマルーの小さな背中を見送ってから、
看護婦はシグルドの部屋の中に戻っていった。


隠しアジトの食堂兼広間となっている部屋で、幼い二人は頭を悩ませていた。
別に何をして遊ぶか悩んでいた訳ではない。
「お見舞いに行くんだったら、やっぱり何か持ってかないとダメだよな。」
「そうだね。シグが喜ぶ物がいいよね。」
う〜んと考え込んだ後、マルーが明るい声を上げた。
「そうだ!お花とかぬいぐるみとかは?」
「あのな〜、シグはオトナのオトコなんだぞ。そんなもん貰って喜ぶわけないだろ。」
「だったら、若は何がいいと思うの?」
自分の提案をあっさり却下されて、マルーは拗ねたようだった。
「やっぱ船のオモチャがいいぜ!!」
自信満々のバルトをマルーがジト〜っと見つめた。
「・・・それは若が欲しい物でしょ。シグはオトナなんだから、オモチャで遊んだりしないよ。」
「じょ、冗談に決まってるだろ。そうだよな、シグはオモチャで遊ばないよな。」
慌てて取り繕うバルトに、マルーは軽く溜め息をついた。
それから、気を取り直して二人は考え続けた。
賑やかな部屋の中で、バルトとマルーがいる所だけ沈黙が訪れる。
「あっ、ケーキ!!ケーキはどうかな?シグは甘い物が大好きだよ。」
突然、マルーが名案を思いついた。
一緒に暮らしている二人は、意外に思えるシグルドの嗜好を良く知っていた。
「・・・そうだな。ケーキだったらシグも喜ぶよな!」
バルトも乗り気になったが、マルーがふと冴えない表情をした。
「でも、近くにケーキ屋さんはないよね。」
当然の事だった。隠しアジトがあるのは砂漠のど真ん中なのだから。
しかし、この問題にはバルトが解決策を見出した。
「ないなら、自分で作ればいいんだよ!ほら、爺がよく作ってくれる・・・」
「「シフォン・ニサーナ!!!」」
バルトとマルーの元気な声が重なった。
メイソンはいきなり過酷な砂漠生活を強いられる事になった二人に、少しでも慰めになればと
シフォン・ニサーナの作り方をマスターして、度々お茶の時間に出してくれていた。
このケーキはバルト、マルーはもちろんのこと、甘党のシグルドにも好評だった。
「それじゃあ、爺を探しに行こう!!」
シフォン・ニサーナの作り方を習う為に、二人はメイソンを探しに出かけて行ったのだった。


アジト中を駆けまわって見つけたメイソンに事情を説明したら、メイソンは一緒に
ケーキ作りをする事を快諾してくれた。
この時、「なんてお優しい心遣い。二人とも御立派になられて。」と、メイソンが感激して
涙を流したとか、流さなかったとか。
ともかく、いつもなら昼食の片付けも終わり、夕食の仕度の前でちょっとした静けさが訪れる
台所に、賑やかな声が響いていた事は確かだった。
「あ〜、若!そんな乱暴に粉をふるってはいけません!!
それでは、使える粉がなくなってしまいますよ!」
「大丈夫、大丈夫。俺に任せとけって。」
辺り一面を白くしながらバルトが粉をふるっている横では、マルーがバターやら、砂糖やら、
卵やら色んな物を黙々とボールに混ぜていた。
「ねぇ、爺。これでいい?」
「はい、大変結構でございます。マルー様は、お菓子作りの才能がございますね。」
マルーとメイソンがニッコリと笑顔を交わしている所へ、バルトが割り込んだ。
「粉をふるい終わったぞ。」
「では、このボールの中にゆっく・・・」
メイソンの言葉が終わる前に、バルトが粉を一気にボールに開けた。
「若!そんな一気に入れてはだまになってしまいます!!」
「いいじゃんか。ちまちま入れてられないよ。」
そんなこんなでどうにか型に流し込む前まで出来た時、台所の入り口に人が現れた。
「メイソン卿、ちょっとお話が・・・」
「少しお待ち下さい。」
入り口に向かって声をかけると、メイソンは主にバルトに向かって注意した。
「爺が戻ってくるまで、何もしないで下さいね。」
「「は〜い!」」
メイソンは二人の素直な返事に、満足そうに頷きながら入り口に向かった。
それを確認してから、バルトは嬉しそうに泡立て器を手に持った。
「これはもう少し混ぜた方がいいよな。」
実は、バルトは混ぜる係をやらせてもらえなかった為、やりたくてしょうがなかったのだ。
混ぜ始めたバルトの腕を、マルーが慌てて引っ張った。
「若、ダメだよ。爺は何もしないでって言ってたよ。」
「平気だって。・・・あっ!」
マルーの方を見ながら混ぜていたら、バルトはラム酒の小瓶を倒してしまった。
最後の香付けに入れたのだが、蓋を閉めるのを忘れていた。
慌ててバルトは瓶を起こしたが、新品同様だった小瓶は半分ぐらいに減っていて、
その分はボールに入ってしまっていた。
「あ〜っ、若どうするの?」
「・・・・・・・混ぜちゃえば分からないだろ!
 お酒はヒャクヤクのチョウって言って、体にいいから大丈夫だ。」
心配そうなマルーに偉そうに講釈すると、バルトは開き直って混ぜ続けた。
ボールの状態が前と同じに見えるようになった時に、メイソンが戻ってきた。
「ん?この香は?」
強烈に漂うラム酒の香に、メイソンはすぐに気がついた。
「これは若が・・・」
「お酒の瓶を倒しちゃったんだ。でも、テーブルにこぼしたのは拭いといたから。」
マルーが事実を告げる前に、バルトはメイソンに一気に言った。
隣のマルーには黙っていろと必死に目配せする。
マルーは渋々と口を噤み、メイソンはバルトの言葉に納得したようだった。
「それでは、急いで焼いてしまいましょうか。」
メイソンが手早く型に流し込み、オーブンに型を入れた。
それからしばらくして、バルトとマルーは焼きあがったシフォン・ニサーナを、
メイソンは紅茶セットを持って、三人はシグルドの部屋に向かった。
ドアをノックすると先程と同じように看護婦が顔を出し、三人を見てニッコリと笑った。
「今度は起きてらっしゃるわよ。」
その言葉にバルトとマルーが部屋の中に向かって、一目散に駆け出していった。
「シグ〜、大丈夫?」
「もう起きてて平気なの?」
ベッドに起きあがっていたシグルドは、勢い込んで訊ねる二人に少し目を見張った後、
優しい笑みを浮かべた。
「もう大丈夫ですよ。ご心配をおかけしてしまって、どうもすみませんでした。」
いつもと同じ様子のシグルドに、二人は心底嬉しそうな表情をした。
「そうだ。シグにシフォン・ニサーナを持って来たんだよ。」
「シフォン・ニサーナを?」
「うん。爺に手伝ってもらって、マルーと二人で作ったんだ。」
自慢するバルトの言葉に驚いて、シグルドが顔を上げてメイソンの方を見ると頷いていた。
「それはありがとうございます!!」
感激しているシグルドの様子に、幼い二人も満足したようだった。
「早速、頂いてもよろしいですか?」
「うん、食べて食べて!!」
どういう感想を聞けるかワクワクして二人が見守る中、シグルドがシフォン・ニサーナを
刺したフォークを口に含んだ。
(う゛っ!!やけに酒の味が強いな・・・)
一時拉致されていたソラリスで薬物投与されたせいか、シグルドはアルコールが
苦手になっていた。
しかし、不味そうな表情をしてしまえば、折角の二人の気持ちを無駄にしてしまう。
シグルドは必死で美味しそうに、シフォン・ニサーナを飲み込んだ。
「す、すごく美味しいですよ。」
少々シグルドの顔は引きつっていたが、幸いにもバルトもマルーも
気が付いていないようだった。
「良かった〜。遠慮しないでもっと食べて。」
「い、いえ、折角ですから、若とマルー様も味見されたらいかがですか?」
「ダメだよ。これはシグのお見舞いなんだぞ。」
「そうだよ。シグが全部食べて。」
必死のシグルドの提案も、二人は即座に断ってしまった。
「でも、メイソン卿も食べてみたいですよね?」
シグルドは助けを求めるようにメイソンを見たが。
「ダメだってば。これはシグのなんだから。」
「そうだ。爺の分は後でまた作ってやるから。」
これまたすぐに却下されてしまった。
「そうですか・・・」
その後もなかなか食べようとしないシグルドに、二人は疑いの眼差しを向けた。
「なんで食べないんだ?」
「ひょっとして、本当は不味かったの?」
少し怒ったようなバルトの顔とシュンとしてしまったマルーの顔を交互に見て、
シグルドはとうとう観念した。
「いえ、すごく美味しいですよ!!」
やけになったシグルドが大口でシフォン・ニサーナを全て平らげるのを、
バルトとマルーは嬉しそうに見守っていたのだった。


次の日、風邪は治ったのにシグルドはまた寝込む羽目になった。
看護婦によると、二日酔いとのことだった。


<了>

注:この話は十数年前のことなので、これに出てくる看護婦さんはユグドラシルにいる
  注射・手術好きのあの看護婦さんではありません(笑)



これは書いててめちゃめちゃ楽しかったです(笑)
最初はバルトとマルーの会話しか考えてなかったんですが、書いたら伸びる伸びる(笑)
シグルドはちょっと可哀想でしたね〜(笑)こうなる予定ではなかったんですが(^^;
そうそう、シフォン・ニサーナの作り方はかなりいい加減です(笑)



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