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「これはビリーさんの為に作ったんだから!!」 払われた手よりも何よりも、マルーのその言葉が一番心に痛かった |
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夕食の時間にはまだ少し早い夕刻、バルトは1人ぶらぶらと廊下を歩いていた。 いつもなら巨大なユグドラシルを統べる艦長として雑事に追われる時間帯だったが、今日は珍しく 舞い込んで来る仕事が少なかったのだ。 ブリッジに残っていて面倒な仕事が回ってきたらやばいと、バルトは早々にブリッジを抜け出してきたのだ。 「それにしても、腹減ったなぁ。」 バルトはその端正な顔立ちには似合わない情けない声を出した。 まだまだ旺盛な食欲を見せる若者では、戦闘もなく座って仕事をしていただけと言っても容赦なく お腹を空かせるのだ。 何かつまめるものでもないかと食堂を覗いたバルトは、テーブルの上に何かがのった皿をみつけた。 近づいていってみると、それは簡単なコース料理といった風情で。 漂ってくる美味しそうな匂いが、バルトの胃を直に刺激する。 夕食のレパートリーの中では見た事がない料理に首を傾げつつ、バルトはメインディッシュらしい魚のソテーが のっている皿に手を伸ばした。 付け合せのポテトの揚げ物を、行儀悪く手でつまんで口に運ぶ。 (おっ、うめぇ・・・。) モグモグと口を動かしながら、バルトが更に手を伸ばしたら横からペシッと軽く手をはたかれた。 「食べちゃダメ!これは若のじゃないんだから!」 「マルー?」 気がつくと横には小柄な従妹の姿があった。 厨房の奥からバルトを見つけて出てきたらしいマルーは、腰に手を当てて上目遣いにバルトを軽く睨んでいた。 怒っているはずのマルーの顔なのに妙に可愛く見えて、バルトは心の中で密かに笑う。 「これ、お前が作ったのか?」 エプロン姿のマルーを横目に眺めつつ、バルトはマルーのガードする手をかいくぐって揚げ物を1つかっさらうと 口に入れた。 「もうっ!食べちゃダメだってば!これはビリーさんの為に作ったんだから!!」 マルーの言葉が耳に届いた途端、それまで美味しく感じていた口の中のモノが砂を噛んでいるかのように 味がしなくなった。 「ビリーの為、だと?」 機械的にどうにかこうにか口の中のモノを飲み下して、バルトは掠れた声を出した。 「うん、そうだよ。今日はビリーさんの誕生日なんだって。 だからね、ビリーさんの好きな料理を作って、2人だけでお祝いし・・・。」 「まじぃ。」 それ以上マルーの声を聞いていられなくて、バルトは反射的にとても低い声音で呟いていた。 「えっ?」 突然のバルトの言葉を聞き取れなくて、マルーがきょとんとした顔を見せた。 「だから、まずいって言ってんだよ!」 きっぱりすっぱり言い切ったバルトに、マルーの頬がぷぅっと膨れた。 「そんな事ないもん!!何度も練習して味見もしたし!」 ビリーの為に一生懸命料理を作っているマルーの姿が目に浮かぶようで、バルトの中でどす黒い感情が 湧き上がる。 「とにかく、まずいっつったらまずいんだよっ!!」 このままマルーといると感情のままに怒鳴りつけてしまいそうで、どうにかそれだけを言うに留めると、 バルトは足音も荒く食堂を飛び出して行った。 後に残されたマルーの瞳に、傷ついた色が浮かんだのにも気づかずに。 夕食の時刻になっても、バルトは自室で不貞寝をしていた。 けれど、目を閉じても瞼の裏に浮かぶのは、楽しそうに2人で誕生日のお祝いをしている マルーとビリーの姿で。 バルトは髪をわしゃわしゃとかきむしると、勢いよく起き上がってベッドの上にあぐらをかいて座り込んだ。 「あ〜、なんかムカつくんだよなぁ。」 言葉に出してむしゃくしゃとした気分を吐き出してしまおうとしたけれど、それは失敗に終わったらしかった。 食堂にはどうしても行く気分にはなれなかった。 マルーとビリーの事が気にかかって、先程まであれほどバルトを悩ませていた空腹もどこかに飛んでいって しまっていた。 それに加えて、食堂に行きたくないどでかい理由が1つあった。 いつもの笑顔が隣にないあの席で、食事を取る気にはどうしてもなれなかった。 らしくなく大きな溜め息をバルトは1つ零した。 そんなに2人の様子が気になるのなら、探しに行っていつものように強引に割り込めばいいと囁く自分がいる。 でも、反対の事を告げる自分も確かにいるのだ。 そうしてみて拒絶されたらどうする? 誕生日を2人で祝うなんて、それだけ相手が特別だって事だろう。 それをわざわざ出向いていって確認したいのか? 幸せそうな2人を見て笑っていられる自信はあるのか? 自分で考えた事に何故か思った以上に傷ついて、バルトがまた1つ溜め息をついた時、ためらいがちにドアを ノックする音がした。 「誰だ?」 食堂に現れない自分を心配して、きっとシグルドでも様子を見に来たんだろうと思いながら、 バルトはぞんざいな問いを投げた。 「ボクだけど。ちょっといい?」 「マルー?!」 思いがけない声が聞こえて固まってしまったバルトに構わず、従兄妹同士の気安さでマルーは彼の部屋に ズカズカと入ってきた。 「食事に来ないなんてどうしたの?」 持ってきたお盆をベッド脇のテーブルの上に置いてから、マルーの蒼い瞳が心配そうにバルトの顔を 覗き込んだ。 「おま・・・なんっ・・・・・ビリーは?」 どうにかそれだけをバルトが口にすると、不思議そうにマルーは小首を傾げた。 「ビリーさん?きっと今頃はプリムちゃんと兄妹水入らずで、誕生日のお祝いをしているんじゃない?」 「はっ?」 バルトは思わぬ答えに茫然とした。 ポカンとした顔の従兄を、マルーが訝しそうに見つめた。 「さっき言わなかったっけ?」 「・・・お前とビリーでお祝いをするんじゃねぇのかよ?!」 ようやく驚きから立ち直ったバルトが、勢い込んでマルーに訊ねた。 「へっ?なんで?」 「さっきビリーの為に料理作ったって・・・。」 「あぁ、あれはプリムちゃんに頼まれたんだよ。 誕生日にお兄ちゃんの好きな料理を作りたいから手伝ってって。 それで、一緒に練習して作ったんだけどね。 折角だから兄妹水入らずでお祝いしたらってボクが提案したんだ。」 (全部、俺の勘違いかよ・・・。) 良い考えだったと満足そうにうんうんと頷いている無邪気なマルーに、どっと全身の力が抜けるのを感じた バルトは、そのままベッドにごろりと寝転がった。 先程まで心の中に巣食っていたモヤモヤはきれいさっぱり吹き飛んで、なぜか大声で笑いたい気分だった。 「わ、若!?どっか気分でも悪いの?」 突然ベッドに横たわったバルトに、マルーが慌てた声を上げた。 「やっぱりシタン先生に一緒に来てもらえば良かった。今から呼んでくるね!」 そのままドアへと駆け出そうとしたマルーの細い手首を、起き上がったバルトが間一髪で引きとめた。 「ちょっと待て。」 「待ってなんかいられないよ。放して!先生を呼んでこなきゃ。」 「だから、なんで先生を呼んで来なきゃなんねぇんだよ?」 「だって、若。具合が悪いんでしょ?」 「はぁ?なんでそうなるんだよ?」 ピントのずれたマルーの言葉に、バルトの頭の中が?マークで一杯になる。 「だって、さっきボク達が作った料理をまずいって言ったじゃない? ボクとプリムちゃんで何度も味見したから、まずいなんて事は絶対にないのに。 だから、若が具合でも悪くて味覚がおかしくなっちゃったのかなって。」 「あ〜、あれは・・・。」 気まずそうに口を挟もうとしたバルトに構わず、マルーは更に続けた。 「それに夕飯にだって来ないし。今だっていきなりベッドに倒れこんじゃうし! どっか具合が悪いんじゃないの?先生に1度診てもらった方が良いよ。」 最後の方はなんだかシュンとしてしまっていて、懇願するようなマルーの口調にバルトは慌てた。 自分の態度にマルーがそんなに心配していたとは思わなかった。 すまなく思うと同時に、どこか嬉しくて温かな気持ちに満たされる自分もいて。 「バーカ、大丈夫だ。どこも悪くねぇよ。」 バルトは自分に出せる精一杯の優しい声で、マルーに囁いていた。 「ホント?」 「あぁ。・・・それに、さっきの料理も不味くなかったぜ。」 照れくさそうにバルトはポリポリと頬をかきながら、マルーにこれ以上心配をかけないように料理の感想を 素直に述べた。 「ウソでしょ?」 「嘘じゃねぇって。」 疑い深そうに訊ねるマルーに、バルトは苦笑を浮かべた。 「じゃあ、どうして不味いなんて言ったのさ?」 「そ、それはだなぁ・・・。」 核心をずばりとつくマルーの質問に、バルトはぐっと詰まってしまった。 自分の為ではなく、他の男の為に作った料理なんだと思ったら、急に不味く感じてしまったのだなんて、 正直にマルーに言えやしない。 救いを求めるように室内をうろうろと彷徨ったバルトの視線が、マルーがさっき持ってきたお盆の上を捉えた。 「なぁ、それ何だよ?」 「これ?」 あからさまな話題の転換だったけれど、バルトが素直に答えないと分かっていたのか、マルーはあっさりと 追及の手を緩めて返事をした。 「おかゆだよ。若が具合が悪くても、これなら食べられるかなと思って作ってきたんだ。 食べる?」 「あぁ、食う。」 バルトがそう言うと、マルーがちょっと待っててとカチャカチャと食事の準備をしだした。 「はい、どうぞ。熱いから気をつけてね。」 それ程待たされる事もなく、バルトの前におかゆがよそられたお椀が差し出された。 火傷しないようにスプーンの上でよく冷ましてから、バルトはゆっくりと口に運んだ。 「おいしい?」 「ん。」 不安そうに訊ねるマルーにバルトは頷きながら、黙々とおかゆを食べていった。 正直、心配事がなくなって急に食欲が戻ってきた18歳の若者の胃袋には、 おかゆは物足りない位だったけれど。 何故だろう? 夕方につまみ食いした手の込んだ料理よりも、何倍も美味しく感じられた。 その理由は深く考えれば分かったかもしれないが、今はただマルーの手料理と優しく自分を見つめる笑顔を 堪能しているバルトだった。 <了> |
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「マルーがビリーに何か料理を作ってあげて、若がやきもちを焼く」というリクエストで書いた話。 この話は大変お待たせしてしまいました。李那さん、どうもすみませんでした。 しかも、ビリーが名前しか登場してなくて申し訳ない。若が勝手に嫉妬しちゃってましたが(笑) 久々に若マルを書いたので、2人の性格が違ってそうでちょっと心配だったりします。 最後の所、そこを深く考えないから関係が発展しないんだよ、若!!と書いてて1人で突っ込んでました(笑) |
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