すごく懐かしい、夢を見た。
長い間、記憶の片隅に埋もれていた、とても優しい思い出を。


Cooking Memory


ユグドラシルの廊下をブラブラと歩いていたバルトは、台所で動き回る人影を見つけた。
夕食も終わり、後は寝るだけのこの時間に、台所に人がいるのはおかしい。
バルトはドアの影から、そっと中を窺った。
パタパタと忙しそうに動いているのは、バルトが最も見慣れた人物だった。
(マルー?何やってんだ?っと、ここだと料理するしかねぇか。)
自分で自分にツッコミをいれながら、バルトはマルーの様子を眺めた。
鍋を火にかけようとしているマルーはとても楽しそうにしていて、切れ切れに鼻歌まで聞こえてくる。
マルーの嬉しそうな表情に、バルトは思わずジッと見入っていた。
それから、そんな自分に気付き、誰が見てる訳ではないのに、
わざとらしく咳払いをしてマルーに声をかけた。
「マルー!こんな時間にどうしたんだよ?」
「えっ?若っ!?・・・あつっ!」
突然の声に驚いたマルーが熱くなっていた鍋に触ってしまい、左手を押さえた。
「馬鹿野郎!何やってんだ!」
バルトが慌ててマルーに近付き、少女の華奢な手首を掴んで水道まで引っ張っていった。
勢い良く蛇口をひねり、自分の手ごと水につける。
「まったく、注意しろよ。大火傷したらどうするんだ。」
説教モードになっているバルトに、マルーはぷぅっと頬を膨らませた。
「若がいきなり声をかけた所為じゃないか。ビックリさせないでよね。
 手を離して。一人で出来るよ。」
「いいから、じっとしてろ!」
マルーは手を振り解こうとしたが、バルトにぎゅっと掴まれて出来なかった。
抗議しようと長身の従兄を見上げ、マルーは真剣な表情で彼女の赤くなった手を見つめている
バルトに気が付いた。
心配の表情を覗かせるバルトに、さっきのムッとした気持ちはどこかに飛んで行ってしまった。
「・・・ごめんね。今度から気を付ける。」
「ん?おぅ、今度から注意しろよ。」
いきなり素直になったマルーにバルトは訝しげな顔をしたが、深くは追求しなかった。
未だに手を水につけたまま、バルトは隣の小さな従妹を見下ろした。
「それより、なんでこんな時間に料理なんかしてんだ?」
「夢を・・・」
マルーの言葉が途中で宙に消えた。
「へ?夢がなんだって?」
「えっと、そうじゃなくて。い、いつも頑張ってるみんなに元気が出るものを食べてもらおうと思って、
 料理の練習してたんだ。」
ぎこちない笑いを浮かべながら、マルーは思いついたばかりの理由を言った。
思わず口にしそうになった本当の理由を、バルトに知られるのはちょっと恥ずかしい。
「本当かよ?」
いかにもごまかしてますといった風情のマルーに、さすがにバルトも疑いの眼差しを向けた。
「ホント、ホント。そうだ!ちょうどいいから、若、味見してよ。」
話を逸らそうとしてるのがバレバレだったが、バルトもそれに乗ることにした。
マルーが何を隠そうとしているのかは気になったが、無理に聞き出すつもりはなかった。
何より、コトコトと音を立てている鍋からの匂いは、まだまだ旺盛な食欲をみせる胃袋には
無視できない程魅力的な物だったのだ。
それなのに、バルトの口からは気持ちとは裏腹な言葉が出る。
「いいけど、胃薬を用意しといてくれよ。」
「そんなの必要ないもん!」
からかいの響きを含む声に、マルーがバルトに掴まれていない方の手を、彼に向かって上げた。
バルトはなんなくその手をキャッチすると、両手を掴まれる態勢になったマルーがバランスを崩して
従兄の方に倒れ込んだ。
バルトが慌てて手を離し、マルーの背中に手を回して彼女を支えた。
マルーは自分をしっかりと受け止めてくれたバルトの力強い胸に、
バルトは華奢で柔かなマルーの身体に、それぞれ驚いて時間が止まる。
沈黙が降りた台所の中で、水の流れる音だけが変わらずに聞こえていた。
バルトの腕がマルーの背中を強く抱きしめようとした、その時。
「・・・そ、そうだ。お鍋が焦げちゃう。」
俯いたままのマルーが、急に思い出したようにバルトから離れようとした。
バルトの手が名残惜しそうに、マルーをゆっくりと放す。
「ね、若。そこに座ってて。もう少しで出来るから。」
マルーが鍋の方に向かいながら言った。
ここからはよく見えないが、マルーの顔は赤くなっているようだった。
ふっと表情を和ませて、バルトはマルーの言う通りに椅子に座った。
料理が出てくるのを待ちながら、エプロンをつけたマルーの後姿を何気なく見つめる。
(・・・ひょっとして、これって、し、新婚さんみてぇじゃねぇか。)
思いついた自分の考えに、今度はバルトが真っ赤になる。
熱の集まった頬をバルトがパシパシと叩いてる時、マルーが料理を持ってきた。
「どうしたの?」
「な、なんでもねぇよ。それより、出来たのか?」
「うん。食べてみてよ。」
マルーがバルトの前に美味しそうな湯気を上げる皿を置いた。
早速、バルトがフォークを手に持って料理をパクッと口に頬張る。
「どう?美味しい?」
マルーの心配そうな大きな瞳が、バルトの表情の変化を逃さないようにと真っ直ぐに見つめる。
素直に答えようとして、バルトの頭の中にちょっとした悪戯が浮かんだ。
「・・・不味い。分量でも間違えたんじゃねぇか?」
「ホント!?どれを間違ったんだろう?」
マルーが慌ててレシピとにらめっこする。
真剣に悩んでいるマルーの姿が微笑ましくて、ついバルトの口から笑いが漏れた。
「若?」
「嘘だよ。うまかったぜ。」
「もうっ!若のイジワル。」
ふてくされた振りをしようとしたが、満足そうな表情をしているバルトにマルーの頬は緩んでいた。
「マルーにこんな美味しいもんが作れるなんて意外だったな。」
「少しは見直した?若の為に頑張ったんだから。」
胸を張るマルーに、バルトはおやっという顔をした。
「さっきはみんなの為とか言ってなかったか?」
「あっ!えっと、その、若の為だけじゃなくて・・・」
マルーがさっと頬を染め、しどろもどろになる。
そんなマルーに優しい眼差しを向けたバルトが、ふと真面目な表情をした。
「マルー、ほっぺたに何かついてる。」
「えっ、どこ?」
マルーが手の甲で頬を拭おうとすると、バルトがその手を押さえた。
「若?」
マルーの蒼い瞳に映るバルトの顔がどんどん大きくなった。
バルトがマルーの唇を掠めるように、マルーの頬に唇を押し当てた。
「よしっ、取れたぞ。」
「わ、わわ、若っ!」
これ以上にないくらい真っ赤になったマルーが目を白黒させる。
「ごちそうさん。美味しかったぜ。また作ってくれよ。」
マルーの様子におかしそうに笑いながら、バルトは言葉を残して去っていった。
後には、赤くなって頬を押さえたマルーと、きれいに空っぽになったお皿が残された。
しばらくして、ようやく硬直が解けたマルーが、お皿を片付けようとギクシャクと動き始めた。
お皿を手にしたマルーの瞳が、ちょうど向かいにあった窓に映る月を見付けた。
片付けを中断して、マルーは窓の側に近付いて行った。
雲一つない夜空に浮かぶ月を見ているうちに、さっきのバルトの行動にさざめいていた気持ちが
ようやく落ち着いてきた。
(ねぇ、ママ。あの時、ママが言ってたこと、ようやく分かったよ。)
空に輝く月よりも綺麗な笑顔を浮かべて、マルーはそっと心の中で呟いた。


「ママ、何してるの?」
小さな女の子が珍しい所で見つけた母親の元まで走り寄って行った。
「お料理してるのよ。」
綺麗な銀髪の女性が女の子の方を振り返った。
その声は、今にも歌い出しそうなくらい弾んでいる。
「どうして?」
母親はいつも仕事が忙しく、台所に立つ姿を見た事がない女の子が、素直に疑問を口にした。
その言葉に一瞬だけ、母親が悲しそうな表情を覗かせた。
いつも仕事、仕事で、あまり娘をかまってあげられないことが大きな悩みだったから。
でも、その表情を娘に気取られないうちにかき消した。
「今日はね、パパの誕生日なの。だから、パパの好きな料理を作ってるのよ。」
母親の顔に自然と綺麗な笑みが浮かんだ。
それにぼ〜っと見惚れた後、気を取り直した女の子が拳を固く握り締めて宣言した。
「わたしも手伝う!!」
「急にどうしたの?」
母親が急に大きな声をあげた娘に少し目を丸くした。
「だって、綺麗になりたいんだもん!」
いつまでも少女のように若く、美しい母親は女の子の密かな憧れだった。
その母親が今見せた表情は、これまで見た中でも最高の部類に入るものだった。
今日、母親がやっている事で、いつもと違う事と言ったら料理だけ。
だから、一緒に料理をすれば、自分の憧れに近付けると女の子は思ったようだ。
少し言葉が足りない女の子だったが、母親はちゃんと理解したようだった。
「お料理をしたからといって、綺麗になれる訳じゃないのよ。」
しゃがんで女の子と視線を合わせながら、母親がイタズラっぽい笑みを浮かべる。
「え〜っ!だって、お料理をしてるママ、凄く綺麗に見えたよ。」
女の子が不満気に頬を膨らませた。
「それはね、きっとパパの為にお料理してるからよ。
大好きな人の為に何か出来るのが嬉しくて、表情に出ちゃうのね。」
眉間にしわを寄せて、女の子は一生懸命に考えた。
「ちょっと難しかったかな?
う〜ん、そうね。好きな人が出来たら、お料理してあげてみるのはどうかしら?
そうしたら、きっと今のママの気持ちが分かると思うわ。」
頭を撫でる母親の手にくすぐったそうに笑いながら、女の子は母親の提案に大きく頷いた。
「うん!マルーも大好きな人ができたら、料理を作ってあげるね!!」


<了>




ラブラブで、マルーの料理をバルトが食べている話というリクだったんですが、
思った以上にラブラブになって自分でもビックリです(笑)
これも全てバルトが暴走したせい(笑)
マルーのほっぺには何もついてなかったのではないかと、自分でも疑ってます(笑)
それにしても、この話はタイトルを付けるのに、すごく悩みました(^^;
どこかに上手いタイトルの付け方が転がってないでしょうか?



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