それまでの全てが崩壊したあの日。
心が張り裂けそうな悲しみと共に、この世で1番怖いモノが何かが分かった。
だから、俺は強くなろうと思った。
もう2度とこんな想いをしないですむように     .


この世で1番怖いモノ


「俺は絶対に反対だ!!」
バルトの大声がガン・ルーム中に響き渡った。
それを耳を塞いでやり過ごしてから、エリィもバルトに負けない大声を返した。
「ちょっと大きな声を出さないでよ。耳が悪くなるじゃない!」
「それはこっちの台詞だっ!」
バチバチと音がしそうなほど睨み合うバルトとエリィの間に、黒髪のがっしりした体格の青年と
柔らかな栗色の髪を大きなリボンで結わえた少女が割って入った。
「まぁまぁ、2人とも落ち着けよ。」
「そうそう、爺の紅茶でも飲んで。ね?」
すかさず目の前に出された湯気を上げるカップを反射的に受け取ってしまって、バルトは苦虫を潰したような
顔でエリィへとちらりと視線を走らせた。
向こうも似たような状況に陥っていて、してやられたような気分でバルトは紅茶を1口飲んだ。
メイソン特製の紅茶は気分を落ち着かせる成分でも含まれているのか、口からカップを離した時には
いくらか冷静さが戻ってくる。
あくまで‘いくらか’であって、根が熱血な艦長が彼の片腕の副官のような冷静さを見せることは
なかったけれど。
「それで、本日のお題は?」
途中からガン・ルームに入ってきて事情を知らないフェイが、バルトとエリィを見比べながら訊ねる。
「お題って何だよ?!」
思わず唸ったバルトを捨て置いて、エリィがフェイに向かって説明を始める。
「このところ暗い話題ばかりじゃない?
 だから、皆でパァ〜ッと盛り上がることをしたいねって言ってて、肝試しなんか良いんじゃないかな〜って。」
「肝試しか〜。」
「良いと思わない?せっかく近くに手頃な森もあるんだし。」
エリィの言うとおり、停泊中のユグドラシルの側に鬱蒼とした森があった。
森が姿を隠してくれるから、ココへと停泊しているといるといった方が正確なのだが。
ニサンにも程近いココではモンスターもほとんど出ず、また出たとしても雑魚ばかりで安全と言える森だった。
「・・・そうだな。面白いかもな。」
「そうでしょ!やっぱり誰かさんと違ってフェイは話が分かるわ。」
フェイへと笑顔を向けながらエリィがさらりと言った言葉に、蚊帳の外に置かれていたバルトの機嫌が
一層低下する。
「とにかく俺は反対だからな。」
不機嫌に宣言する親友に、フェイが訝しげな表情を浮かべる。
「どうしてだ?こういう話にはいつも1番乗り気じゃないか。」
「あのな、俺は皆の命を預かっている艦長なんだぜ?
 完璧に安全を保証できねぇのに賛成できる訳ねぇだろうが。」
いつも先頭を切って危険に飛び込んでいくバルトらしからぬ言葉だったが、もっともな発言にフェイが
頷きかけた時、エリィがふふんと笑った。
「偉そうな事を言ってるけど、本当はお化けが怖いんじゃないの?」
「何だと!」
「昔、肝試しをした時にものすごく怖がってたという噂だけど?」
確かに小さな頃、マルーと肝試しに出かけて迷子になり、迎えにきたシグルドに抱きついて泣いてしまった
という苦い思い出があった。
彼の名誉の為に言っておくと、シグルドが迎えに来る前は泣き出してしまったマルーを慰め、涙など一欠けらも
見せなかったのだけれど。
従妹の前で精一杯虚勢を張っていたが、繋いだ手から震えがマルーにも伝わってしまったのかも
しれなかった。
そんな遠い過去に意識を飛ばしかけたバルトははっと我に返った。
バルトでも忘れかけていた昔の話をエリィが知っているはずもない。
情報の提供元であろうマルーに視線を向けると、ごめん!と手を合わせていた。
素直に謝られてしまうと怒れもしないと、息をはくバルトにエリィが言葉を繋ぐ。
「まさか今でもお化けが怖いなんて言わないわよね?」
「当たり前だろ!」
「本当に?」
「本当だ。」
「じゃあ、肝試しぐらいできるわよね?」
「当然だ!・・・って、おい!」
エリィの誘導に見事引っかかってしまったバルトが、慌てて抗議しようとしたけれど。
「男に二言はないわよね?」
どこか迫力のある笑顔のエリィに押し切られてしまったのだった。


「・・・絶対、何か企んでるよな。」
「なんのコト?」
思わず呟いた言葉に反応したのはマルー。
頭1つ分は小さいマルーを見下ろして、バルトはどこか嫌そうな表情を浮かべた。
「エリィがだよ。あいつ、絶対に何か企んでるぜ。」
「そうかな?」
「賭けてもいいぜ。大体、この組み合わせからして怪しいと思わねぇ?」
「怪しい?」
うーんと考え込んだマルーを促しながら、月明かりの下をバルトは森の中の道を先へと進んでいく。
ほぅほぅと怪しい動物の鳴き声が響く中、バルトとマルーは2人で歩いていた。
あのガン・ルームでの1件の後、エリィがあれよあれよという間に準備を整えてしまい、早速その日の晩に
肝試しを行う事になってしまったのだ。
2人1組で森の中にある山小屋に置かれたコインを取って来るという極めて一般的なルールだったけれど。
(俺とマルーで1組って出来過ぎだよな。)
バルトは出発前に行われたくじ引きを思い出す。
バルト達の他はフェイ・エリィ組、ビリー・マリア組、リコ・チュチュ組など、絶対に何か細工しただろうという
組み合わせだったのだ。
彼としてはマルーと一緒で良かったので、敢えて意義は唱えなかったが。
「ねぇ、若。何が怪しいの?」
「いや、やっぱ良い。」
分かっていないマルーに説明するのが面倒くさくて、バルトは適当にごまかした。
それから、他愛もない事を話しながら更に奥へと進んで行く。
奥に進むほど年月を重ねた大きな樹が増え、頭上に伸ばされた生い茂った枝が月の光を遮ってしまう。
段々と無口になってきたマルーに、気づかれないようにバルトは苦笑した。
「大丈夫か?」
「な、何が?」
実は肝試しに大喜びで賛成していたマルーが、精一杯何でもないように振舞う。
けれど、そんなのは小さな頃から彼女を見てきたバルトにはバレバレで。
「怖いんじゃねぇの?戻るか?」
「だ、大丈夫だよ!」
意地を張っている従妹の言葉にバルトはそっと溜め息を吐く。
「小せぇ頃から怖がりのクセして強がんなよ。」
マルーはバルトの事しか話さなかったらしいが、昔行った肝試しで迷子になった時、マルーはわぁわぁ泣いて
しまって大変だったのだ。
あれからお化けが大丈夫になったと聞いていない。
「ったく、だから肝試しなんて止めとけって言ったんだよ。」
「大丈夫だって言ってるでしょ。」
呆れたように呟かれて反射的に言い返してしまってから、マルーはあれっと首を捻った。
「ねぇ、若。若は怖くないの?」
「全然怖くねぇよ。」
気負いもなく答えるバルトは、嘘を言うでもなく本当に平気そうだった。
マルーの中でどんどんと疑問が膨らむ。
「じゃあ、なんであんなに肝試しに反対してたの?」
「へ?」
バルトはとぼけた声を上げながら、内心痛いトコロを突かれたと思っていた。
肝試しに反対したのは、実は今でも怖がりなはずのマルーの為だったけれど、
それを素直に言えるはずもない。
「若、どうして?」
真剣な瞳で見上げてくるマルーに、バルトはどうやってごまかそうか高速で頭を回転させる。
バルトの主観ではかなりの時間が経ってしまった後、良い言い訳が浮かばなくてバルトは観念して
口を開いた。
「それはだな・・・。」
その時、小さく息を飲む音が聞こえた。
「マルー?」
目の前にいるマルーの顔が引きつっているように見えてバルトが首を傾げると、マルーは無言で
バルトの背後を指差した。
小さく震える指先が指す方向を見ると、少し先の樹の陰に何かがいるのが見えた。
白いアレはひょっとして・・・?
バルトがその正体を見極めようと目を凝らした時、白い影がこちらへと向かって飛び出してきた、ように見えた。
「きゃ〜、やだやだっ!!」
悲鳴を上げたマルーが、お化けとは反対方向へと駆け出す。
「マルー!ちょっと待て!いきなり走ったら・・・。」
危険だと言う前に、盛大に転んだマルーが目に入ってバルトはあちゃ〜と天を仰いだ。


「若、ごめんね。」
後ろから聞こえてきた落ち込んだ声に、バルトは眉をひそめた。
「ばぁか、謝んなよ。気にするな。」
「でも、迷惑かけちゃってるし。」
「迷惑じゃねぇよ。」
穏やかに話すバルトの肩に頭を押しつけて、マルーはそっと息を吐いた。
足を捻ってしまって歩けなくなったマルーは、バルトに背負われてユグドラシルへと帰るところだった。
結局、お化けかと思ったあの白い影は、誰かが捨てたのか淡い色のマントで。
勘違いから怪我までしてしまってずーんと沈み込んでいるマルーが分かるのか、バルトは敢えて明るい声で
話題を変える。
それが功を奏したのか、バルトがマルーがユグドラシルに乗る前の活躍譚(別名、シグルド&メイソンの
気苦労話)を話し終える頃には、マルーも小さく笑い声を上げていた。
それにバルトは内心胸を撫で下ろした。
「ねぇ、若。」
「何だ?」
「若っていつの間にお化けが怖くなくなったの?」
またさっきの自己嫌悪の続きかとバルトは一瞬疑ってから、マルーの声に純粋な疑問しか含まれていない事に
ホッとした。
それから、この質問に答えるべきかどうか少し悩む。
「若?」
訝しげなマルーの声に、バルトは答える事に決めた。
「・・・クーデターの時。」
「え?」
思いも寄らない答えが返ってきて、マルーが驚きの声を上げた。
「あの時、この世で1番怖い物が何なのか分かったんだよ。」
「1番怖いモノって?」
「自分の身近な人達が死んじまう事。1番怖い物が分かっちまったから、お化けなんて怖くなくなった。」
「そう・・・。」
バルトの言葉を心に留めるように頷いていたマルーに、バルトが1番言いたかった事を告げる。
「だから、マルー。不用意に怪我なんてすんじゃねぇぞ。」
湿っぽい話をしたかったのではなく、本当は従妹に釘を刺すのが最大の目的だった。
背中に背負っている従妹は目を離すとすぐに無茶をするから。
「分かった。」
いつになく素直な言葉が返って安心したバルトは、すぐさまマルーに反撃される事になる。
「若も無茶して怪我しちゃダメだからね。ボクだって若が死んじゃう事が1番怖いんだから。」
首に回されていた手にぎゅっと力が篭る。
その力からマルーの気持ちが痛いほど伝わってきたけれど。
「分かったから力抜け!苦しい!!」
「あ、ごめん!」
マルーが慌てて力を緩めると、バルトは大きく息を吸い込んだ。
そんなバルトの耳元にマルーは唇を寄せる。微かに伝わるマルーの吐息がくすぐったかった。
「若、約束だからね。」
「わぁったよ。」
ぶっきらぼうに答えるバルトの顔色は、薄暗い森の中だったのでマルーに気づかれることはなかったのだった。


<了>




若マルという以外に特に指定はありませんでしたので、1度書いてみたかった肝試しの話を書いてみました。
・・・が、なんか方向がずれてますよね(汗)
バルトが今でもお化けが怖い事にするかどうか迷ったのですが、怖くない方にしてみたり。
実はバルトをカッコ良く書こうキャンペーンを展開中なので(笑)
ちなみに、エリィが2人を驚かして急接近させちゃおう計画を立ててこの先に隠れていて、
いつまでもやって来ない2人にしびれを切らしているという裏設定があったりなかったりします(笑)



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